僕は、結局
――また、裏切られるかもしれない。もう、嫌われているかもしれない。
――それでも構わないから、近くにいたい。
――近くにいた所で、報われない運命なら、意味がないだろう?
――そもそも、会って間もない。恋にすら落ちてない。なのに、どうしてこんなに離れがたい?
――きっと、気の所為だ。極上の血で、おかしくなっているだけ。
――それでも、構わない。
相反する主張が頭を駆け巡り、混乱する。でも、これから僕は、この国で働く事になり、王太子と会う機会が増えていくだろう。
いつしか、半身を求める吸血鬼の本能が大きくなり、恋に落ちるかもしない。若しくは、彼が婚約者と結ばれるのを、笑顔で見届けるかもしれない。
僕は、彼の血の味に囚われてしまった。それは変えようのない事実で、九星の皆の元に帰りたいという願望を、ここにいたいという願望が上回った理由だ。
――結局、僕は吸血鬼なのだ。
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ラース兄さん、ノア兄さん、リズ姉さんがステラ王国に帰って数日。僕の扱いは、今のところ丁重に扱わねばならない捕虜だった。
何も変わってない。ここに残ったところで、この国の国王を暗殺しようとした者だ。
別に、この国で満足に働けると思っている程、僕は馬鹿じゃない。拷問されていないだけマシというものだろう。
「やあ、吸血鬼。お前、どうやって王太子殿下に取り入った?」
「……」
「何とか喋れよ、な!!」
「――っ」
殴られるだけでもマシだ。それだけで済むように、髪を伸ばした。周囲の目が怖いから。長すぎて、顔の半分を覆い隠す前髪は、僕が周りを見ないように、障壁になってくれる。
それに何より、誰も、僕の顔を見ることができない。
だから、これでいい筈だ。たとえ、声が出ないことでより暴力を振るわれても。
最悪さえ来なければ、それでいい。
「おい。何やっているんだ?」
殴られ過ぎて幻覚が?らしくない。
「そいつは同盟国になるであろう国の捕虜だぞ?貴様等はこの国を亡ぼす気か?」
「いえ!そんなことは!」
少し怒っているように見える王太子に、若い兵士がくすみ上がる。
「そもそもこの事態が“絶対零度の司令官”にばれていないと、本気で思っているのか?」
「王太子殿下。いくら九星と噂されているとはいえ、何百㎞も離れた地。感知など、出来はしないでしょう。
ああ、そうそう。王太子殿下もどうですか?国王陛下を暗殺しようとした憎き者に、制裁を加えましょうぞ」
僕を殴っていた兵士の中で、一番老齢な兵士が王太子をリンチに誘う。
王太子が僕の方を見たが、僕は顔を逸らした。そして、彼は兵士に向き直って言った。
「こいつは俺の物だ。で、誰の許可を得て殴っている?父上か?母上か?」
「で、殿下……。そのような者でなくとも、優秀な者など、幾らでもいますよ?」
「は?誰の許可を得て、俺の所有物を貶している?
まあ、今ので貴様の無能さが炙り出されはしたが。ん?貴様は己の無能を自慢していたのか?」
「な……!」
王太子は、僕が殴られていたことに対して、怒っていたようだった。
でも、この施しを受けると、後が怖い。
【僕は大丈夫です。日常茶飯事ですから】
「はァ?お前は俺の物だ。たとえ、お前自身でも、俺の物を貶める行為は許さないぞ」
「!!」
僕の心臓は、大きく脈打った。そして、それを止めることができない。病気なのだろうか。突然動悸がするなんて。
「いいか。分かっていないようだったから、もう一度言う。お前は俺の物だ。俺の許可なしに殴られるのも、貶されるのも許さない」
【ゆるさない】
「そうだ。お前の所有者の名は?」
【王太子様】
「違うだろ?マティアス様、だ。ほら、書いてみろ」
【マティアス様】
「そうだ。それ以外で俺の名を呼ぶのを禁ずる。いいな?」
【はい】
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Side Jessica
「これでよかったのか?」
「寧ろ上出来。これでぽっと出のヒロインに取られる事は無くなったわね」
美しい花々が一望できるテラスで、マティアスから聞いた話は、とてもよかった。
押せ押せに弱いアインは、きっと今頃謎の動悸に振り回されている頃だろう。
それで、マティアスと会う時に何故か動悸が再発してきて……こう思うに違いない。これって病気かな……?と。
――ああ、萌える!
私は恋愛観に忌避感などない。その上、私の目的を達成してくれそうなカップリングは、手を貸して、時には障害を作って、より一層燃え上がらせる!
「本当に旨くいくのか?行かなかったら、承知しないぞ?」
「勿論大丈夫よ。アインがマティアスに落ちないってことはありえないもの。だって、転生して、中身が違う筈の貴方だって、アインのことが好きだし、貴方の口調が俺様なのにも意味がある。多分、アインの好みがそれなんじゃないかしら。それに、変えられないものは仕方ないし、ね?」
不安そうな彼を励ます。知ってるかしら?ここは仮想ではなくて、現実。こっちの方が、人物の気持ちは分かりやすい。
ふふ、何故、ゲームでは仲違いしたのかしら?ああ、マティアスが幼過ぎただけだったからよね。可哀想なアイン。
運命の人と呼ぶべき人物が、幼過ぎた所為で、あんなにも傷ついていたから。彼の運命さえ、大人であれば、もう少しは、彼の未来も真面だっただろうに。私も無駄な断罪を受ける事は無かったのに。
「これから、大事なことを聞くわ。いい?貴方、もしヒロインが登場した時、ヒロインに乗り換えたりしない?もし、魅了魔法を使われたとしても。強力な媚薬を使われたとしても。自信がないなら、今すぐ手を引きなさい。今なら、まだ取り返しはつくわ」
私は、アインに不幸になって欲しくない。アインが、恋した相手に捨てられる事態を避けたい。だからこそ、これだけは確認しておきたかった。
私の言葉に、目の前の彼は顔を険しくさせる。
「乗り換え?する訳がないだろう?アインは俺ので、俺が手を引いた瞬間に別の誰かのになる。そんな事態、俺が許すと思うか?」
強気な言葉が返ってきて、ひとまず安心する。そんな私に、更に言葉を畳みかける。
「俺は魅了にも媚薬にもかかる訳がないだろう?寧ろ、心配なのはあっちだ」
「そうね。そういうイベントあるし、あれが起こんないと、アインの死が確定になってしまうのよね……」
「……………起こさないと駄目なのか?」
「凄い渋るわね。――ええ、そうよ。元々は、アインとマティアスの、親密度上昇のイベントなの。あれがないと、邪神の甘言にアインは囚われてしまい、例の敵に寝返るバッドエンドになるわ」
王子らしからぬ顔をしているが、仕方ない。ゲームではあれは、アインの破滅の一助となっていたからね。
「いい?あのイベントは必ず起こすこと。要は、媚薬を飲まされたアインを上手く助け出して、介抱すればいいのよ。それまでに、ある程度、親密と信頼を上昇させといてね」
「俺がやるべきことはそれか?」
「ええ。じゃあ、そろそろ解散しましょうか」
「ああ。そうだな」
あの後すぐにアインに会いたそうだったマティアスを置いて、私は足取り軽く、テラスから出ていった。




