悪魔はここにいた
魔法祭まで、残り二週間だ。だれがどの種目に出るのか、もう既に決まっている。
僕とカーティス様は、他の種目に出そうとするマティ様にどうにか頼み込んで、魔法戦のみの出場にさせて貰えた。
明らかにマティ様のご機嫌取りをする僕たちを見て、サティやルーからもちょっと冷たい目で見られた。
流石に、なりふり構わず過ぎた。だが、そのかいあってか、マティ様は僕たちを他の種目に出させることはしなかった。
本当にマティ様には感謝している。クラス中から、僕に出て欲しいと説得されるのだ。
でも、僕が出るのはあまりいいことではない筈だし、これでいい。
ちょっとしたブーイングを聞き流しながら、カーティス様と勝利の喜びに浸った。
2人とも、マティ様の浮かべていた笑みには気づかずに。
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「さて、これが申請書だ。順番も必要だが、どの順番にするか?」
「そうですね……恐らく、身のこなしからして、僕、マティ様、カーティス様は確実に勝てるのではないでしょうか?」
「お、俺……?」
「そう思うか?」
カーティス様はバツが悪そうに、マティ様は面白いものでも見たかのように、そう言った。
「はい。そもそもマティ様なら、殺気を出すだけで十分でしょう?カーティス様も、魔法を使った身のこなしはかなり上手そうですし。
ただ、ルーやサティは戦闘経験というものがないため、直前でひるむ可能性があります」
「戦いのスペシャリストに褒められるなんて、光栄だな」
「隠しているつもりだったんだけど」
「確かに、人に向けて魔法を撃った経験がないからな、僕は」
「私も!」
皆、僕の言ったことに納得したらしい。
「この中で一番強いのは、お前だ。だから、お前が大将だ」
「マティ様、流石に王族や貴族がいるのに、平民が大将なんて、聞いたことがありません。ぜひ、先鋒をやらせてください。必ずや圧勝して、敵方に圧を与えましょう」
「うわ、お相手かわいそ~」
僕は胸に手を置き、自信満々に言い切った。マティ様は顎に手を置き、何かを考えている。カーティス様は、とてもいい表情を浮かべている。悪魔の表情とも言える、そんな……。
僕の本気が伝わったようで何よりだ。
「わかった、それでもいい。だが、確実なのはもちろん、派手に倒せ。いいな?」
「了解いたしました。いくつか手を用意いたします」
マティ様が、意地悪く笑う。ちょっぴり、僕はまだ見ぬ僕の対戦相手に、ひっそり同情した。
「となると、次鋒はルーだ。いいな?」
「は、はは、拝命いたします!!」
「ふ、緊張しすぎだ。お前は、魔法の手数で相手を黙らせろ」
「分かりました!」
「次にカーティスは中堅だ、頼むぞ」
「俺は副将の方がいいのでは~?」
「副将はサティだ。それは変わらん。
それと、お前の上目遣いは何も感じない。アインの爪の垢でも煎じて飲めば、何かは変わるかもな」
「ぼ、僕……?」
確かに、僕はマティ様より背が低いから、自然と見上げる形にはなってしまうが……。上目遣いが可愛いと言われるのは、女性ではなかっただろうか……?
「アインには甘いのに、俺には厳しいんだ~。もうちょっと、オレに優しくしてくれても、よくな~い?」
「アインが先鋒にこようが大将にこようが、大して変わらないからな。だがお前は変わる」
「そんな訳……」
「中堅に来るような奴が、碌に実践経験もない女子生徒に相手ができると思うのか?副将なら、まだ戦いようがある。たったそれだけだ」
言うことを聞かない子供に言うことを聞かせるように、マティ様はカーティス様にそう説明した。だが、まだカーティス様は不満そうだ。
「俺ならできると?」
「俺が間違っているとでも?」
「いや、そういうんじゃ……」
本当に、マティ様は追い詰め方が上手いというかなんというか……。答えを、自分が望むように操っているのだ。有無を言わさない気迫、それこそ、九星の僕ですらひるむほどの殺気の一部だ。
「どうせ、マティ様には誰も逆らえませんよ。――ところで、戦闘訓練をしませんか?」
「もちろんだ。お前がいるからな、俺はなかなか剣を握る機会がない」
「ありがとうございます」
そもそも、護衛対象に武器を取らせる時点で、護衛失格だ。
「せ、戦闘訓練……」
「はい。クラス全体で行った方が効率がいいかと思いますが……」
「効率がいい、か。それを言えるのは、お前くらいなものだ」
マティ様は笑いながらそう言う。そうして、昼休憩中のクラス全体に声をかけた。
「戦闘訓練がしたいものは、今すぐ申し出ろ。他国の軍人が、直接手ほどきしてくれるそうだ」
「他国の軍人……?」
「一体、どなたなのでしょう?」
「王太子殿下のコネクションか。面白そうだな」
ざわざわと、そんな会話が教室中から聞こえる。それが収まると、ほとんどの生徒が手を上げていた。
ちなみにその中に、ジェシカ様とハロルド様、フィンレーはいなかった。
「お前らは、もう少し自衛を学べ」
「それは優秀な護衛に任せますわ。私は、その護衛の邪魔にならないよう、逃げる方法の方を教えていただきたいわ』
「はい。俺も、あまり武道や魔術に才能がないので。下手に学ぶより、学ばない選択を取ります」
「俺の周りはいい性格をした人間ばかりだな?」
「「……」」
僕とカーティス様は、咄嗟にマティ様から目を逸らす。何とかして、出る種目を一つに制限して貰ったのだ。それが、マティ様の意向にそぐわないのは、僕たちは痛いほど理解していた。
「普段しない荷物持ちをしたり、食堂の席を取ったり……。面白かったぞ、お前らがそこまでするとはな」
僕は、マティ様の護衛であり、従者ではない。そして、カーティス様は、従者として仕えるというよりは、仕えられる側だ。
「話が脱線したな、今日の授業が終わった後、すぐに訓練場に武器を持って集まれ。いいな?」
「「「「「承知しました」」」」」
綺麗に返事が重なる。その時僕は、どんな武器で訓練をするか、思い悩んでいた。