僕のギルティ
どうやら06――ノア兄さんがこの国に来るらしい。05――ラース兄さんと09――リズ姉さんを伴って。
――会えるだろうか。
僕は、二年振りに会う仲間に、胸を躍らせていた。
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――数日後
その日がやってきた。ノア兄さんはステラ王国の国王として。ラース兄さん、リズ姉さんは護衛としてやってきていた。僕は、諸々の細かいやり取りの後らしい。僕は、侍女に連れられてノア兄さん一行がいる応接間へと足を運んだ。
「久しぶりだな!01いや、アイン」
【久しぶり、ラース兄さん】
「久しぶり、アイン君」
「大丈夫だったかい、アイン」
ラース兄さんは背が伸びた。ノア兄さんは、左の薬指に指輪がある。リズ姉さんはあまり変わっていない。でも中身は、誰も変わっていないようだ。
【結婚おめでとう、ノア兄さん。誰と結婚したの?】
「聞けよ、アイン~ノア兄さ、ララ姉と結婚したンだぞ?いつから付き合っていたンだろうな?」
「ああ、アイン君がチーズルに強制送還された後。まあ、そんなことより、オケディアとチーズルが地図から消えてびっくりしたよね。でももう大丈夫。アイン君を脅かす存在はもうない。アイン君を虐めていた奴は一掃した。もう、オケディア――いや、ステラだ。九星の国、ステラ王国に戻ってきてもいいんだよ」
優しくノア兄さんに聞かれた。ノア兄さんは、僕の意見を尊重してくれている。でも――。
――突然、そんなこと言われても、困るよ。
僕はこの地で半身に出会った。もう片時も離したくない、我が半身。彼無しで、この先どう生きたらいいか、分からない。
でもまだ、僕は心を彼に許していなくて。理性は、取り返しのつかない内に離れた方がいい、と言う。本能は、彼から離れたくない、と叫んでいる。一体、どうしてしまったのだろうか。
僕が予想に反して黙り込んでしまったためか、ノア兄さんとリズ姉さんは戸惑っている。ラース兄さんは、思案している様子だ。
【ねえ、ラース兄さん。今日は、ミリア姉さんは一緒じゃないんだね】
「ああ、そうだが……。今それ関係あるか?」
ある。物凄くある。
【答えて。ラース兄さんは、他国にいるために、中々会えないうちに、ミリア姉さんが他の男と恋に落ちたら、許せると思う?】
「そンなの許せる訳ねェだろう。って、なンてこと言わせンだ!」
一瞬で否定した後、恥ずかしいことを言ったという自覚が出てきたのか、ラース兄さんは顔を赤くしている。
【僕は、どうしたらいいのか分からない。ねえ、ラース兄さん。もし、幾ら敵だったとはいえ、ミリア姉さんの大切な人を、殺そうとしてしまったら、どうするの?――僕はどうすればいい?】
「まさか、お前――」
何かを察し、気の毒そうな顔を向けられる。別にそれに何かを感じた訳ではない。
【あの時男性恐怖症気味だった僕のトラウマを刺激したラース兄さん、教えて。僕、今ならあの時のラース兄さんの行動、理解できるんだ】
「さらっと嫌味混ぜンな!!」
ラース兄さんは僕と同じ、彼岸の魔族。彼岸の魔族には、半身と呼ばれる運命の相手が存在する。
ラース兄さんは、軍に召集され、僕たちと出会ったその日に半身を見つけた。その半身がミリア姉さんだ。
当時年齢が一桁の子供四人のうち、男性が苦手だった僕が大丈夫だったのは、ミリア姉さんとあと一人だった。僕がミリア姉さんに近づこうとすると、ラース兄さんが威嚇する。でも、ミリア姉さんが絡まなければ、普通にいいお兄さんだったラース兄さんに、次第に懐いていった、という具合だ。
「はあ、難しい問題だな。どうせ、俺と一緒……いや、それより酷いンだろ?」
僕は頷いた。
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僕に屈みつつ顔を寄せながら、ラース兄さんは小声で聞く。
「誰だ?お前が懸想する相手とは」
【言いたくない】
「別に誰にも言わないからさ」
必死にラース兄さんが頼み込む。野次馬根性旺盛のようだ。
「な?頼むからさ!別にアインがミリアと仲良くしてても殺気なンて飛ばさないから!」
【言ったらミリア姉さんに全部ばらすから】
別に殺気はいいよ、と追記しておく。王太子に出会って分かった。あれは仕方ない。まあ、僕にしか飛ばしてなかったし、そもそもその殺気でも、かなり手加減して貰っていたが。
【僕の半身は、王太子】
「は?」
信じてなさそうなので、さっき見せた紙をラース兄さんの目の前に突きつける。
【僕の半身は、王太子】
「ええ、まじで?」
僕は頷く。
「その相手ってさ、お前父親殺りかけてなかったか?」
僕は目を逸らす。
「あー、ん、うん。まあ、その……さ、頑張れ」
それしか俺は言えない、とでも言うように、屈んでいた腰を伸ばし、ノア兄さんとリズ姉さんに目を向ける。
「何か、問題は解決したかい?」
ノア兄さんが穏やかな笑みを浮かべて問うてくる。
「分からん」
「役立たずだねェ、ラース」
「うるせぇ!リズ姉!俺には難しい!」
茶々を入れるリズ姉さんに、ラース兄さんは嚙みつく。リズ姉さんは、笑うだけで、どこ吹く風だ。
「でもまあ、アインは残った方がいいンじゃないか?ノア兄だって、政治的な観点で、アインに残って欲しかったンだろ?本心はそうじゃなかったから、アインに選択任せたンだろーが」
「……そうだね。アイン君は、正直こちらにいた方がいいだろうね。ステラとセオドアは同盟を結ぶ。その橋渡しにアイン君は必要だ。
でも、ずっと辛い思いをしたアイン君は、ステラに戻ってきて欲しいのもある。セオドアとステラが友好国であるという周知は、別の方法ですればいい、と思っていたから」
ノア兄さんは、ステラ王国の国王として来た。そして今は、九星の“絶対零度の司令官”ノアとしてここにいる。二つの立場としての思いが交差しているのだろう。
【僕は残る。僕は、ほとんど何も、していない。僕だって、誰かの役に、立ちたい】
「「「……」」」
沈黙が降りる。僕の切実な思い。僕は、ただ、足手纏いにはなりたくなかった。九星の役に立ちたいと思った。
僕と王太子との間に、普通の半身のような甘い関係は期待していない。愛は……分かると思う。でも、恋は分からないのだ。
現在進行形で恋をしているララ姉さん、ラース兄さん、ノア兄さんが羨ましい。
ラース兄さんに想われているミリア姉さんは、少なくともラース兄さんを悪くは思っていない。いつか、両想いで恋人になって、結婚して夫婦になるのだろう。
半身の父親を、彼の目の前で殺そうとした僕は、到底望むことのできない未来だ。
僕は、きっと、嫌われたのだろう。父親を殺そうとして、いきなり血を吸って。
彼岸の魔族の半身が人間だった、と言うケースは実際によくある。ラース兄さんも同じだ。
彼岸の魔族は相手が半身だ、運命だ、と言うのは容易に判る。でも、人間は、判らないのだ。一方通行の運命。叶う時もあれば、叶わない時もある。彼岸の魔族同士であれば、彼らはすぐに恋に落ちる。彼らの性質上、半身にあった時を想定して、恋愛をしているのだ。
王太子は、婚約者がいる。僕の印象は、最悪だ。普通の半身のような、甘い関係には、なれない。




