可能だが、したくない
「この小説、面白いね」
「そうですね、僕はあまり小説は読まなかったのですが、これは本当に面白いです」
「ならアイン、これはどう?はまると思う」
「試してみます」
そう言って、僕はルーから一冊の本を受けとる。タイトルは、”精霊探偵クロエの事件簿”。精霊と話せる主人公クロエが、身の回りで起きた殺人事件を解決していく……。
「……」
僕は無言でルーを見つめた。
僕は、ルーと共に学園の図書館にいた。ルーから、図書館に行こう、と誘われたのだ。
「あれ?あまりこういうの、好きじゃなかった……?」
「いえ、そんなことはないですよ。ただ、それをおすすめされたのは、二人目なので」
「成程」
ルーがほっとしたように笑う。
正直、精霊を題材にした小説は少ない。先日サティから紹介されたときも、驚いた。
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「生徒会、忙しい?」
しばらく小説について話し合ったあと、突然ルーがそんなことを言った。
「いえ、今はそこまでですよ」
「あ、そうなんだ。アイン、毎日生徒会室に通っているから、忙しいのかな、って遠慮してたんだ」
「それはすみません」
生徒会長曰く、あと1、2ヶ月で繁忙期に入るらしい。
僕は、精霊たちがうるさいから、毎日通っているだけだ。でも、精霊たちがいないと成り立たないことかあるから、日々の感謝の習慣なのだ。他国で言う、宗教と似たようなものだ。
それが忙しく見えていたのかもしれない。精霊は一匹一匹が小さいが、量がとんでもない。
それに話せることをいいことに、リクエストがうるさい。
これでなにもしないなら、僕はキレてたと思う。
「なら、ちょっといい?実は、相談したいことがあって……」
「なんですか?」
そうは言うものの、ルーはもごもごと何かを言うだけで、一向に話し出さない。
僕は、ゆっくりルーが話し出すのを待つ。
一分くらい経っただろうか、ルーが覚悟を決めた様子で顔を上げた。
「適正属性を増やす方法は、ある?」
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Side Rudeus
「適正属性を増やす方法は、ある?」
僕がアインに聞きたかったのは、これだ。
僕の家、ソルセルリー家は秘密裏に魔物の研究を行っていた。その際、適正属性を増やす方法についての記録もあったのだ。
知識がなく、ほとんど内容は分からなかったものの、恐らくそう書いてあった。
僕がじっと見ていると、アインは厳しい表情をして、こう言った。
「――あります。しかし、僕はそれをする気はありません」
「何で――!」
「ルー、ソルセルリー家の二の舞になりたいのですか?」
「二の、舞……?」
「人間の体は、とても脆い。ソルセルリー家は、人体実験に手を出していないとでも思いましたか?」
「まさか……」
「あの時から、ソルセルリー伯爵は実権を失い、名ばかりの当主となっています。それも全て、あの件を闇に葬り去ったからです」
「はい……」
突然そんなことを言い出したアインに、少なからず、冷や汗がでる。
「ソルセルリーの隠し部屋には、いろんなものがありました。それも、口にするのははばかれるものまで」
「……」
「人間は魔法を使える者が限られますが、魔族は違います」
「はい……」
魔族は、確か全員魔法を使うことができると、聞いたことがある。
「人間と魔族の違い。それは、体の構造です。魔族は、特別体が強い。だから、魔法を使える者が多い」
「体が強いから、魔法が使える……?」
「そもそも、強力な力はそれなりに代償があります。あまり有名ではありませんが、魔法についても同じです」
そこで、アインは言葉を切る。少しの間、沈黙が支配した。
「そもそもルーは、適性がかなり多い方です。それも、僕よりも」
「それは、そうだけど……」
「光属性も、闇属性も、汎用性は低いけれど、水属性はかなり汎用性が高くて羨ましいですよ」
「ありがとう……」
「魔属性は、光と闇よりも珍しいですし」
「確かに、そうだね……」
「魔法は、適性の多さではなく、使い方で大きく変わります。何故適正属性を増やしたいのかは、無理に聞きません。
しかし、強くなりたいだけなら、魔法を練習すればいいですよ。同じクラスにラファエルがいますよね?彼に魔法を教わればいいですよ」
「ありがとう!」
アインは本当に優しい。本当に、アインと友達でよかった。
涙で視界がぼやける。アインがハンカチを差し出してくれた。
「僕、兄さんと比べて、適正は同じくらいだけど魔法はあまりうまくなくて……。ずっと、兄さんと比べられていたんだ……」
サティさんを助けた時も、そうだ。あそこにいたのが兄さんだったなら、素直に彼女たちは言うことを聞いただろう。
半分は同じ血を引いているのに、兄さんは本当に格好いいし……。
「あれは……変態だと思いますが」
アインが小さく何かを呟いたが、僕には全く聞こえなかった。
「ともかく、変えたいのなら見た目から変えるべきかもしれません……。僕も、マティ様の護衛の任につくならば、それ相応の振る舞いをすべきだ、と。そう言われたことがあります」
「それ相応の振る舞い、か……」
確かに、アインが平民と侮られることはない。堂々としていて、下手な貴族よりも貴族らしい風格があった。
それに、兄さんも高位貴族だらけの中でも全く霞んでいない。
やっぱり、そういうところなのかな……?
「ただ、僕もあまりそこについて詳しくはなくて……」
「そうなんだ……」
「で、でも、ジェシカ様なら詳しいかもしれません……!」
やや控えめに言われた言葉に、僕はふと不思議に思った。
――あまり詳しくない、という事は、自然にあの風格を出している、という事?確かに強いだろうけれど、どこか高貴な雰囲気もあるのは、元々だった?




