休日出勤
Side Unidentified
「ああ、今すぐ傍に行って抱きしめたい……」
俺は、愛する男の絶叫を聞き、何もできない状況が酷くもどかしくなった。
彼以外の男の声もする。ああ、恨めしい……。
彼はすぐに精霊王の魔法で寝入ったらしく、じっと耳を澄ませても、寝息以外は何も聞こえない。
『うう……』
うなされる声がする。きっと、とんでもない悪夢を見ているのだろう。呼吸が若干乱れ気味だ。
だが、ここでアインの部屋に行けば、確実に怪しまれることになるうえ、もしかしたらアインの心を折ってしまうかもしれない。
誰にも知られたくない一面はある。俺がそれを知っているのは、反則的な手段を使っているからだ。
「精霊王。なんでアインは悪夢を見てるんだ?」
「さすがに夢に干渉する力は俺達にはない」
暗緑色の髪を持つ男は、俺の文句にけんもほろろな態度を取る。
「それを何とかするのが精霊王の仕事だろう」
「アインはきちんと労わってくれるがな……」
「は?貴様、舐めているのか?」
不満そうに言う男を、俺はきつく睨む。アインがそうだから、大して仕事をしてもいないやつを、俺がなぜ労わらなければならないのか。
「たまたま目的が合致したから俺は貴様らに協力してやっているんだ。――貴様らは、肝心なところで常に役に立たない」
「我々は、神ではない。それ故に、できることが限られる」
「貴様、それで誰がこの世界を守りたいとでも?そもそも、アインの計画では、不確定要素が多すぎて――いや、確実に邪神を討伐出来ない。精霊王、貴様誰に媚を売ればいいのか。全くわからないのか?」
「我々は媚を売らん。精霊王は気高く、人より高貴な存在だ」
話が平行線だ。アインを人質に取られていなければ、俺は邪神の代わりにこの世界を破壊してもいいのだが。
「お前は正義感の強い人物だったはずだが」
「一体いつの話だ?長生きしすぎて、とうとう時間間隔もなくなったのか?」
「……」
「別に心配されずとも、俺は俺の役目をこなす。――そのための優遇措置を取れ」
「とっているつもりだが?」
「なら、信託でも下ろして俺たちが動きやすくしろ」
「信託を信じる超古代国家の国民がどこにいる?」
「なら邪神討伐戦に参戦しろ」
「しているだろう」
「はあ、もういい。全く精霊には期待しない」
俺は、投げやりにそう言い捨て、悪夢の中に囚われているアインを、心配した。
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Side Ain
魔法祭は、あの襲撃事件で中止してしまった。魔法戦の決勝戦とその後に行われるパーティーは、後日改めてやり直すこととなった。
ちなみに今日は、その魔法祭の代休で、生徒は休日だ。僕たち生徒会は魔法祭の後片付けをしていた。
魔法祭に関しての会計に、清掃員の手配などなど……。あと僕がいるからか、学園に張られている結界の点検もした。
すると、一ヶ所破れている所があった。僕はそっと結界を張りなおし、会長に報告する。
会長は僕の怪我について心配していた。ラファエルにも、無茶をしないでくれ、と言っていたが、僕は誰かから心配される経験が少なく、少し新鮮な気持ちになった。
という風に現実逃避をしていたものの、段々と視線が痛くなってきた。なんでマティ様は、そんなに不機嫌なのか。
「マティ様……?」
「なんでもない。お前は気にする必要がない」
「そ、そうですか……」
「あれは重症ね」
物凄い不機嫌オーラに、僕は尻込みする。そんな僕たちに、ジェシカ様は呆れたようにそう言った。
「ねー、もっと気分上げてこーよー」
「おいカーティス、不敬だぞ」
「いつも固いね~、もっと柔らかく生きてこーよ」
そう言って、カーティス様はハロルド様の肩に腕を回す。ハロルド様は、それをいらいらと払いのけた。
「次の予定も決めなきゃね」
「そうですね。この日が、一番都合がよさそうです」
「ああ、アイン君ありがとう。――殿下は、その……」
「僕も、よくわかりません」
僕は、マティ様を怒らせた記憶がない。
他の人物が怒らせたのだろうが、少なくとも不審人物は昨夜現れることはなかった。
多分、今は放っておいた方が賢明だろう。下手に何かを言うと、怒りを増幅させかねない。
「僕、風紀委員に行ってきます」
僕は会長にそう言った。風紀委員に世話になったから、というのもあるが、なんとなく生徒会室にいたくなかった。
マティ様にちら、と目を向けるとマティ様と目が合った。拗ねているような瞳が、普段は大人びているマティ様が幼く見え、可愛いと思ってしまった。
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「で、ここに来たのか」
僕は、風紀委員長に風紀委員会室来た理由を尋ねられた。
僕は最初誤魔化そうとして、建前としてひっさげた理由を話したのだが、勘の鋭い委員長に見事見抜かれてしまった。
「まああの襲撃者たちを撃退してくれた礼として、利用されてやる」
「ありがとうございます」
「あの、な……。右腕は、大丈夫なのか……?」
「――?大丈夫ですよ?」
委員長におずおず、といったふうに聞かれたが、あの戦いに委員長はいなかった筈だ。
でも、確かグレースに片腕を切られたが、それは右側だったと思う。
でも、レイモンドに頼んで、周囲に人を寄せ付けなかった筈だ。それに、戦闘音も全く遮らなかった。大きな音がする場所――それも襲撃者がいるところに、好き好んで近づく人間がいるだろうか?
「あ、いや、何もないならいいんだ。変なことを聞いたな」
「いえ……。あ、忘れていました。これを……」
僕は、亜空間収納から綺麗にラッピングされたクッキーを何袋か取り出した。
「これは……?」
「差し入れです。普段からお世話になってますから」
「君は生徒会の中でかなりいい人だな!」
「そ、それはありがとうございます……?」
委員長は、無表情を一気にほころばせ、僕の両手を取った。先ほどまでとは違う喜色が滲んだ声に、僕は圧倒された。
「委員長って、物凄い甘いもの好きなんだ」
僕は帰り際、風紀副委員長、スバル・ディ・エトワールにそう言われた。
「そうなんですね」
「ああ。あれでも抑えているらしいからな。ほら、イメージを崩さないために」
「それを僕が知っても、大丈夫でしょうか?」
僕がなんとも言えない気持ちになっていると、笑いながら副委員長が言った。
「別に隠し通したい訳でもないし、君は無闇に言い触らさないでしょ?」
「そうですね。――風紀委員長が甘党なら、次からは何か甘物を手土産に持ってきますね」
「いいのか?」
「はい。こちらも、迷惑をかけているので……」
「それはこちらの仕事だから。――襲撃者の撃退、ありがとう」
「当然のことをしたまでですよ」
僕は、風紀委員会室を後にした。