粉砕クッキー
最後、ちょっと胸糞があります。苦手だったら即ブラウザバックを。
Side Sattie
――今日は一番乗りだ!
誰もいない生徒会室に、私は得意げに鼻を鳴らす。けれど、それが間違いだったのは、生徒会室に入って十秒でわかった。
「え、あともう焼くだけだよ、それに他に材料もないし。何か要望があるなら、前日に言ってくれなきゃ」
そんな声が、隣の部屋から聞こえる。
声の主はアインだが、誰かと会話しているようだ。相手は、ラファエルさんかな?
「味は変えられるけど……粉は嫌だよ?入れるならエッセンスだね」
相手に頼み込まれて、渋々、といった感じだ。だが、相手の声が聞こえなかった。
「文句言わないで。無理なものは無理。そもそも僕が作るところ見てたんでしょ?なら、その時に言いなよ。――ほら、ここから選んで」
子供をあやすような口調だ。
「――最低でも二つずつ。それ以上はさすがに駄目。――わかった、これね?」
そうして声が途切れ、しばらくしたらオーブンの音が聞こえる。すると、アインがこの部屋に入ってきた。
「あ、いたんですね」
「ええ……」
き、気まずい……。だって、出てきたのアインだけだったし、部屋の中は他に誰もいなさそうだったし!
「あ、あの、いつから……」
「さ、さっき来たの!え、何かあったかしら!?」
「……気を使わせてしまってすみません」
私渾身の演技を、見破った、だと……!?
「サティ、少なくとも嘘を吐くときは、目をそらさないだけでも説得力が生まれますよ」
「……」
私は押し黙った。い、いやー、べべべ、別に嘘つくの下手な訳じゃないんだからね!
私がひとしきりあたふたした後、アインが笑いながらソファに座ることを勧めた。
「ふふ、はやいですね」
「アインの方が早いじゃん。一番乗りだと思ったのに」
「ちょっと、煩かったので。――羽虫が」
「え、羽虫?」
アインは自分の左肩の上を、手で払いのけるような仕草をする。でも、何もいない。
「そこに、何かいるの?」
「ああ、すみません。羽虫と言ったら怒られたので。それに、昨日はクッキー作れ、と言ってきたのに今日はマフィン寄越せ、って。流石に叩き落としましたよ」
「それは叩き落とす」
そんな横暴な人、マティアス様以外にもいたんだ。今は姿が見えないけど。
「それはそうと、さっきの話と関係があるのですが、キッチンの上に砕いたクッキーが置いてあるんです、知ってますか?」
「あれやったの、私じゃないです!」
「え?ああ、別の犯人探しをしたい訳じゃないんです。それやったの、僕ですから」
「え?」
確かに、なんか残念なクッキーの残骸――というより粉砕クッキーだが――を見るなーと思ってました。それ以外にも、フィナンシェの残骸とか。でもなんで本人が?
「サティは精霊の存在を、信じますか?」
「信じてる!いたらいいよね!」
「実際にいますよ」
「でもそれ、おおっぴらに言うと笑われちゃうんだよね……いるの!?」
「いますよ。――ラファエルも話を聞きますか?」
「敬語止めろ」
アインの言葉に振り向くと、そこにラファエルさんがいた。彼の顔は、気持ち悪いものを見た、と言いたげな表情だ。
「え!いたの!?」
「さっきな。――で、精霊の存在か?流石にいないだろ」
「証明は……今日もまた砕いたクッキーを置いておいたので、それがなくなれば、ですかね。それに手を出されると、精霊が怒るので、結界を張ってます」
「精霊へのお供え物か?わざわざ砕くなんて、それこそ怒られそうなものだが」
胡散臭そうに表情で、私の後ろに立ったまま話すラファエルさんは、全く信じて居なさそうだった。
「彼ら、体が小さいので、砕いた方が手間が省ける、と。流石に加減はしてますよ」
「まあ、エヴァーゼ先輩がそれを片付けようとして、手を弾かれてたのは見たが」
「なら、伝えておいてください。それ、煩い羽虫へのプレゼントなので」
「一気に物騒になったな、おい」
不穏な空気を感じるのは、私だけではないようだ。
「時には安眠妨害しますからね。知能が低い精霊は素直で可愛いのですが、知能が高くなってくると途端に憎らしくなります。――昔は僕が料理するのを全力で止めてきたのに」
「あ、アインって料理下手だったの?!」
夏休みだって、アインの料理、物凄く美味しかったのに。
「そんな訳ないだろ。お貴族サマでさえ、虜にする味を作るんだぞ」
「本当に駄目でした。きちんとレシピ通りに作っているのに、出来上がるものは全くの別物なんです。
――今は、そんなこともないので、安心してください」
「メシマズって治るんだな」
「そんな訳ない……元メシマズにこの私が、負けるなんて……女子力で、負けるとは……!」
「なんか、ごめんなさい?」
私が完全敗北に打ちひしがれていると、アインがそう口にした。ううっ、悔しいー!
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Side Unidentified
「あーあ、負けちゃったけど、次こそ、必ず迎えに行くね」
オレは、どこかドロドロとした空気を醸し出す。ひっそりと、口が笑う。
「にしても、たぶん息子の方だよね、歳的に」
オレは、学園だ戦った二人のうち一人を思い浮かべる。
「かなり似てたな~色とか、顔立ちとか?」
でも、口には出してみたけれど、案外顔立ちは似てなかった気がする。
「ああ!不機嫌顔が似てるのか!」
アイツは、常に不機嫌そうな顔しかしなかった。
そりゃそうだ。無理やり手籠めにして、孕ませたのだから。
つまり、アイツに似ていないという事は――オレに似ているということ。
「覆面していて、よかったな~。息子と感動の出会いをするなら、流石にアソコじゃないからね~」
俺は緑の髪を揺らしながら、花街に帰った。




