母親とクズ
胸糞があります。お気を付けを。
Side Unidentified
「誰?」
「オレだよ、オレ」
私は振り向かず、突然現れた気配に対し、そう問いかけた。そして返ってきたのは、そんなふざけた回答だけだった。
「……人違いです」
「まさかこんなところにいるとは思わなかったな~」
「誰のことを言っているのでしょうか」
「オマエの息子、いたけど?」
「……」
突き抜けた嫌悪で顔が酷く歪むのが分かる。ああ、彼がいないのが途轍もなく不安だ。
「顔、オマエ似なんだな?オマエは天涯孤独だ。あんなところにいる、オマエに似ている存在は、オマエの息子以外ありえないと思うけどな~」
「天涯孤独にしたのは貴方でしょう」
「そう怒るなよ。ほら、熱を分け合う仲だろ、オレらは」
そう言って、全く身動きしない私の方に腕を回す悪魔。蕁麻疹が出る。
「消えて」
「強情だなァ。ほら、一児の親だろ?絆されてもイイと思うけどな~」
「私は貴方を許さない。そして、天音にも絶対に、会わせない」
「へぇ、天音って言うのか、オレの息子は」
その言葉に、どうしても私はこらえきれなかった。
「天音に父はいない!!」
「いるだろ、ココに」
「貴方は、父親でもなんでもない。天音は俺の息子だ!俺だけの……貴様なんかと一切関りはない!!」
「やっぱ猫被ってたか。ソッチの方が、オレ的には好みだけど。あの吸血鬼みたいな言葉使いしやがって」
「あの方を悪く言うのは、やめていただこうか」
「オマエが許すなら、アイツもオレのハーレムに加えてもイイよ?顔は、極上だし。ソレに、性格も気弱で、そこもイイよね~」
私の方に腕を回したまま、その汚い口から飛び出る、下衆な考えに、私はもう耐えきれなかった。
「あの方を穢すな!!」
全力で、聖属性魔法を撃つ。だが、効かなかったようだ。
私を組み伏した悪魔の後ろには、空が見える。にやにやとした表情の悪魔に、私は抵抗をした。
「ヒドいな~。そんなに拒否しなくても、よくない?」
私の拳を軽く避けつつ、そんなふざけたことを言う。
「うるさい!貴様に、何が分かる!!望まぬ子を宿してしまったときの絶望、親に勘当され、兄弟に侮蔑の視線を向けられた屈辱、売女と罵られ襲われる時の恐怖……。貴様には一切わからないだろうな、そこにあの方が救ってくれた時、俺が何を言い放ったのかも!」
「なんて言ったんだ?」
興味津々、と言った風に聞く悪魔。どうせ、私の感情なんか、理解できないに違いない。でも、言いたい気分だった。
「貴方も同じだろう、そう言ってしまった。あの方も、俺と同じ苦しみを味わってきたのに……」
あの方は、幼い頃から男女両方に襲われていた。類まれな美貌を持つ姉を持つ吸血鬼。当然、彼がとんでもない美形だという事も、周知の事実だった。
それに、笑顔が可愛い、と目の前の悪魔のような下衆に襲われるまでに、そう時間はかからなかった。
そんな彼が、ある日突然ふさぎ込み、表舞台から姿を消した。時々垣間見えるあの方の表情は、能面のようで、稀に見る笑顔でさえ、人形のような印象を受けた。
なにがあったかわからないが、婚約者にはかなり心を許しているように見えた。
だが、婚約者は薄情だった。ある日突然、姿を消してしまったのだ、彼の誕生日に。
その時なのだ、私とあの方が出会ったのは。まだ膨らんでない腹の中に、まさか赤子がいるなどと、思えなかった時期だ。家族からも勘当され、侮蔑され、遊び相手にちょうどいいと襲われる。未遂で済まなかったこともあった。
だから、魔族不信になっていた。そして、目の前の人影に、何も考えずにそう言い放った言葉を、生涯後悔する羽目になった。
あの方は、とても優しかった。自分も婚約者に捨てられたんだ、同類だ、と言った。
襲われるのは怖いよね、自分はずっと未遂で済んだけれど、それでも怖かった、と言われた時には、なんだか受け入れて貰えた気がして、子を宿して初めて泣いた。私の頭を撫でる手は、私よりも遥かに小さかったが、暖かかった。
あの方がいなければ、私は天音を生むこともなかっただろう。まともに向き合うことも、なかっただろう。だから、天音に父親はいない。二人親がいるとすれば、母親が二人だ。
私はずっと、そう思っている。目の前の男が、天音の生物学上の父であろうと、絶対に父とは認めない。
そんな強い私の思いが伝わったのだろう。意外にも、その悪魔は苦い思いをした。
「コッチもコッチで、色々とあったんだよね~。天夜、君を迎い入れる準備とか」
「は?そんなものは必要ない。私は、私だけで天音を育てる」
「と言いつつ、天音は側にいないじゃん」
痛いところを突いてくる。本当に、嫌いだ。
「今は、まだ。邪神が倒され、私に危険が及ばなくなったら……」
「そうじゃなくても、天音と会える、と言ったら?」
「は?」
「オレが守ってあげる。天夜も、天音も。これで万事解決、でしょ?」
名案だ、というかのように、悪魔はそう言う。
「貴様の手を借りるのは嫌だ。でも……」
「天音とプライド、どっちを取る?」
そんなの、答えは決まっているようなものだ。私は、今途轍もなく嫌悪の感情がむき出しになっているだろう。
「……本当に、悪魔は嫌いだ。悪魔なんか、みんな死ねばいいのに」
「悲しいな~。愛しい人に、そんなこと言われる日が来るなんて」
そうお茶らけているが、なんだか本当に傷ついているように見えた。意味が解らない。
「自業自得でしょう。貴方の所為で、私は全てを失った。何度でも言って差し上げましょうか?」
「イイ性格してるね~。ソレも、あの方の指導?」
「そんな訳ないでしょう。あの方は、あまりにも優しすぎる。あの方が、貴方のようなクズに穢されなくて、心底ほっとしています」
「昔は本当に、いいとこのお坊ちゃん、ていう感じでカワイかったのにな~。まあ、今も子猫が精いっぱい威嚇している感じで、カワイイけどね」
ゾッとする。特に、奴に掴まれてる腕とか。
ずっと睨んでいると、唐突に放された。
「なにを企んでいるので?」
「別に?」
「は?」
「ただ、翔雲天音は金華の放浪息子の子供だと、知らせたかっただけだし」
「は?金華?馬鹿言わないでください。金華なんて、久遠の四大公爵が一つでしょう!!あの方の母君も、同じ……!」
四大公爵家から、こんなクズが生まれる訳がない!!
「オレの名前、初対面から教えてなかったね、ゴメンゴメン」
そう軽く言いながら、片膝を立てて、跪く。
「――改めまして、オレの名前は金華終夜だ。オレの嫁になってくれないか、翔雲天夜?」
「絶対嫌だ」
当然速攻で拒否した。