元気溌剌ないい娘
Side Unidentified
私は、セオドアの学園に清掃員として働いている。貴族ばかりが集まるきらびやかな建物……。本当に、どこにでも目を奪われる。
庭にもきちんと手入れされている美しい花壇や、桜の並木道――季節ではないのでちょっと寂しくなっているが――や、芸術的な造形の東屋、食堂での食事も平民からするとかなり豪華だ。
生徒とあまりすれ違わないようなルートを通って、落ち葉をかき集める。貴族たちは私たち清掃員を見て、顔をしかめる。それが嫌であまり生徒たちとすれ違わないようにしていた。
けれど、そうではない生徒もいた。
彼女は、桃色の髪に白い髪が混ざっていた、可愛らしい顔立ちをしていた少女だった。
落ちていたごみを拾って、それを落ち葉を入れたごみ袋の中に入れてくれたのだ。そうして笑顔で、いつもありがとうございます、と言ってくれた。ここ最近の出来事に荒んでいた心が癒された。
「いえいえ、これが仕事なので。あ、ありがとうございます」
「いえいえ。仕事でも、ありがとうございます」
本当に、気分がいい娘だ。これが初対面だったけれど、その後にあったときも本当にいい娘だった。
その時、彼女は運動をしていたらしく、かなり動きやすい服装をしていた。彼女曰く、ダイエット中なの!らしい。甘いものが大好物で、ついつい食べ過ぎてしまうらしい。
最近、食堂の近くで清掃をしているついでに食堂をのぞいてみると、彼女と一緒にアッシュゴールドの青年や、黒髪の青年、モスグリーンの髪の青年がいた。彼らのテーブルには料理が乗っていたであろう皿以外に、ケーキが乗っていたであろう皿が合計五枚あった。
そのうち一枚はアッシュゴールドの青年、そのうち一枚は黒髪の青年、残りは彼女の前だった。
ちなみに、しっかり昼食も取っていたから、彼女が言うダイエットは、当然の帰結とも言えよう。
それから、同じ時間にいつも会って話すことになった。
「髪、白いんですね!」
「ええ、そう言うあなたも、白いですね」
「けれど、私は白髪に見えちゃうんですよね……。ほら、ピンクもあるから!」
そう言って、自分のピンクの髪をつまみながら、ほら!と主張してくる。元気だな、と思いながら、確かにそれはうら若き乙女にとって、悩みの種になるだろうな、と思った。
「知り合いに、清掃員さんと同じ白髪の人がいるんですよ」
「そうなんですね」
「はい!その人と、もう一人黒髪の友達がいるんですけど、その彼が並ぶと、なんだかバディに見えるんですよね」
色も正反対だし、なんだか独特な雰囲気が似ていて、という彼女は、語り口に熱が入っていた。
「そうなんですね」
「それにどっちも格好良い上に平民でそこまで高値の花でもないからか、女の子たちはみんなこっそり持て囃しているんです」
「貴女も?」
「わ、私は全く……。確かに格好いいけれど、同じ生徒会として仕事しているからか、慣れちゃったんです……」
「生徒会だったんですか!?それは、かなり優秀ですね」
「わ、私はそこまででも……」
身振り手振りで大いに謙遜しているが、この学園、生徒数はそこそこいるから、その中で1年生なのに生徒会に所属できている、という事は、相当優秀だと思うが……。
「あ、もうそろそろ部屋に戻らなきゃ!今日もお仕事お疲れ様です!」
彼女は、急いで別れの言葉を告げると、走って寮がある方へと去っていった。
それを私は、微笑ましく見送っていた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
Side Ain
「話って何?」
僕は、目の前の男に不機嫌にそう聞いた。
目の前の男は、ニヤ、と笑う。それが、とんでもなく癪に障る。
僕は、情報収集用の蝙蝠を、目の前の男に握りつぶされた。まるで、挑発するように笑いながら。
