可愛いくて生意気な精霊
―――嫌だ、ノア兄さん。僕は絶対に貴族にはならない。
『お願い。この通りだから』
―――面倒くさい権力争いに巻き込まれるでしょ。
『そうならないように尽力するつもりだし、マティアス王太子が多分守ってくれるし……』
―――ノア兄さん?
『とにかく、このままだといけないこともわかるでしょ。貴族に食い物にされるよ』
―――それでも嫌なものは嫌。
僕は、定期的なノア兄さんの催促に、徹底的に断り続けていた。
でも、九星かつ平民の僕は、確かに貴族にとってみれば、権力で何とかなると思う存在だろう。そんな訳ないけれど。
―――僕は、絶対に貴族にならないから。
『あ、ちょ、アイン君!』
僕はノア兄さんが止めるのも聞かずにテレパシーを打ち切った。
「はあ」
少し疲れてしまい、本棚に向かう。そこから流行りの小説の新刊を手に取る。読者の予想を裏切るストーリー。
それをベッドに寝っ転がりながら読む。ちょっと行儀が悪いが、インナーとラフなズボンを着ているので、気にしない。
風呂上がりの髪から落ちた水滴が本を濡らさないように、タオルを適当に頭に被る。
「クシュン」
最近、夜が冷えるようになってきた。やっぱり髪を乾かさないままは駄目だったかもしれない。
僕は渋々タオルで水分をふき取り、読書に戻る。外はもう暗いが、魔法で光を灯せるから、別に問題ない。
僕は黙々と本を読んでいき、ついに読み終えてしまった。だが、いい気分転換になった。
「お前はそういうものを好むのか」
「そういうシェイドも、じっと見入ってたでしょ」
そのままベッドに寝っ転がりながら、さっきまではいなかった、背の高い美丈夫に目を向ける。
紫色の髪と瞳。腰の下まで伸びる直毛の髪は、夜風に吹かれているようにさらさらと揺れる。
そしてその隣にはポスポロス――シェイドより線の細い男性が立っている。金の髪と瞳。短く切りそろえられた髪は、特に明るい光もないのに、光り輝いているように見える。
「人間の娯楽は、とても興味深い。この小説も、とても面白いよ」
「読んでもいいけれど、気を付けてよ。その姿は普段精霊が見えない人でも見えるんだから」
「はーい」
「なんか楽しそうだね」
「パーティーかしら!?もう、呼んでよ!」
「何でその姿で大声出すの……。他の人にも聞こえるから、声を抑えてよ……」
ポスポロスに注意した直後、閉まっている窓から侵入してきた精霊王二匹。
男性の方は風の精霊王、シルフィード。薄緑の髪と布が多い服が風もないのにはためかせている。
女性の方は水の精霊王、ウィンディーネ。深青の髪と、かなり扇情的な服が端に向かって透明になっている。
「別にパーティーも開いていないし、ウィンディーネは活字アレルギーでしょ」
「そう、本の話なのね。――ねえ、何の話?」
「ポスポロスがまだ読んでないから教えない」
「ディーネ、ほら、行った行った」
「そんなに邪険にしなくとも……」
「まあまあ。シェイドも怒らないで」
「次からは、お伺いをたてようか」
「できればお願いね。シェイドもポスポロスも急に来るから、いつも困るんだよね。まあ、人前で話しかけたりしないから、まだいいけれど」
本当に、シルフィードは紳士的だ。ウィンディーネの夫はそうじゃないと務まらないのだろうか。
シェイドもポスポロスも夫夫で悪ふざけをするから、いい加減ストッパーが欲しい。
でも、彼が来るともれなくウィンディーネが来るから、差し引きゼロだろう。
「おもしろいの~」
「ほんよみたい」
「ひさしぶり~」
「けんかだめ~」
「王は本当に困ったものだ」
「下級精霊より悪い子」
「ぼくたちいいこ?」
「おうはわるいこ!」
「きゃっきゃっ」
「きゃっきゃっ」
「ここは相変わらず平和だね……」
下級精霊と中級精霊の会話は本当にほのぼのしている。ついつい笑みがこぼれてしまうくらいだ。
普段は光の下級精霊と闇の下級精霊しかいないから、水の下級精霊と風の下級精霊、中級精霊が珍しくいるから、余計に楽しそうだ。
それにしても、風の中級精霊は本当に毒舌だな……。
しばらく、精霊王たちの会話を背景音に、下級精霊と中級精霊の間延びした、ほのぼのとした会話を聞く。そんな会話を聞いていると、段々と瞼が重くなっていく。
「ねむい?」
「おねむ~?」
「ちょっと、眠くなってきたかな……」
「ねむいよね~」
「王はうるさい」
「うるさーい」
「本当に精霊王に対しての敬意という敬意がないな……」
シェイドが呆れた声を出す。だがそもそも、下級精霊はともかく、中級精霊もそこまでの知能はない。だが、悪口を言う頭脳はある。
「シェイド、今更でしょ。ほら、下級精霊も中級精霊も可愛いでしょ」
「そう思うのはお前だけ」
「私も可愛いと思うな?ほら、ちっちゃくて身の程知らずで、可愛い」
「それは可愛いのか……?」
僕もシルフィードと同じ意見だ。確かに下級精霊や中級精霊は可愛いけれど、ウィンディーネの感想はない。
「ふわぁ……僕もう眠いから……。みんな、朝までにさっさと部屋から出ていくか、少なくとも顕現しないで」
「はーい」
「わかった」
「わかったわ!」
「おやすみ、アイン」
精霊王たちに見守られながら、僕は夢の世界に旅立った。




