ドロドロ、ドロドロ
Side Finlay
「――で、何がどうなってこうなったんだ」
俺の部屋には、アイン、ラファエル、そして――子供が一人。この構成なら、その子供も彼岸じゃなかろうか。
その子供は、アインに大人しく抱きかかえられていた。
「ちょっとした注意喚起に」
「ちょっとした注意喚起で部屋に勝手に入るな」
「僕の力を使わないと、マティ様に気づかれちゃうから。僕の部屋でやるより、効率いいし、それに今僕は解毒できない毒を研究しているから」
「とんでもないものを作っているな」
アインが表情を一切変えずに話しているのが憎たらしい。それに、悔しくも納得もしてしまった。
「で、そこまでマティアス王太子に気づかれたくないのか?」
「余計なことを知れば、危険に晒されるから……。できれば、必要最低限の人物しか、知らせたくない」
「俺らはいいのかよ?」
アインがやや俯きながら言った言葉に、ラファエルはあえて明るく話す。
「うん。もう既に関係者だから。ラファエルも、ウルガも、もちろんフィンレーも。何も知らなくとも、殺される可能性が高い」
顔を上げて、強いまなざしでこちらを見るアイン。俺達を助けたいのだろう。
「関係者……俺は理解できるが、そこの二人はなんでだ?」
アインの関係者、という言葉に、疑問が出た。
「今は、言えない。多分、物凄く混乱すると思うし、それは僕が言うべきことじゃないと思うから」
「そうか」
「とうさんガ、オレにかくしごとしてるってのか!?」
「ウルガ、レイモンドがウルガを大切に思っているのは事実だから。――信じてあげて」
「……」
舌足らずな感じで、子供――ウルガがアインに問い詰める。ウルガは、アインの言葉にふくれっ面になって黙った。
「俺の方も、言えないのか?」
「ごめんね。――僕よりも、相応しい存在がいるから。それに、いつかの選択の時に、先入観をなしに選択してほしい」
「選択の時?」
「うん。少なくとも、今は関係ないから、あまり気負わなくていいよ」
「……よくわからんが、分かった」
アインは、大切な所を、はぐらかしながら理由を話す。だが、なんとなく、分かった気がする。
俺はアインに目を向ける。目が合ったアインは、俺が気づいたことに気が付いたのだろう。静かに首を横に振った。
「ラファエル、皇月影について、どこまで知ってる?」
「えーと、絶世の美男子で、行方不明。久遠の第九魔王子くらいか?」
「それにこの情報も加えた方がいいんじゃないか?王位継承権第二位という事も」
「は……?」
「めっちゃえらいじゃん」
ウルガには、流石に難しかったらしいが、それがどれだけの地位なのか、少しは理解できているらしかった。
そして、ラファエルはそれがどれだけありえないことなのか、理解できたようだ。
「魔族は、元々実力主義。その実力主義が都合がいいのが、高位貴族。だから、此岸を積極的に登用している現魔王と魔王太子は、一部の高位貴族にとっては、面白くないんだ」
「フィンレー」
色々と話し出した俺を咎めるように、アインが俺の名を呼ぶ。
「月影が消えた理由。邪神討伐のためじゃないだろ?」
「……」
「一応聞いておく必要があるとは思わないか?」
誰がとは言わないが。
しばらくにらみ合った後、アインが諦めたように目をつぶった。
「わかった」
「ありがとな。――話を続けるが、そこで始祖が生まれたんだ。始祖は、全ての魔族の誰よりも強い存在。実力主義なら、誰だって魔王に相応しいと思うだろうな」
「その始祖が、月影だった、と」
「ああ。しかも魔王太子の母親は、片方は四大公爵家の蒼鳥の出身なんだが、もう片方は平民なんだ。
そして、月影の母親は、四大公爵家の紅月の当主と翠風の姫の娘。血の正当性でも、月影の方が上だ」
「でも、月影にも、同腹の兄姉がいるんじゃないのか?」
「いる。だが、始祖は月影だけだし、吸血鬼なのも月影だけだ。あとは――物凄い下衆な話になる。アイン、耳を塞ぐか?」
「……」
アインは、黙ってしまった。ちょっと、呼吸が荒い気がする。
「塞いどけ。あと、ウルガにも聞かせれない話だろ?」
そう言って、ラファエルがアインの耳を塞ぐ。
「アインは読唇術もできるだろ。目もつぶっとけ」
「分かった」
アインは、ウルガの耳を塞いで目をつぶる。ラファエルは、なんとなく嫌な気分になったのか、表情が険しくなっていた。
「魔王は、何が何でも子を成す必要がある。だから、一夫多妻が認められている。でも、月影は夫側の務めを果たせない」
「何で?」
不思議そうに聞くが、そこも下衆な理由があるんだよな……。無理そう、というのもあるんだが。
「体が原因じゃないんだ。魔族は、人間とは体のつくりが違うからな……。とにかく、普通は妻側は重婚はできないが、一つ例外がある」
「まさか、魔王の王配は複数人なることが可能なのか……?」
「ああ。そして、四大公爵家のうち一つは、悪魔の一族だ。そこが、紅月と翠風を唆して月影を魔王にしようとしている」
「それは、体目当てにしか聞こえないんだが」
「その通りだが?」
「くそだな」
「政治はそういうのがわんさか転がっているさ」
というか、月影を魔王にしたいのは、主に悪魔一族――金華だ。そこが国中を奔走して、月影の正当性を上げたのだ。
「つまり、それが嫌で逃げだした、と」
「それもあるんだろうが、単純にそのままじゃクーデターが起きる可能性があるからな。月影は、とても国想いの人物だ。それに、久遠の法律で、王位継承権は成人しないと放棄できない」
「だから、成人まで失踪した、と」
「あくまで理由の一つだが、徹底的に行方をくらませた理由がこれだな。敵は情弱、そもそも行方を躍起になって眩ませるほどでもない」
「まあ、月影のことがよくわかった。――なんだか、大変だな……」
ラファエルは、月影に同情していた。まあ、同情するよな、こんなの。それに、行方不明は今も続行という事は、今も成人していない、という事になる。ラファエルは、気づいているのかいないのか。
「ああ、もういいぞ」
「フィンレー。変な話をしないで」
「そんなに嫌か?お前も、言ってないことが多すぎるんだよ。月影のことを調べたら死ぬことになる、って。それ嘘だろ」
「はあ!?」
「……」
「まあ、今は仲間割れしている暇もないしな。――ほら、アインの話は?」
俺は、さっさと話題を変える。アインはしばらく俺を睨みつけていたが、溜息を吐いて口を開く。
「僕の話は、ウィキッドの生態についてだよ」
「ウィキッドの生態?」
「ちょっと面倒だからね。教えてしっかり警戒して貰おうと思って」
「俺もか?」
「ロースタスなんて、チーズルにも近いし、ウィキッドが国の中に入り込んでいてもおかしくないよ」
「あ、確かに……」
だから、俺にもウィキッドへの注意喚起をしようとしていたのか。納得した。




