テイアの庭
「ありがとう、どうも迷惑を掛けましたね」
「いえ……」
僕は、戸惑っていた。さっきまで、グレースと戦っていた筈だ。それに、増えるばかりだった傷が、今や跡形もない。びっくりして左腕を見るが、流石に古傷は治せなかったようだ。
「それは、私が治せる範疇を超えているの。ごめんなさいね、治せなくて」
「いえ……ただ、傷が治っていたので、驚いてしまって……」
僕がやや呆然としながら答える。目の前の光景に、頭がついていかない。
だが、何とか状況を飲み込むことができた。僕は、慌てて跪く。
「も、申し遅れました、私は皇月影と申します!」
「いいわ、堅苦しいのはあまり好きじゃないの。他の精霊王たちと、同じように接してちょうだい?」
「わ、分かりました」
「もうちょっと砕けていたと思うのだけど」
「わ、分かった!あの、……ここは一体」
僕は、あたりを見回してみる。そこは僕たち以外は誰もおらず、それどころか何もない空間だった。
「あら、客人を招くのは久しぶりなの。ごめんなさいね」
「いえ、お構いなく……」
そうは言ったものの、テイアは全く聞いていないようだった。指を鳴らすと、美しい木々草花が生えそろう。それは生命が輝いているように見えた。
テイアは、そんな植物たちに囲まれた空間の一角を指さした。
「あそこで座ってお話してみないかしら?」
そこには、木造の大きな屋敷があった。それなりの築年数に見える、久遠によくみられるタイプの建物だ。
懐かしさに、涙がでそうになる。
「では、お言葉に甘えて……」
僕は、おっかなびっくりテイアの横に座る。
「貴方には、こっちの方がいい気がしたの。その様子だと、あたりだったようね」
「――!お気遣いいただき、感謝します」
本当に、思わずかしこまってしまう。人の部屋に勝手に忍び込んで、明け方までどんちゃん騒ぎをしている精霊王とは全く違う。
「テイア、ご復活を寿ぎ申し上げます」
「あら、そこまでかしこまらなくてもいいのに……。ふふ、でも他の精霊王はあまり尊敬できないのかしら?」
「い、いえ、仮にも精霊王に、そんなことは……!」
「ふふ、別に私たちは神でもなんでもないわ。同じ世界を救う存在として、同等よ。――今すぐには無理でも、慣れてくれたら嬉しいわ」
「はい」
僕は自然と笑っていた。
「さて、今は戦いの中だったわよね。邪魔してごめんなさい。今は、時の流れをゆっくりにしているの。だからもう、帰らないといけないわ」
「分かりました」
「ふふ、また話せるといいわね。私も、貴方に力を貸すわ。――これで、全ての封印が解けた筈。あの忌まわしき邪神の信徒を倒してちょうだい」
「分かりました。必ずや、倒してみせます」
「頑張って」
僕はその声が聞こえるや否や、意識が遠くなり――そして、目の前にはグレースが迫ってきていた。僕は慌てて刀を構え、攻撃を防ぐ。
「しぶといわね……いい加減負けを認めなさい!」
「――火属性魔属性融合上級魔法、永遠の地獄」
手の平から、暗緑色の炎が出現した。
「はあ!?お、お前は光属性と闇属性しか使えなかった筈!なんで火属性と魔属性が使える!?――ああ、そうか。そう言っただけであれは実際には光属性と闇属性の魔法か。危うく騙されるところだったわ」
「そう思うなら、受けてみればいい」
「そう言われて受ける馬鹿はいないでしょう?」
笑いながら僕の魔法を避けるグレース。永遠の地獄は速度がものすごく遅い。僕が鍛える前のラファエルでさえ、避けるのは簡単だ。
だが、もし一度、欠片でもその魔法に当たれば、永遠に燃える。魔力を使いつくすまで。それも、少しずつ魔力を燃やすため、燃え尽きるまでの時間がかかる。その時間が永遠に感じられると言われている。
だからこそ、この炎は、目立つ囮なのだ。
「あ、あ"あ"あ"あ"あ"あ"!!!なんで!なんで燃えているのよおおぉぉお!!!」
「なら、水をかけてあげるよ。水属性魔属性融合中級魔法、燃える水」
「水じゃないじゃないの!!」
「誰が敵に火を消すために水をかけるの」
僕は心底不思議に思った。僕は刀を構え、命を刈り取るために、それを振り下ろす。
だが、流石は悠久を生きたウィキッド。無意識で危険を回避できるのは、今まで潜り抜けてきた死線の数が違うのだろう。
「グレース!助けてよ!!!」
「!!」
「ようやくか」
ようやく、ラファエルたちはパスティアをしとめる一歩手前まで来たようだ。
「狂飆」
「うわっ!」
風は炎を煽り、より強力にしてしまう。しかし、強すぎる風は例外のようだ。
「誘い込まれたのか」
「今更?こんなにいいチャンス、逃す馬鹿がどこにいるの?」
「……今回は、見逃してあげるわ」
「まさか。今ここで死ね、僕の敵をここで残しておけない」
「――!悪いわね。私も、死ぬ訳にはいかないの」
「アイン、今は引いた方がいいですよ。貴方も、限界でしょう」
「……」
悔しいが、レイモンドの言う通りだった。僕は、グレースを睨んだまま、その姿がどこかへ消えていくのを、ただ見ていることしかできなかった。
「レイモンド、なんで止めたの」
「さっき言ったとおりですよ。限界でしょう?」
「……」
「吸血鬼は、血を飲む必要がありましたよね。ウィキッドの血は大丈夫ですか?」
レイモンドは、腕まくりをしながら僕に聞く。
「僕はもう半身がいるから」
「間に合いますか?」
「……」
確かに、もう衝動を起こしかけている。それに、さっきの戦いの酷い痛みで、下手すれば最低限の理性も吹っ飛ぶ可能性が高い。
そんなことになれば、確実にラファエルとウルガは死ぬ。
「なら、ちょっとだけ……」
僕は、覚悟を決めて、レイモンドの血を吸おうとした。
「その心配はない」
「「「「「!!」」」」」
聞き覚えがありすぎる声に、僕は肩を上下させて驚く。レイモンドも心底驚いた表情をしていた。
そこにいたのは、壁にもたれかかって好戦的な笑みを浮かべるマティ様がいた。
「アイン、血を吸え」
「は、はい……」
僕はマティ様の血を吸い、そして卒倒した。