蝙蝠は、僕の一部でもあるから、当然蝙蝠が受けたダメージは、僕にも来る。前に起きた発作は、こいつが蝙蝠を潰した所為で起こった。あの後、蝙蝠の数が足りないことに気づき、発覚した。
「オレ、やっぱ寝返るわ」
「はあ!?それを信じろと!?」
それを伝えるためだけに、蝙蝠を握りつぶす奴がいるか。本当に苦しいのだ。別に、蝙蝠を放つ時点で、蝙蝠が何かしらのダメージを受ける覚悟はある。だが、ここまで理不尽に痛みを受けさせられたのは納得いかない。
「説明して。ただ単にそれだけを言いに、僕の蝙蝠を潰した訳じゃないでしょう?それも、二度も」
「このコウモリ誰のかな、って思ってさ。そうしてきたのがオマエだったってワケ」
あっけらかんと言う悪魔に、僕は溜息を吐いた。
「……単純に裏切るより、コッチ側についた方が利益が大きいと思ったからだよ。たったそれだけ」
「利益?一体どんな心境の変化があって……」
「ソレより、オマエは本当に顔イイな。オレのハーレムに加わるか?」
「死ね」
僕は刀を抜いて、僕に手を伸ばしてきた悪魔の首を切り飛ばす。本当に気持ち悪い。
「さっさとミンチになれ」
「コワッ!」
「変態なんか死ね!」
僕は一度悪魔をミンチにした。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「気が済んだか?」
体を再生した悪魔は、地面に蹲る僕を見下ろす。
「死ね……!」
「わーコワイコワイ」
僕が悪魔を睨みつけるが、茶化したような声を上げるだけだ。
あの時、悪魔は自分の腕を僕に真っ先に斬られた。いや、そういう風に動いていたのだが、悪魔にとって、それが狙いだった。
その腕は、僕の蝙蝠をしっかり掴んでいた。僕が悪魔をミンチにすると同時に、悪魔の腕がそれを握り潰す。
当然、僕は突然の痛みに、のたうち回ることになってしまった。
「このまま誘拐もできそうだな~」
「ぐッ……」
すっかり回復した悪魔に、いきなり俵担ぎをされ、心臓に負担がかかる。蝙蝠の死は、僕に大きな負担になるのだ。それを短時間に三回、その上に呪いの発作。
全てこの悪魔の所為。だが、今は碌な抵抗できないのが、悔しかった。
「――はァ、別に今はハーレムなんか作る気もないよ。だけど、そんなキレイな顔にそんなに悔しそうな表情を浮かべるなんて、オソってホシイの?」
「キャンッ!!」
「なにその声。カワイイ~」
突然悪魔は僕を落とした。体を地面に強かに打つ。悪魔はあまり吸血鬼の顔にあざを作るようなことをしないから、ちょっと油断した。
「あ、さすがに雑に扱いすぎた……?」
「別に泣いてない」
「涙目になってるでしょ」
舌を噛んで涙目になったんだ。悪魔になんか、泣かされてない。一瞬、本当に襲われるかもしれない、という恐怖に襲われたなんて……。
「……もういい。わかったから。ただ、余計なことをしないで」
僕は服についた土を払いながら立ち上がる。
「さあ?」
「は?」
悪魔が適当に返すのを聞いて、僕は地を這う声を出した。
「オレはベツにオマエのために寝返るワケじゃないからね。だから、オマエの計画も知らないよ?」
「もういいや。どうせ、まともな頭があれば、邪魔をする気にもならないだろうし」
僕は、そう言ってその場から去ることにした。
「そう言いまわってるの?」
「なにが?」
僕は、立ち去ろうとしていた足を止める。悪魔は今も意地悪く笑っているのだろう。
「案外、何とかなるんじゃないの?」
「国の政治舐めてる?」
僕は、さっきとは比べ物にならないほど早く接近した。氷纏をし、それを悪魔の首に突きつける。
「いいか、あんたの考えなんか、関係ない。僕のやることなすことに邪魔をするな」
「必至だねェ。操声術を使ってまですること?」
「……」
僕の血のように紅い瞳が、妖しく光る。
「分かったよ。今はオマエの術中にいてやる」
悪魔の赤い瞳が、妖しく光った。




