いつか来る未来に想いを馳せて
Side Raymond
「気づいちゃいましたか……」
私は、グレースが浮かべたあの表情に、笑いがつい零れる。
ああ、本当に愉快だ。いつまでも敬愛している彼女に振り返ってもらえない。自分が心底嫌っているライバルは、彼女の元にいれるのに。
私は、そのまま夜風に当たっていた。背後から近づく気配も、とっくに気づいていた。
「レイモンド。協力してくれてありがとう。――これ、謝礼金」
「……こんなにいいのですか?」
「うん。僕、あまりお金はいらないから」
かなりの人物を敵に回す発言だ。
「それ、大声で言わないでくださいよ」
「そうだね。――僕は、近々爵位を賜ることになる。私財なんか、これからいくらでも増えるのに、今もため込む必要はないからね」
「そう言える財力が恨めしいですね……」
「元々使い道があまりないのに、王族の専属護衛だよ?――ウルガや研究資金に使って」
「ありがたくいただきます。――王からも、貰っているのですが」
「では、今後良好な関係を築くため、という事にしておこう。――これからも、力を貸してほしい」
まっすぐに私を見つめる瞳。ああ、貴女は何も変わっていないようですね。
「もちろんです。――私は、邪神が合っているとは思えないので」
「ありがとう」
アインは、私に感謝を伝え、そのまま去っていった。
「いいな~。お金を貰えるなんてさ」
少しして、終夜がそう言った。
終夜は、私の斜め前の木に寄りかかっていた。
「貴方は別に要らないでしょう」
「趣味なんだよ、紙幣を眺めるのが」
「変わり者ですね」
一体どんな趣味だ。多分、久遠では硬貨が存在しないし、金華は無類の金好きだ。そこの次男なら、そういう趣味もあるか、と思い直した。
「それで?レイは何を考えてたの?」
どうやら私に気を回してくれたらしい。この場では、さっき去ったアインしか知らない魔族共用言語――久遠語で話してくれた。
「久しい顔を見て、思わず昔に想いを馳せていたのですよ。――あの頃もあの頃で、楽しかったです」
「そうなんだね~。あの頃と今、どっちが楽しい?」
「あの頃も楽しかったですよ。アナスタシアの下で人間を駆逐する日々は、楽しかったです。あの方の下で働けるなら、私は何でもよかったんですけれどね。
今は、ウルガを育てるのが楽しいですよ。育児って、大変ですよ。それに種族が違うから、より分からないことだらけで」
私はそう言って、生後一日のウルガが急に生肉を食べ始め、慌てて吐き出させたことを思い出す。のちに杞憂だという事が分かったが、本当に肝が冷えた。
ウィキッドは生肉は駄目だから、生肉が必要な龍人にかなり驚いた。
よく実験器具も壊すし、体調不良を隠そうとする。血も繋がっていないのによくなついてくれるのが可愛くて、ついつい甘やかしてしまう。
「ふーん」
「気に入りませんか?」
「別に。俺の自業自得な所はあるし。まあその子供のお陰でこちら側になってくれるなら、何でもいいでしょ?」
「気に入らないんですね」
「そうは言ってないじゃん」
口を尖らす終夜も、私からすれば若いな、と思った。なんとなく、終夜には子供がいて、その子供が誰かという事も知っている。
終夜がアインを口説く理由も。
「まずは、一途になった方がいいんじゃないでしょうか?多情な方は嫌われますよ」
「これでも一途な方だけどね……」
二股なら、悪魔にとってはかなり一途な方、か……?
「価値観の違いですね。少なくとも、彼を口説くのをやめてみたらどうですか?」
「天夜と仲がいいからね~。それに、俺の妻になれば、下手な魔族は手を出せないし」
「ああ、そういう……」
「元々、俺は月影の婚約者候補だし、月影の婚約者は月影と結婚するつもりもないようだし。だから口説いてるんだけど、手を出す気もないしね~。手を出して天夜に嫌われたら、俺死んでも死にきれないから」
そう言って笑う終夜に、私はなんとなく不器用だな、と思った。
「ちょっと実家で忙しい時に、天夜をかくまってくれた恩人だしね~」
「本当に不器用ですね」
「そう~?俺は結構器用な方だと思うよ?実家にいた時貰ってた小遣いと同じくらい稼いでるし」
そう言って、普段から持ち歩いているらしい札束を見せてきた。成金にしか見えない。
「それはしまいなさい。――貴方は、何故ウィキッドを裏切ったのですか?」
「俺?――元々、月影が外国に出る時に連れていた天夜と天音を探して、国外に出たんだよ。月影を探す上で、ウィキッドを利用すれば、簡単に見つかると思ったんだけど。ずっと天夜と天音は月影と一緒だと思っていたし。
でも違った。月影を見つけた後、天夜と天音を探したけど、一緒に暮らしてる訳でもない。天音はたまたま見つけれたけど、天夜がなかなか見つからなかった」
「ん?途中で別れた、という事ですか?」
「そーいう事。ウィキッドを裏切ったのは元々そのつもりだったし、天夜が見つかったから。説明しなくとも、きちんと理解してくれたのはよかったよ」
夜空を見上げながら、満足そうに穏やかに笑う終夜。ただ、顔見知りになった情からくるものなのか知らないが、私は終夜が天夜と天音と共に、邪神を打倒した後、幸せに過ごしてほしいと思った。




