意地の張り合い、譲れない勝負
「ガキの癖に、思いあがるな!!」
「そのガキに、貴女は負ける。――僕の名は、皇月影。そして、貴女の主である邪神を、斃す。もし、僕が死ぬとしても」
「邪神様を殺すですって?フフ……アハハハハハハハハ!!!そんなこと、できる訳ないじゃない。それに、邪神様に対して不敬よ。――貴方は、さっさと完璧な論文を私たちに渡せばいいの。本当は、死にたくないでしょう?」
意地悪く笑うグレース。僕は、しかめ面でただ睨むだけだが、それを皇帝と受け止めたのだろう。
「ほら、そうでしょう?もし、私たちに協力してくれるなら、邪神様に嘆願してもいいわよ?あなたの呪いをお解きください、って」
「僕は、本当は生きてはいけない。ただ、役目があるから生かされているだけだ。――もし、生きるか死ぬか。どうしたいか問われたなら、僕は躊躇なく死を選ぶ。それが、皇として、正しいことだから」
「あら、そう。なら、そのまま呪い死になさい」
グレースは、突然興味をなくしたようにそう言い、またもや攻撃を仕掛けてきた。
僕は、痛みに耐えながら、その攻撃を避け、肉薄する。
刀で切りかかるが、それを鉄扇で受け止められる。接近戦は苦手そうだったので、少し焦った。そしてその隙を突かれ、蹴り飛ばされそうになる。
しかし、すんでのところで一部だけ蝙蝠化し、その蹴りを避けた。風を切る音が、予想以上に大きかった。
「意外に、力があるのか」
「伊達に長く生きてきた訳じゃないわ。――邪神様に貴方を献上してあげる。さっさと降参しなさい」
「さあ!神の名を持つ輝きの槍よ!天より穿たれ、我が敵を滅せ!神槍グングニル!」
「魔法?でも、私には効かないわよ」
グレースは、突然詠唱をし始めた僕を、嘲る。しかし、知らないのだろう。僕の異能力は、魔法にも作用するという事を。
僕の魔法は、自動的に聖属性との融合魔法になる。ただ、僕は光属性と闇属性しか使えない上、今は闇属性魔法が使えないので、神話級魔法は、この光属性のみのグングニルしか使えないのだ。
光り輝く槍が、神聖さを帯び、グレースに降りかかる。
古に失われた神々の魔法。それを使う者は、どこを探しても九星しかいない。
それが、神話級魔法だ。
「負けてたまるか!狂飆!!!」
「ぐッ、ま、まず……!」
僕は、突然荒れ狂う嵐が目の前に現れ、飛ばされそうになる。こんなものに飛ばされれば、空中制御もできずにただ隙を晒すことになる。
もしかしたら、遠くに飛ばされるかもしれない風だ。僕は異能力でラファエルたちに被害が及ばないように嵐とラファエルたちがいる中間を抹消して分断させた。
僕はと言うと、刀とを地面に突き刺し、何とか飛ばされないように耐えている。
そして蝙蝠の翼を出し、風から受ける力を何とか分散させる。
そして、上からは僕の魔法のからの衝撃波。僕は、しっかり自分の足で立っているグレースを視界にとらえながら、よく立っていられるな……とのんきなことを考えてしまう程、風と衝撃波は強かった。
もしかしたら、僕はグレースと相性が悪いのかもしれない。ラファエルの天使の翼ならともかく、僕の翼は蝙蝠と同様、そこまで力が出る訳でもない。
と言うか、僕があまり筋肉質ではないのも、単純にいくら鍛えても筋肉がつかないし、いくら食べても太らない。
もはや努力してこれなのだから、やはり筋肉だけで金属製のナイフに勝つラース兄さんが悪い。あまりに理不尽すぎて、号泣してしまった。悔しすぎて、感情が溢れたのだ。
ラース兄さんには、ちょっとだけ悪いことをしたな、と思った。
僕は、異能力の身体強化を使いながら、ひたすら強風に耐える。片手で地面に刺した刀を掴み、片手で小刀を掴んでこちらにやってくる攻撃をいなす。
