初めての――
Side Raphael
覚醒した俺は、レイモンドの指示の下、悪魔とウルガと共にパスティアをどんどん追い詰めていく。パスティアは何とか攻撃しようとしているが、俺が片っ端から無効化していく。
ただ、パスティアはそこそこ永い間生きているらしい。俺なんかより、戦闘経験が豊富だ。それにより、徐々に追い詰めていたものの、きちんと攻めきれずにいた。
「「「!!!!」」」
時々、俺たちとは反対側で戦っているアインから、ちょくちょく何かが来る。悪魔とレイモンドは、特に驚いていないみたいだった。
いや、流石に驚いて欲しい。突然体が吹っ飛ばされるほどの大嵐だぞ?俺もウルガも文字通り吹っ飛ばされた。俺を悪魔が、ウルガをレイモンドが抱えて事なきを得た。パスティアも、割れた床にしがみついていた。
案外すぐにその強風が消えたのが驚きだった。
ちら、とアインの方を見ると、まだ強風が吹いているようだ。その奥には、グレースが光り輝く何か――多分槍?――に対抗していた。
「危なかったね~。それにしても、アインが何とかしてくれたから、彼岸の力を無駄に使わなくてすんだよ」
「……すごいな」
「そーでしょー?もっと褒めてくれてもいいんだよ?」
「それよりも、早くあいつを倒さなきゃ……!」
「そうだね~。はあ、バアさんの相手は骨が折れるね~」
「誰が婆さんよ!!」
「ニンゲンじゃあ、50過ぎたらバアさんらしいよ?」
パスティアが憤慨するのに、悪魔はそう返すが、引っかかる。
「60じゃないのか?」
「ラファエルは優しいね~。ニンゲンは40年くらいしか生きれないからね」
ああ、そうか。日本では、シニアは60以上だが、ここではそもそも日本ほど晩婚化が進んでいない上に、医療も発達してない。貴族では100近くまで生きる人もいるらしいのだが、平民では40そこらが限界だ。
「本当に、ずっと目障りだったの。消せる機会が訪れて、とんでもなく嬉しいわ!!」
「じゃあやってみてよ。やれるものならね~」
ヘラヘラと俺を抱えながら笑う悪魔。多分、そういうところが嫌われる原因になるのだろう。
「でもほら。そろそろあの子、限界きそうだし、オレたちもできればあの子と戦いたくないんだよね~。確実にオレたちの中で死人が出るから」
「?」
「レイ~神話級、使うよ~?」
「いいですよ。ウルガにも、経験を積ませることができましたし。それに、確実にパスティアは葬らなけれなりませんからね」
「わかってるね~」
俺はそっと悪魔に下ろされ、悪魔はそのまま魔法を放つ準備をし始めた。
「そう言えば、俺知らないかも」
「なにを?」
「お前の名前を」
「……あ、あれ……?そ、そうだったっけ……?」
悪魔はなぜか、物凄く動揺していた。俺は不思議に思いつつ、情報を付け加える。
「なんなら、俺はお前に名乗ったことないかも」
「ああ、アインに聞いたから大丈夫だよ~。でも、あとで改めて教えてくれると、嬉しいな~」
「わかった」
俺は、そっと悪魔から離れた。
「すべてを焼き尽くす地獄の業火よ。理すらも燃やし尽くし、我が敵を滅せ――シアリングブレイズ」
「グラッジ!!」
悪魔の詠唱の終了と同時に、パスティアから、酷くおぞましい何かが出てきた。なんだか、怨念がここまで波及してきそうな……そんな感じだ。
あまりに禍々しすぎて、悪魔の神話級魔法が通じないかと思ってしまった。あれが、あの炎を飲み込み、より強くなっていきそうな、そんな――。
だが、そうなる訳でもないようで、炎は呪いを飲み込み、威力を少々落としながらも、パスティアの元へと到達した。
「あ"づい"い"い"ぃ"ぃ"ぃ"ぃ"!!!」
「いい焼き加減だね~。――悪魔を信じるからこうなるんだよ」
ヘラヘラと笑いながら、突然冷たい声をかける悪魔。その冷たさに、俺は背筋が冷えた。
「あの方に見捨てられた時点で、終わりなんですよ――という事は、貴女に言っても、無意味でしょうね」
レイモンドも優しい微笑みから出ているとは思えない程の冷たさがあった。
「お、お前らぁぁ……!」
「さて、あちらの方の勝負の行方でも、見てきますね」
