何回目の不法侵入
Side Unidentified
――全く、俺の愛しの吸血鬼は暗躍好きが高じて困る。
茶化したように、そう考えてしまう。たった今、リセーアスの方に使者を送った。
完全にノーマークであろうあの男。何のために周りに色々と真実を吹き込んで怪しい行動をとらせたのか。
完全にノーマークな人物を作るためだ。
あいつは所詮、研究者。意地の悪い考え方など得意ではない上、元々持っている情報も違いすぎる。
更に今は計算外のことが起こって、混乱している所だろう。体勢を立て直させないためにも、今徹底的に潰す。
今、リセーアスとチーズルに工作し、九星の恨みを皇月影に集めようとしているのだろう。
だが、それは俺が望むシナリオには入っていない。だから潰す。
「この俺に、何度も同じ手が通用すると思うなよ……アイン?」
俺は今、もぬけの殻となっているアインの寮室にいる。
そこは几帳面なアインらしく、きちんと整理整頓されていて、埃も落ちていない。
本棚には本がずらりと並べられており、かなりジャンルはバラバラだ。
辞書、伝記、ビジネス書、エッセイ、小説――。これ、最近流行ってる恋愛ミステリー小説だな。サティに布教されたな。
「この辺でいいかな」
俺は一つの本を手に取る。そして――。
「異能力”モニタリング”」
本に異能力がかかったことが分かる。それに俺は満足し、その本を元あった場所に戻す。
「本当にアインって、演技下手だよな。あんなあからさまに精霊を目で追ったら、一発でわかるだろ。――まあ、追いたい気持ちは分からなくもないがな」
俺は、肩に乗った精霊を手で払いのける。わー、と言いながら空中に漂う下級精霊は、時々かなり変なことをしている。
例えば、洗濯ばさみに挟まって洗濯物と一緒に干されていたり。
例えば、人の吸う息に紛れて吸われていたり。
例えば、パン屋のパンの中にしれっといたり。
例えば、サラダの上で、ドレッシングをかけられるのを今か今かと待ちわびてもいた。
そんなおかしなことをするから、つい見たくもなるだろうが、だから精霊が見えることがばれてしまう。別に隠したい意図はないのかもしれないが、俺のように、精霊が見えているのに、見えていないふりをしている人間の存在を、考えない。
「さすがに英雄になると、ばれるからな。だから、邪神は生まれた瞬間に殺せなかった皇月影を呪った。
――まあ、これで部屋で倒れられても、すぐに感知できるだろ」
俺は、アインの寮室から出た。
俺の異能力は、簡単に言えば監視カメラだ。それも、指定した物体を監視カメラ化することができる。つまり、吸血鬼の蝙蝠と似ている能力だ。
という訳で、普段自室でアインが何やっているかを、見ることができる。一応、アインの体調不良にいち早く気付ける、という名目で付けたが、当然本人からの許可は得てない上、悪用する気も満々である。
というか、主には悪用でしか使わないだろう。好きな子の部屋にカメラ仕掛けたら、やることは一つすぎる。
ばれたらさすがの俺も半殺しにされそうだが、上手く言いくるめるか。まあ、アインを言いくるめるくらいは簡単だし、無理そうならごり押しで何とかなる。
アインは案外ちょろいから。
俺は自室に戻り、大きなベッドにダイブする。まだ、アインは帰ってきていないようだ。
大きな窓からは、満天の星空と明るい月明かりが見える。俺は窓を開け、身を乗り出して空を見る。俺の緑色のピアスは、そんな月明かりの下、悲し気に輝いていた。
その緑色は、どこかで見た色で輝いていた。
「九星、か」
俺はふと呟く。
「九つの星。それが、邪神討伐で犠牲になる、という意味にしないよう、これからも動かなきゃな」
そう呟いたとき、俺の元に鳩が飛んでくる。足に紙片が括りつけられているため、伝書鳩だろうとわかった。
「なんだ、中身は……」
俺が確認した途端、笑いがこみあげてくる。
「ハハハッ、どうやって計画を実行するんだろうな、月影?」
今日はいい夢が見れそうだ。
俺の金の髪は、夜風に吹かれてはためいていた。
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Side Noah
「末恐ろしいな……」
とんだ勘違いをする羽目になるところだった。
彼の話を聞き、恐怖で身震いした四年前。確かに、そのままでは彼の思う壺だったと思う。
僕は、子供を殺した最低の外道と思い込み、奴の命を生け贄に、邪神を倒そうとまで考えた筈だ。
しかし、それこそが狙いだったのだ。
僕は異能力で、協力者の過去を見た。そして、それが真実であると知った。
だからこそ僕は皇月影を保護することを第一目標にしている。
もう二度と、奴らの思い通りにしはしない。させない。
僕は鳩の足に手紙をくくりつけた。
「しっかり頼むよ」
クルル、と鳴き、頭を僕の指にすり付けてくる。
「ノア、まだ寝ないの?」
「もう寝るよ」
いつのまにか部屋の前にいたララに、そう返す。
窓を閉めて、ララを抱きしめる。背中に、腕が回される感触があった。
「楽しみだね」
「ええ、そうね」
僕はララのお腹を撫でる。まだ、全く膨らんでないそれには、確かに小さな命が芽吹いていた。




