ウィキッド襲撃
「ウルガ、いる?」
「いる」
ウルガは短く応答し、木の上から降ってきた。
「なら、ラファエルに連絡を取ってきてほしい。――今、ウィキッドの気配がした」
「ウィキッドが?」
ウルガが疑わし気に僕を見るが、事実だ。
「たぶん、そろそろレイモンドたちが接触する頃合いだと思う。だから、ラファエルも、いつでも出られるよう、準備をしておいてほしい。もちろん、ウルガもね」
「わかった」
「片方は恐らく――。ウルガ、緑髪の女性と対峙してはいけないよ。合っても、すぐに逃げて欲しい。少なくとも、僕の異能力を見破れる手段は、向こうにはない筈だから」
「わかった」
ウルガがしっかり頷いてくれた。この後、色々と動くためにも、できるだけレイモンドの心証をよくしておきたい。そのために、ウルガの安全確保は最優先事項だ。
「行っていいよ」
「ふん」
どうやら、酷く嫌われたようだ。しょっちゅう僕がレイモンドと話しているからだろうか。僕がレイモンドと話していると、ウルガの機嫌が悪くなるように感じる。
その執着は、まるで――。
いや、レイモンドはウィキッドだ。ウィキッドの半身なんか、今まで聞いたことがない。
僕は、去っていったウルガを見ながら、思考の海に沈む。
「僕も、知らないことがあるんだな……」
「なにが知らないんだ?」
「マ、マティ様?!」
真横から顔をのぞかせたマティ様に、僕は飛び上がる。
――ま、全く気配がしなかった……。
「そこまで驚かなくてもいいだろう?」
「い、いつからそこに?」
「さっきだ。何かやましい所があるのか?」
「全く!」
面白いものでも見るように、くつくつと笑うマティ様に、僕はひどく動揺する。
――ウ、ウルガは見られていないよね?
流石にウルガと話しているところ、特に内容を聞かれているとまずい。
そっとマティ様の様子をうかがうが、特に不自然な所はない。だが、完璧に隠しているのかもしれない。
「すぐに3-Bとの戦いが始まるぞ」
「分かりました。すぐに向かいます」
僕は、マティ様と共に天幕へと戻る。どうか、レイモンドと終夜が無事でありますように……。
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Side Raymond
「頑張ってください、終夜!」
「お前も手伝ってくんない?」
「魔族共用言語になってますよ」
「久遠語だね~」
私は、離れたところの物陰に隠れながら、応援している。私ができるのは、肉壁になることだけなのだが、私は特別頑丈である訳でもないため、できればそれは避けたい。
それに、私は邪神から離反した際、邪神からもらった能力を全て剥奪されているため、下手すれば人間より弱い。
だから、ウルガを鍛えていたのだ。それに、元々強者だった時の動体視力は残っているし、少しではあるものの魔法も使える。
それを使って終夜を支援しているのだが、あまり助けになっていないようだ。
……仕方ありません、ここはグレースから冷静さを奪いましょう。
「グレース、ヌフィストは元気ですか?」
「はあ?お前がヌフィストについて、知る必要があるの?」
笑顔で話しかける私に、ぶっきらぼうに返すグレース。
「だって、弟子ががんばっているかどうか、知りたいと思いません?私はヌフィストの師匠ですから」
「お前は、邪神様を裏切った!」
私は、小首をかしげたが、グレースはそんな私の様子が気に入らなかったらしく、声を荒げた。
「アナスタシアも裏切りましたよね?」
「アナ様はあの男に脅されたのよ!あの男さえいなければ、アナ様は邪神様から離れることもなかったし、アナ様が殺されることもなかった!」
「それは、アナスタシアがあの男に負けたと。屈したとおっしゃりたいのですか?」
口元に手をやり、グレースの失言を笑う。
「お前……!」
「だから、アナスタシアの足を引っ張っていたのがグレースだと、私は言ったのですよ」
「殺してやる!!」
「終夜、アインに助けを求めましょう」
「煽るだけ煽って、あとはアインや俺に丸投げ~?」
パスティアと対峙している終夜に、私はアインがいるであろう場所を指さす。そんな私に、終夜は呆れていた。
「さすがに、私がいないとアインは困るらしいですからね」
「分かった~。じゃあ、撤退か」
「そうはさせるか!」
「レイモンド!お前を絶対に殺してやる!!」
「あんなに熱烈な告白を受けて、レイモンドよかったね~」
「あんなに殺気のこもった告白は、流石に初めてです」
私は、グレースをおちょくる終夜に乗る。それで、更にグレースが苛立つ。
「私は足が速いので、抱えて貰わなくとも結構ですよ」
「了か~い」
緩い返答は緊張感をなくす。私たちの後ろを追いかける彼女たちは、簡単に私を殺してしまえるだろう。
だが、私も終夜も、そんな攻撃を受けてしまうほどどんくさい訳でもない。グレースやパスティアの攻撃を避け、目的地へと急いだ。
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Side Ain
3-Bとの戦いは、こちらの圧勝で終わった。マティ様はもちろん、サティの出番もなく。
そして、もう一つの準決勝戦では、4-Dを下した4-Eが勝ったようだ。
「行きますね」
「「頑張って!!」」
「お前なら、簡単に勝てるだろう?」
「さすがにマティアス様鬼畜スギでしょ~。だって、相手はあの――」
「大丈夫です。ちょっと強い人間は、相手になりませんから」
「わあ、流石王太子付きの護衛だね~」
僕は、彼らからの激励と背に、ステージに上る。
「手前は、なんだか骨がありそうだな?」
「そうですか?僕は貴方よりもずっと細いですが」
「細くともしっかり鍛えてんだろ?」
「そうですね。そうでなければ、マティ様の護衛は務まらないですから」
「ああ、ジャスパー・フォン・シモンズを下したやつってお前なの?そりゃ、面白くなってきたじゃねえか」
好戦的な笑みを浮かべ、獣のように体勢を低くする。僕は刀の柄をしっかりつかみ、重心を下げる。
「用意――」
「すみません、そこのお二方!」
「邪魔させてもらうね~?」
審判の開戦の合図が出される前に、人影が二つ、空から降ってきた。
「って、片方アインじゃん」
「……斬りつけますよ?」
「おーコワイコワイ。それでさ、助けてくんない?」
「……ウィキッドですか」
あったりー!と言いながら満面な笑みな終夜に、僕は頭を抱える。
「相手はグレースとパスティア。流石に私と終夜では持て余すのでね……」
「だからって、こんなところに来てほしくなかった……」
「ああ、人間多いですね」
「レイモンドは生徒の避難を、ラファエルは、ウルガが伝言を伝えている筈なので、すぐに来ると思う」
「オレは?」
「頭上からの攻撃は僕が何とかする。だから、その後パスティアを引き受けて。僕がグレースを引き受けるから」
「オレと一緒にグレースをやってもイイよ?」
「ラファエルはパスティアより弱い」
「成程~?」
僕は終夜が納得したのを見ると、すぐに異能力を展開した。
「異能力、抹消!!」
「「!!」」
ウィキッドの攻撃は、僕の抹消の応用で作った結界により、消滅した。
「さて、グレース。君の相手は僕だ」
「へえ、なかなか生意気ねえ?」