レイモンドは、明らかに激しい戦いをしているアインとグレースに、無防備に近づくレイモンドを止めようとしたが、悪魔に肩を掴まれた。
「ここまでお膳立てしたんだ、とどめは、あ……ラファエルが刺してね~」
「何で俺が……」
「コワいの~?」
「そんな訳っ!」
俺は悪魔に煽られているのも気づきながら、パスティアに止めを刺すことにした。
「グレース!助けてよ!」
「!!」
「ようやくか」
グレースが驚き、アインがそんな言葉を漏らした。
俺は、アインに早くやれ、と視線で急かされ、俺は苦しみもがいているパスティアの心臓を、翼から飛ばした羽で貫いた。
「狂飆」
「うわっ!」
グレースは、自分を燃やす炎を風で力づくで消した。
俺もウルガも吹き飛ばされそうになったが、悪魔がしっかり捕まえておいてくれた。
アインも吹っ飛ばされたが、受け身を取っていた。
「誘い込まれたのか」
悔しそうにグレースが言った。
「今更?こんなにいいチャンス、逃す馬鹿がどこにいるの?」
アインは好戦的に刀を構えて言う。
いつもとは違う髪と瞳の色。それに、確実にいつもより物凄く美しい。全く気がない俺も、うっかり惚れてしまいそうになるくらいには。
「……今回は、見逃してあげるわ」
「まさか。今ここで死ね、僕の敵をここで残しておけない」
アインは険しい表情のまま、鋭い声を投げかける。
「――!悪いわね。私も、死ぬ訳にはいかないの」
「アイン、今は引いた方がいいですよ。貴方も、限界でしょう」
「……」
グレースは、少し呆然とした後、慌てて態度を取り繕う。それに気づかない様子のアインに、レイモンドが声をかけた。
そんなレイモンドにグレースは舌打ちし、どこかへと歩き去っていった。アインはずっとその後姿を睨みつけていたが、その姿が視界から消えた時、少しふらついた。
「レイモンド、なんで止めたの」
「さっき言ったとおりですよ。限界でしょう?」
「……」
「吸血鬼は、血を飲む必要がありましたよね。ウィキッドの血は大丈夫ですか?」
レイモンドが笑顔で腕まくりをする。アインは目をつぶり、首を静かに横に振って言った。
「僕はもう半身がいるから」
「間に合いますか?」
「……」
アインはその質問に、答えられなかった。少し遅れて、その理由を悟った。
衝動。アインは、確実に彼岸の力を大判振る舞いしただろう。それにより、衝動がおきそうになっているのだ。
「なら、ちょっとだけ……」
渋々、といったふうにレイモンドの腕を手に取り、ゆっくり口を開ける。それが、妙に艶めかしい。
そっと俺は顔を逸らした。その視線の先で、悪魔がにやにやしていた。
「その心配はない」
「「「「「!!」」」」」
突然聞こえた、ここにいる筈のない人物の声に、俺は心底驚く。目を向けた先には、マティアスがいた。
壁にもたれかかって笑みを浮かべるマティアスは、ヒニルな笑みと共に、悪役の風格があった。いや、お前は乙女ゲームのメインヒーローだろ。
「アイン、血を吸え」
「は、はい……」
アインは、おずおずとマティアスの肩を両手でしっかりつかみ、首筋に噛みつく。そして血を吸ったと思うと――そのまま横に倒れた。
「「!!??」」
俺とウルガが声もなく驚く。マティアスは倒れるアインの腰を支えた。
「――アインに手を出すなと言った筈だが」
「仕方なく、ですよ。アインが衝動を起こせば、確実に死人がでますよ?」
その会話で、マティアスとレイモンドは顔見知りであると知った。
「手を出すな、と言った筈だが?」
「ラファエルとこんなに幼い子供を、私に見殺しにさせるつもりですか?」
何が怖いって、二人とも笑顔なんだよ。笑顔でバチバチなんだよ。
「まあ、いい。どうせアインだって衝動を防ぐ必要性を感じたから、俺以外の血を飲もうとした訳だしな」
「男の嫉妬は見苦しいですよ」
「本当に貴様は気に入らない」
マティアスは不機嫌そうに溜息を吐き、アインを抱き上げる。所謂、お姫様抱っこ、というやつだ。
――さっきのやり取り、アインが聞いていたら、飛び上がるほど喜んでいただろうな。
俺は、マティアスとレイモンドの会話を、どこか遠い気分で見つめていた。
ウルガが、殺気をにじませていたのはもう無視した。