乙女ゲームの世界でBLはできますか?!
漆黒→紫
Side Matthias
「マティ、ジーク、今日はお庭を散歩しましょう」
「分かりました、母上」
「お母様、僕は薔薇を見てみたいです」
俺は、母上と一つ下の弟ジークハルト――ジークと共に場内を散歩していた。
ジークの提案で、美しい薔薇が咲き誇る庭園に来ていた。
「明日が楽しみねぇ、マティ。明日はジェシカ嬢をここに連れて来るのよ。きっと喜ぶわ」
「分かりました、母上!」
ジェシカ嬢?
――ジェシカ嬢はグラッチェス公爵の一人娘で、攻略対象者のマティアスの婚約者だ。
いや、なんでそんなことを知っている?
――決まっているじゃないか。ここは――――。
そんなことを考えていたのがいけなかったのだろうか、足元がぐらぐらしてきた。
「きゃあ!?マティ!どうしたのかしら、マティ!?」
「お兄様!」
気づいたら、取り乱す母上とジークの顔を見上げていた。そしてそのまま――闇に包まれた。
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Side Masato
「あともう少しでスチルフルコンプだ!」
俺――瀬尾雅人は、今日も今日とて乙女ゲーム『白桃の君に愛を捧ぐ』――通称『白愛』をやっている。
物凄く胸糞悪いルートばかりを残してしまったため、最後はブチ切れてしまったが、それもあと一枚で終わる。
しかし、そのスチルは、入手がかなり難しいものだ。初見はクリアできないだろう。
このゲームは、ヒロインが攻略対象と恋に落ち、イチャイチャしながら強くなって、世界を滅ぼす魔王を倒す物語だ。
その魔王が、それはそれは強くて、たとえ勝てたとしても、ターン制の恩恵に肖っているとしか思えない位だ。
最後の一枚は、なぜかその魔王のことを詳しく知っているアインが死に、魔王の情報が一切ないまま、独力で魔王を討ち果たした後に手に入るスチルだ。
アインの情報がなければ、手に入れることができない強力武器もあるため、一度攻略済みでも難しい。
アインは放っておけば死ぬ。放っておかなくても死ぬ。アインがゲームのエンディングにいたことは一度もない。――それは今回もだ。
今回は既にアインが乱暴されて自殺してしまった。それを描いたスチルを見る度思い出す度に、コントローラーを床に投げつけたくなる。
でも、これを集めない限りアインを幸せにできない。それが俺をやるせなくさせた。
キャラクターが動き、技を繰り出す。漸く、派手なエフェクト共に魔王が倒れる。
「はあ、やっと……!やっとだ!」
最後の一枚を集め終わり、「アインルートが解放されました」と出てきた。
「これでアインを幸せに……!」
「では、それをお前にやって貰おうか」
「貴方なら、きっとできますよ」
自分しかいない筈の部屋から聞き覚えのない声が聞こえてくる。
え……?と思っている間に、俺の視界は急に横になる。まるで、俺が倒れているみたいに――。
――ああ、本当に倒れているんだ。
最後に、金髪の男と紫の髪の男がこちらを見ている気がした。
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Side Matthias
「ハッ……!」
俺は自分のベッドの上で目が覚める。安物の固めのベッドではなく、ふかふかの柔らかい、天涯付きのベッドだ。
俺は、死んだ?……いや、死んだ記憶はない。最後は確か、スチルフルコンプした時だ。アインルートを開放したところで記憶が途切れている。
最後に見た男が、アインはお前が幸せにしろ、みたいなことを言っていたのが、強く印象づいている。
俺はアインルートを見ていない。だから、アインを攻略しようとすると、どうなるのか分からない。
というか、そもそも俺だって攻略対象だ。乙女ゲームの世界で男同士はありなのか?
答えのない問いに俺はどうしたらいいか分からなくなる。
百歩譲ってヒロインであるサティならよかっただろう。女に生まれ変わりたいとは微塵も思わないが、アインと恋愛できるのなら別に構わない。
しかし、ゲームではアインとマティは犬猿の仲だった。半身というものをあまり詳しくは知らないが、唯一無二の存在なのだろう。犬猿の仲なのに、唯一無二。互いにそれを酷く嫌悪していた。
「無理ゲー過ぎないか……?」
俺があまりの現実に泣きそうになったところに。
「「「お兄様!」」」
ジークと三つ下の弟イヴァン――ヴァンと、四つ下の妹シルフィア――フィーが俺の部屋に駆け込んできた。
「お目覚めになったのですね!」
「ちんぱいちまちた!」
「お兄様、どこかわるい?」
どうやら急に倒れた俺を心配してくれたらしい。
「別に大丈夫だ。なんともないぞ」
「侍医には問題ない、と言われましたが、突然倒れたので心配しています」
「……」
俺は、今はいつなのか、ゲームに出てくる友人とは、どれくらい会っているのか、気になることはいくらでもある。今呑気にベッドの上の住人と化している場合ではないのだ。
止める弟妹を振り切って、俺は城を歩き回った。
道中で使用人たちが頭を下げる。この様子から、俺が倒れたことは知らないんだろうと思った。日の傾き具合からして、気絶してたのはほんの数時間なのだろう。三日三晩、高熱に魘されていた訳ではない。むしろ寝起きは快調、数時間前に倒れたとは感じさせない。
だが、こんな呆気ない転生にも、一つだけ欠点がある。まあ、最大の欠点は、マティアスに転生したことだが、それを除いても、だ。
「俺は俺様王子からの脱却ができないのか!!」
俺の体は、俺の心情と関係なく人に悪態をつきまくる、俺様王子のままだった。