閑話:執着
Side Matthias
「なあ、確か、借り物競争だよな、魔法祭の肝は」
「そうよ。攻略対象が全員参加で、一番好感度が高いキャラが、一番仲がいい人、というお題を貰うの。そこで、更に一定以上好感度が高ければ、サティを選ぶ、というイベントね」
その言葉が、正直不愉快だった。
「ああ。それ以外は、大して重要じゃない。……アインも、借り物競争だけ出る、と言っているんだ」
「それは……。今、好感度が高そうなキャラは、ハロルド、ルーデウス、そしてアイン。アインがサティを選ぶかもしれないわね。出場者を借り物の対象にすることはできないルールだから」
「そんなこと、この俺が許すか。だから俺は借り物競争を不参加にしたんだ」
「それでも、仕方ないでしょ。もっと前から根回しすればよかったのよ」
「なら、そんな大事なイベントを前から教えなかったお前が悪い」
「私だって人間ですー。忘れてたんですー」
ジェシカのその悪びれもしない態度に、イラっとした。
「俺のアインが今更ヒロインに取られてたまるか」
「あのね……。現時点で一番好感度が高いキャラだから。必ず恋仲になる訳じゃないから」
「だが、その確率がかなり高くなるだろう!?」
大体七割の確率で、そのキャラとのエンドを迎えているのだ。つまりは、そんなイベントとか言う概念がない現実世界で、そのまま恋仲にならないという可能性がどれだけあるのだろうか。
「そこまで言うなら、サティと関わらさせなければよかったのに」
「だが、やりすぎるとアインに嫌われるからな……」
「今もあまり変わらないでしょ」
確かに、ずっとアインにべったりしているし、アインに色目を使おうとする人間に牽制もしている。それを自由がないと、ジェシカは評するのだろうが、そもそもよくある恋愛ものの、鈍感系主人公並みに鈍いアインは、気が付いていない。
それに、アインの見た目は俺と比べて確かにイケメンじゃないかもしれない。だが、俺のような派手な顔ではなく、清楚系イケメンの方が好き、という女も多い。それに、うさぎ系男子は人気だからな……。これでも、結構甘えてくるし。
あまり派手な顔を見慣れない平民なら、俺よりもアインに目が行きがちだろうし、いつの間にかハロルドとルーデウスと共に、小説仲間にもなっている。
「なら、アインを甘やかしまくるか。まず、血を与えよう」
「うわ……。本気で囲いに行ってる……」
「それと同衾もしよう」
「余裕のなさが垣間見えるわよ」
「幼い頃と同じように、夕食も食べさせてやるか」
「……何も言わないわ」
俺は、これからの計画を頭に浮かべながら、笑う。
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「どうしましたか?」
俺は、生徒会室でアインを呼び止めた。アインは、不思議そうにしているが、俺はにやけそうになる顔を必死で引き締める。
「ど、どうしましたか?」
「血、足りてるか?」
「前に貰ってから、そう日数も経っていませんが……」
そう言いつつ、アインはよだれがたれそうになっている。本当に、俺の血、好きだよな。
無事アインを俺の部屋に連れ込めそうで、笑っていると、ふと呆れたような視線が背中に突き刺さった。
振り返ると、ジェシカと目が合う。俺はそんなジェシカに笑ってやった。
「さあ、アイン、行こうか」
「仕事……」
「やっておきますわ。アインは、いつも頑張っていますし」
「ありがとうございます、ジェシカ様」
「いいのよ」
「ありがとな」
急にジェシカが女神に見えた。俺もアインに倣い、礼を言ったがジェシカに睨まれた。
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「ジュル……ジュル……」
俺は、俺の肩に顔を埋めて必死に血を吸っているアインの頭を撫でる。
俺の血は美味しいのか、何をしてもじっとしている。
「おいしい……」
恍惚とした表情を浮かべるアイン。普段は色気なんか、滲む程度ぐらいにしか流していないが、今は垂れ流しだ。こんな姿のアインも、俺しか知らない。
普段、ワイシャツとスラックスな姿のアインは、今は浴衣を着ている。服から覗く大胸筋が……。
なんとなく、黒髪清楚イケメンに浴衣が似合いそうだったから、俺が作らせたのだ。その時、アインがものすごく驚いていた。そのアイン、可愛かったな……。
過去の俺、本当にグッジョブ。
「食べるぞ」
「はい……」
まだ浸ってるのか。だが、その方が俺には都合がいい。
俺は、アインの口に、スープを救ったスプーンを近づける。アインは、口を開けてくれた。
俺も一緒に食事をとりながら、アインに給餌する。パンをちぎって口に運び、ステーキを切り分ける。
全てを俺の手でする。もちろん、使用人はこの場にいないから、咎める人間など誰もいない。
段々アインの意識が覚醒していき、俺がアインの口に食事を運ぶたびに顔を赤くしていた。何か言いたげに俺を見上げるが、俺はそれを無視する。
「あ、あの……」
「美味いか?」
「はい……」
さっきからずっと似たような会話だ。何か言いたいのであれば、言えばいいのに。だからこそ、俺にいいように取られるのだ。
食事も終わり、あとは寝るだけとなった。昨日はかなり遅くまで起きていたようだったが、それの影響もあってか、普段はしない欠伸もしている。可愛い。
「その、マティ様……。僕は、これで……」
「なにを言う?お前はここで寝るんだ」
「え?で、でも、そこは……」
「命令だ」
「はい」
俺は、アインの腕をつかみ、ベッドに引きずり込む。アインは慌てていたが、俺を傷つけるなんてこと、アインにできる訳もなく、大人しく引きずり込まれる。そういう態度が、俺に都合よく利用されるというのに。
「寝るぞ」
「はい……久しぶりですね」
「そうだな」
「突然、どうしたのです?」
「いいだろう、別に」
「はい、そうですね」
アインは滅多に見せない笑みを浮かべ、目をつぶる。すぐに寝息を立てて寝てしまった彼の頭を撫でる。そうしているうちに、俺も夢の世界へと旅立っていた。