休みはない
ラファエルとフィンレーと別れ、僕は、部屋で一人になる。
僕は膝から頽れた。
「テイア……」
「気安めでしかないけれど……。これで楽になるといいわ……」
「それでもありがとうございます。――僕はグレースを倒すことができなかった」
ずっと張っていた気が、はじけ飛ぶ。負の感情が溢れてやまない。僕は、僕は……。
「ああ、まだ死ぬ訳にはいかないんだ……。死ぬ訳には……。邪神を倒すまで……」
僕は腕をかきむしる。爪が肌を破り、血が溢れ出たとしても、僕はやめない。
溢れ出る負の感情が、僕のトラウマをひどく刺激する。
でも、こんな状態を、人に見せる訳にはいかない。
これこそが、呪いの内容だからだ。
邪神が僕にかけた呪いは、通常トラウマを持たない者に対しては、意味がないものだ。
しかし僕は人よりも多くトラウマを抱えている。あまり胸を張って言うべきものではないが、実際そうなのだ。
「まだ……まだダメ……。僕は……僕は」
「シェイド。催眠魔法をかけろ」
「分かった。ポスポロスは傷を治せ」
「分かった~」
「ああああああぁぁぁぁぁ!!!」
自分とは違う体温が、僕に触れようとする。僕はそれを必死に振り払うが、体格差もあり、あまりうまくいかない。
怖い。
なんで僕なの。
勝手に目から涙が出るが、目の前の男がそんな僕を気味が悪い笑みを浮かべる。
男が僕の着物をはだけさせる。僕は助けを求めて叫んだが、男に顔を殴られる。
衝撃で頭がぼうっとしてしまった。それにより、恐怖が増大した。体が上手く動かない。思わず僕は目をつぶった。
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「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」
僕は、とんでもない悪夢に、思わず飛び起きた。乱れた息を必死に整える中、顔から伝った汗が、布団に落ち、小さくシミを作る。
カーテンを開けると、空が段々と明るくなっていく時間だ。つまり、いつも起きる時間と一緒。
ひどく汗をかいていたようだ。汗で髪や服が張り付いてきて、気持ち悪い。
僕は、試しに水属性魔法を使ってみた。
「あ、使える……」
僕は汗が染みこんだ服を脱ぎ、魔法で体を清める。火属性魔法と風属性魔法の融合魔法で体から水気を除き、新しい服を着る。
布団を畳み、顔を洗おうとしてさっき洗ったのを思い出してやめる。
身だしなみを整え、ドアノブを握り、僕は部屋から出た。
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僕は毎朝の習慣通りに学園内を走る。まだ日が昇っていない早朝。いつも通り誰とも会わず、僕は素振りをする。
それが終わると、さっそく魔法を練習する。
最近まで光と闇以外の適性は封じられて、全く使えなかったのだ。
これで役立たずだの、落ちこぼれだの、散々な言われようではあったものの、邪神やウィキッドから、本気で殺されることはなかった。
これからは、居場所も割れてしまったことだし、ちゃんと使える者はすべて使う勢いで行かないと、何もせずに殺されてしまう。
これからはじゃんじゃんウィキッドが送られてくるだろう。彼らには申し訳ないが、新しく覚えた魔法の実験台になってもらうとする。
要にも、報告しておく必要があるね。そのついでに、イーストフールで暴れて貰おう。そこで、イーストフールのフィンレー以外の王族を失脚させておきたい。
そこでフィンレーを立太子しよう。そこでイーストフール王を動けなくさせれば、四大国家会議を王太子であるフィンレーが代わりに出ざるを得なくなる。
そうすれば、僕は四大国家会議という重要な場に、手駒を入れることができる。基本、四大国家会議の内容は、外に漏らすことはご法度とされるため、その情報を知ることができるようになる。
ただ、かなり慎重に動かないと、ヴァイドとゼスがイーストフールに攻め入る可能性もある。しかし、国王の失脚が国内外に広く伝達されないと、フィンレーが四大国家会議へ出席することが不可能になってしまう。
それに、どんなにうまくやったところで、一番早くにイーストフールの異変に気付くのはヴァイドとゼスだ。
戦争が回避できないなら、僕が王族を殺して回ってもいいが、そうするとフィンレーに対し、どんな悪評が広まるのか……。
できれば、それは最終手段に取っておきたい。
要には、ひとまずイーストフールに忍び込んでもらい、その時期に合わせてマクレーン公爵家の醜聞を民間に流す。
前にイーストフールの人気新聞社にコネを作っておいてよかった。
そこでマクレーン公爵家の評判を段階的に落としていくが、評判が地に落ちた時、一気に王家との繋がりも暴露する。
本当はウィキッドとのつながりでもでっち上げたらよかったのだろうが、そんなことをしても民衆はウィキッドの存在を知らないから意味がない。
そんなことをでっちあげるより、王侯貴族の暮らしぶりを事細かに詳らかにした方が効果的だろう。
ペスケ・ビアンケの方は、レイモンドと終夜を引き合わせ、隠れ家を提供してもらおう。そうして協力関係を築く。
問題は、もしペスケ・ビアンケがラファエルのようなお人好し集団だったらどうしようか、というところだが、恐らく彼らが僕に感じている罪悪感を利用すればいい。
要はいつか僕を裏切りそうではあるものの、ペスケ・ビアンケには、レイモンドと終夜がいる。きちんと手綱を握ってくれるだろう。
きちんとロレンツォに話を通せば、大きな反発もないだろう。
レイモンドには思う存分、研究できる環境を整え、終夜には天夜との結婚の許可を引き換えにしてもらいたいことがある。
ちょっと呪いの進行が気にかかるが、もし予想以上に時間が足りないようであれば、誰かにこの先を託すことも頭に入れておいた方がいいだろう。
それに、僕しかできないことはもうないと言ってもいい。
ぎりぎりとはいえ、英雄は作った。異能力の覚醒を速めるための完璧な精霊薬も作った。
オケディア軍諸共、あのオケディア軍を作り出した元凶とも言えるオケディア政府を潰した。
作戦がこのまま成功すれば、ロースタス統一も夢ではなくなる。
ただひとえに、僕が生きているのは、僕が邪神戦に置いてのかなりの戦力になる他ない。
僕は、魔法を放ち、刀を振るう。より強く。もっと強く。この世の理にも、干渉できるほど強くなるために――。




