崩れてく
Side Hue
「これはノアが一枚上手だね」
エリック、オットー、リズの後姿を見て、サージがしみじみと呟く。
「そりゃそうだろ。そもそも、あいつが呪われてるのを知ったとき、もう手遅れに近かったからな」
「それでああなるとはねぇ……」
穏やかに笑うサージが、昔を懐かしむ。本当に、アイツは肝心なところで常にドジを踏む。だから、ラースに秘密を知られるなんてヘマを犯す。もしその秘密を知ったのが俺なら、もっと上手に出れただろうに。
「で、本当のことは言わなくてよかったの?」
「言う必要もないだろ。それに、延命治療の意味をしっかり理解できているのか」
「気が動転しすぎて理解が追いついていないだけじゃないかな。流石に気づくよ」
延命治療。それは、回復の見込みのない患者に対して、生命を維持する目的でする医療行為だ。決して、改善するための医療ではない。
「あの呪い、ヒューでもってしても解けない。つまり、かけた張本人が解かない限り、生きるのは絶望的だ」
「ああ。それに今生きているのだって、奇跡に近い。もう、時間がない」
あの皇月影だ、そもそもこんな博打に近いようなこと、やる筈がないし、そもそも人体改造なんて禁忌、犯したくもなかった筈だ。
「皇月影に、本当に寿命がなければ、邪神を倒せる見込みがあったんだけどねぇ……」
「ああ。まあ、いいんじゃないか?邪神を倒す、という事は皇月影を殺すことにつながる。あいつも言っていただろ?それを知ったとき、九星の心の傷になりたくない、って」
「でも、僕たちが死んでいない、という時点でかなり恨みはなくなりそうだけど」
だから、必死で俺たちの居場所を九星から隠していた筈だ。なんでばれたんだろうな。
「そうならないように、怒りを煽ってんだろ。記憶を消したり、ノアを怒らせるようなことを言ったり。更に、九星の危機を、見て見ぬふりをした」
「やることが子供なんだよね。なんか、甘い。嫌われたいなら拷問でもすればいいのに」
サージの言う通りだ。人体改造だって、麻酔を使っていたし、そもそも苦痛を伴うものですらないらしい。一応、死ぬかもしれないらしいのだが、それもどこまで本当なのか。
「苦肉の策が、俺たちの死なんだろ。実際、それで嫌っているんだろ」
「計画が崩れちゃったかな」
テンの言葉に、サージがあちゃーと言った。そもそも、セオドアに俺たちを住まわせるなよ、本当にばれたくないんだったら。せめてクリスタルパラスとかにしとけよ。なんでそこでドジるんだ。
「俺たちが、嫌われるよう誘導するべきか」
「さすがに、心に傷は、負ってほしくないからね」
「あ、そうだ佐倉の動きが怪しいって。今は特に何もしてないけれど、後々何かをやらかすかも、と」
「……あいつって事情知ってるっけ?」
「さあ……」
テンが両手を広げて首をかしげる。
「幼馴染なんだよね?」
「婚約者だ、一応」
「呪いに詳しくないからでは?そもそも、呪いなんて魔属性の魔法の方が一般的でしょ」
「ああ、あの呪いもどきか。本当の呪いは、才能がものを言うんだがな」
呪いは、感情を可視化した力だ。だからこそ、魔力で再現できないくらい、禍々しい。
時には見た目に影響を与えるくらい、強力で、他と混ざりあうことを許さない。だからこそ、皇月影は、どんな強力な呪いも、全く効かない。それくらいが恩恵だろうか。
人生で呪われる体験なんぞ、人生で精霊学者に会う確率より低いから、ほぼ意味ないが。
「あ、誰か来た」
「今日は客人が多いな」
「はいはーい、今開けます、か……」
サージの声が途中で途切れる。おいおい、さっきもあったぞ。
「サージ?」
「邪魔するな」
「邪魔するなら帰れ」
「フン、不敬だぞ」
ずかずかと人の家に上がり込んだ男に、辟易とする。
「あんたの要件は何だ」
「客人に、茶の一杯も出さないのか」
「はー、テン、お出しして」
「わかった」
あまりにも図々しい客人に、渋々茶を振舞う。だが、ここで出される茶に、期待しないでもらいたいが。
「で、話って」
「なに、無能な異能力者に釘を刺そうと思ってな」
「は――、誰が無能だって!!」
「ちょっ、ヒュー!!」
男に言われた言葉に、思わず激昂する。殴りかかりたい衝動に襲われたが、それをサージに止められた。
「自覚があるようで何よりだな」
そんな中、暢気に茶を飲む男に、更に苛立つ。テンはオロオロしてるが、男に冷たい視線を送っている。
「サージ、放せ!俺はこいつに――!!」
「駄目でしょ!今は落ち着いて!ヒュー、お願い!」
「無能なのはその通りだろう。貴様は患者を見捨てるのか?」
「は?何を言って――」
「そのままの意味だ。貴様は患者を見捨てるのか?治療方法もある、まだ可能性はゼロじゃないのに」
「ハッ、あんたに何が分かる。可能性がない訳じゃない?ないよ!毛の先程もな!」
「俺があると言ったらある。貴様、俺の言葉を根拠もなく否定るするのか?」
「相手は邪神だぞ!無理に決まってる」
「邪神について、よく調べるがいい。それもせず、むざむざと死なせるような奴が、無能ではないと、俺はそう思わんがな」
そう一方的に言い、奴は席を立つ。
「もう用はない。――俺を失望させるなよ」
「お前、何様のセリフだよ」
「俺は俺様だ。おかしなことを聞くな?」
「チッ、調べりゃいいんだろ、調べりゃ!」
俺が投げやりに言うと、奴は不敵に笑った。
「ああ。くれぐれも、アイツに見つかるなんてヘマを犯すなよ」
「チッ、それなら、お前が言えばいいだろうが!」
「人にものを頼む態度か、それが」
横柄に言い切られ、俺は腹を決める。
「……教えてください、お願いします」
「愛息子の命、誰だって救いたいだろ」
「……!」
「今度こそ、じゃあな」
奴はそう言い、去っていった。
「愛息子の命、誰だって救いたい、か……。それを聞くと、皇月影の両親のどちらかが、邪神、という事になるけれど」
「おそらく、そうなんだろうな。けどそれ以外が全く理解できねー!」
「……ヒュー、救える、かな」
「あんだけ挑発されたんだ、もはや救わない選択肢はない。テン、サージ、探るぞ」
「「了解」」




