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必ず死ぬ君を救うには  作者: 七海飛鳥
第五章 Unidentified

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閑話:破れる初恋

Side Raymond


「アナスタシア様」

「ん?なんじゃ?」

黒髪の彼女が振り返る。その黒髪は、その身に有する呪いの強さを示している。最近邪神様より呪いの力を承ったパステルナークは、とても薄い紫の髪だ。それでも幹部候補なのだ。


「どうしても、行くのですか?」

「ああ。――わらわは、愛する人を見つけてしまったのじゃ」

美しい月光は、アナスタシア様の美しさを引き立たせる。

それがどこか悲しく見えるのは、俺が彼女に行ってほしくないと思っているからだろうか。



「ああ、それと。わらわは自らの欲で、邪神様を裏切るのじゃ。じゃから――もう敬わなくともよい」

「そうですか」

「ああ。敬語もやめるがいい」

「いえ、これは私の普段からの話し方ですよ」

私は、素知らぬ顔で、そう言い切った。

私は、今、敬語で話すことにした。別に相手を敬っているから敬語を話している訳ではない。ただの口癖だ。


「……そんな屁理屈をこねなくともよい。わらわは、尊敬に値せぬ。自分勝手で5千ものウィキッドを放り出すのじゃ。わらわを慕ってくれてるグレースも捨てて、な」

無表情の中に、呆れが混ざったように感じた。


「それと私の話し方に何の関係がございましょう?確かに、貴女はもはや尊敬できるウィキッドではなくなったようですね」

「ああ、そうじゃ。――レイモンド、そなたがわらわの後を継げ。そなたなら、安心して後を任せられる」

「アナスタシア様。……どうしても、行くのですか?」

我ながら、未練がましいと思う。

思わず手を掴み、引き留めようとしてしまった。


「ああ。わらわはもう決めた。確かに、邪神様にはご恩がある。じゃが……邪神様は変わってしもうた。――わらわはもうついていけぬ」

「……………………そうですか」

もう、駄目みたいですね。アナスタシア様は、とてつもなく頑固だ。


確かに、アナスタシア様のおっしゃることは理解できる。昔の邪神様は優しかった。死にそうな孤児を拾って、養っていた。私もアナスタシア様も同じく元孤児だ。


人を無闇に傷つけず、ひっそりと暮らす。そんな優しく穏やかな神だった。

今やそんな面影もなく、異世界に進攻して、そこの人類を虐殺しまわっていた。


私も、随分と前から惰性で生きていた。アナスタシア様がいらっしゃるからこそ、私はウィキッドにいたのだ。



「ウィリアム・フェイトの元へ、行くのですか?」

「どうじゃろうな」

「……はぐらかさないで――いえ、私には関係ないのですね」

「ではな、レイモンド。また会えたら、いいのう」

「おそらく、またなんてあり得ませんよ」

私は、目を伏せて言った。アナスタシア様は、普段の無表情を崩して、目を大きく見開いた。そして、控えめに笑った。


「確かに、今からわらわたちは敵同士じゃ。次会ったら、殺し合いじゃろうな」

月のような彼女が、とても美しかった。長髪が、ふわりと揺れる。

月の女神のような彼女に、私の目は釘付けになった。


「ではな」

「はい……」

胸が張り裂けそうだ。去っていく彼女の後姿に、私は何も言うこともできなかった。



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



それが、私の初めての失恋だ。今でもそう思う。彼女以上の人など、どこにもいない、と。


私のあの時の言葉が悪かったのだろうか。私の言葉通り、私とアナスタシアが会ったのは、あの時が最後になった。



人類の希望であるウィリアム・フェイトとウィキッド最強のアナスタシアが裏切って駆け落ちしたことは、すぐに話題となった。

人類側とウィキッド側。どちらからも追手が放たれた。私もその中に参加はしたが、あまり気乗りがしなかった。


グレースは、いきなり何も言わずに行方不明となったアナスタシアを探すことに、心血を注いでいた。


しかし結局、三年後に彼らは追っ手に討たれてしまったと聞いた。最初は何かの嘘かと思った。人類最強とウィキッド最強。死ぬはずなど、ありはしないのだ。


その時のウィキッドの中で、最も強かったのはバンヴァタ-ルだ。だが彼はウィリアム・フェイトにも、アナスタシアにも負け越していた。


それに、バンヴァタールは私の近くにいた。私やグレースに気づかれず、ウィリアム・フェイトとアナスタシアを殺すことはできない。


誰に殺されたのか。それは分からないものの、アナスタシアの胎内には、小さい芽が芽吹いていたらしい。



私は、アナスタシアの死を知り、なんだかどうでもよくなってしまった。

私は、邪神から離反することを選んだ。



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「懐かしいですね」

懐かしい瞳に出会った。その影響で、私は、とんでもなく昔のことを思い出した。



「とうさん……どうしたの?」

「ウルガ……。起こしてしまいましたか」

「んーん。ねむぃ……」

ウルガは眠そうに目をこする。


「ほら、まだ夜中ですよ。寝ましょう」

「うん……」

私は、ウルガを寝かしつけ、また布団にもぐった。ウルガの高い体温が気持ちいい。私は、ウルガを抱きしめながら、夢の世界に旅立った。


大きな窓から入る月光は、セピア色の記憶の中の色と、同じ色をしていた。

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