体感は長いように感じたが、実際はそこまで経っていなかったのだろう。多分、一、二分くらいではなかろうか。グレースはいくらかグングニルを自分の攻撃で相殺したが、完全には勢いを殺しきれず、もろに受けてしまうこととなった。
土煙が舞い、グレースの姿を覆い隠す。僕は警戒を全く解くことなく、地面から刀を抜く。僕は、刀に魔力を込め、油断なく構える。
段々と土煙が晴れていき、そこから現れたのは、傷だらけで、自分で流した血で汚れているグレースだった。
僕も、傷だらけだ。いくら物理攻撃を蝙蝠化で無効化することができるとはいえ、あの中では蝙蝠化は無理だった。
全身聖属性の魔力の所為で痛いし、刀をずっと握っていた右手は、左手よりも感覚がない。
一度足が斬り落とされ、それを再生した。せっかくまき散らした血も、ほとんどが飛んで行ってしまった。今、血を流しているから、これを使えばいいか。
じっと対峙するが、どちらとも動かない。いくらやっても、ただ消耗するだけで、決め手に欠けるのだ。
だから僕は、心の中でマティ様に謝る。血を、吸わせてもらうことになるだろうから。
僕はそっと目を閉じ、自分の体の奥底に眠る、普段は予備としてしまっている彼岸の力を解放する。血が、宙を飛ぶ。黒髪が、どんどん血のような紅に染まっていく。
目をそっと開けると、そこには黒が勝った緑の瞳から、血のように真っ紅な瞳が現れた。
「……これでも、くらいなさい!!」
「効かないよ。今の僕なら、呪いの力なんか効かない。だって、その証拠に僕の髪は紅いでしょう?」
「――チッ」
グレースは憎々しげに舌打ちをし、最初とさっき割ったビー玉とは違うビー玉を踏みつぶす。しかし、僕には何ともない。
――後で、地獄が天国にすら見えるような生き地獄を見そうだな……。
僕がこっそり慄いていると、グレースが鉄扇を持って器用に舞う。その度に、鋭い不可視の風が僕を切り裂かんとし、僕はそれを片っ端から切り捨てる。
時間制限がある中、僕はさっさと片を付けたかった。
別に、赤髪になるのに本来は彼岸の力は必要ない。しかし、僕な邪神によって呪われている身。その呪いを、彼岸の力で無理やり無効にしているのだ。
当然、全て返ってはこないものの反動はあるし、あの壊されたビー玉の分、呪いが強力になっていると思うと、背筋が冷えた。
そして、呪いを無効化している力は、彼岸の力なのだ。ゴリゴリ貯蓄分が削られていくのを尻目に、僕は魔法を放ちながら攻撃する。
僕に当たらないように、微調整を加えながら、器用にグレースのみを狙い撃ちする。聖属性の力が乗っている。月下美人の効果もあるだろうが、段々異能力を使っているうちに、精霊が目覚める。そんな気配がした。
異能力をここまで酷使しているのだ。いい加減、この精霊――聖の精霊王、テイアが目覚めて欲しいものだ。彼女が目覚めた暁には、僕は封印された始祖としての力を、使うことができるのだから!!
風と魔法が交差し、金属同士がぶつかる音が絶え間なくする。激しい戦いに、僕とグレースは傷を治す時間もなく、血がどんどんと溢れ出ている。
いや、グレースはちょっとずつ治しているらしいのだが、僕は全くの手つかずだ。グレースが倒れるのが先か、僕が貧血で倒れるのが先か。
血操術でグレースの視界を奪い、蝙蝠化でグレースの攻撃を無効化する。
「あ」
たった一撃。僕は、意識が朦朧とし始め、僕の魔法が僕を攻撃してしまった。
たった一瞬。それだけで、僕は固まってしまったのだ。それを逃すグレースではない。
「ちょっと眠っておきなさい?邪神様に献上するわ……!」
グレースは、自分の勝ちを確信したようだった。でも、同時に僕の唇は、弧を描いていた。グレースが不審に思う一瞬前に、僕の傷は全快した。
聖の精霊王、テイアが復活した。




