呼び出し
「アイン、ちょっと来い」
授業が終わり、生徒会室に向かおうとした、その時の出来事だった。
「……アインに用事?一旦俺を通して欲しいんだが」
「……王太子殿下、アインを少しの間借ります」
「要件は?」
「…………ここで話せることじゃありませんよ」
「ほう?」
「マティ様、恐らくあの件のことですよ」
僕を呼び止めた教師は、生徒会の顧問だ。将来の予行練習を兼ねている生徒会は、あまり教師が仕事に介入してこない。そのため、ほとんど顔を合わせることはないのだ。
「まあ、いい。だが、貴様のその恰好を何とかして欲しいものだがな」
「善処します」
完璧なアルカイックスマイルで返した顧問――ロレンツォ・ディ・エイデンバークは、マティ様に背を向けた直後、苦い表情をしていた。
「先生、どんな要件でしょうか」
職員室に入るなり、僕はそう切り出した。
「……それをお前にやられると、なんだか背筋が凍る。やめろ」
かなり苦い顔で、両腕をさするロレンツォ。
「……どんな要件、ペス――」
「それを学園の中で言うのはやめろ!!」
そう、彼はペスケ・ビアンケのギルドマスターだ。僕の口をふさぎながら、小声で怒鳴るという器用なことをした。
「全く……いくら大人ぶっていても、中身は子供だな、ギルメンのように」
「僕が大人だって言ったことはありませんが」
「別にいいだろ。細かいことは」
「――ギルドと大きく違いますね、口調とか」
「意識の切り替えかな。――ああ、ラファエルは知ってるからな」
「そうですか」
僕はそれだけ返し、視線で話をするよう促す。
「お前がやったのか?」
「何をですか?」
「あれだよ!アムステルダム公爵子息とオストワルト公爵令嬢の件!」
「残念ですが、僕は何も知りませんよ。ハロルド様が現場を見た時、僕がそこに居合わせたくらいです」
「何で居合わせたのかは置いておくが……本当に違うんだな?」
「はい。――そんなことを聞きに僕を呼び出したんですか?」
「いや……ちょっと個人的な興味だな。本題は別だ」
そう言って、ロレンツォは居住まいを正す。
「ギルドをフィンレー王子に紹介してくれてありがとう」
「いえ、僕は別のことをしていて忙しいので、簡単なことを任せただけですよ」
「それでも、だ。うちの奴らが元気に飛び回っているさ」
「それはよかったです」
どうやら、ギルドを活用してくれているようである。まあ、僕の渡した情報だけでは、王座を取るのは難しいから、そういうことにもなるだろう。
「彼自身、王になるための知識はあるそうです。ただ、力がないだけで」
「確かに、王太子殿下よりはしっかり――失言だったか」
「いえ、事実なので。むしろ、フィンレー殿下が、マティ様よりしっかりしていないのであれば、王座に座らせようなどと、画策することもありませんよ」
「それもそうか」
二人で小さく笑う。そして僕は口を開く。
「それでも、まだ王座に座るためにはまだまだ足りません。ただ僕は、帝王学を学んでこなかったので、そこでのサポートはできません」
「むしろ出来たら上出来すぎだと思うが。まあ分かった。流石に帝王学に手を出している奴はいないからな、そこはまた誰かに頼むとするか」
「でも、ロースタスと言う国が復活するという事は、久遠にとっても、クリスタルパラスにとっても、そしてステラにとっても好都合です。なので、彼らが教えてくれるでしょうね。それに、彼らはロースタスをどうこうしたいなど、思っていないでしょうし」
「そんなもんか?」
不思議そうに聞くロレンツォだが、彼らの性格を考えれば、よくわかる。
「魔族の国は、世界に二つはいらない、というのが皇の見解なので、久遠が乗っ取ることはありません」
「成程な、確か魔族は元々強者至上主義。魔族の国が二つあれば、とんでもない戦争が起きそうだからな」
「その通りです。次に、クリスタルパラス国王は、かなりのものぐさで、国を二つ治めるよりは今の自分の王位を返上したい、と思っているでしょうね」
「なんと言うか……個性的だな」
「最後にステラ――ノア兄さんは、どうせ国王になるのなら、ステラと言う面倒くさい国よりも、有名じゃない小国の王になりたかった、と嘆いているのをよく聞きますから」
「確かに、ステラは面倒くさそうだが、ロースタスはそれ以上に面倒そうな国ではある。そんな国、支配権を貰うどころか放棄するかもな」
時々聞こえるからな、テレパシーで。そういう時は、大量の仕事に追われている時だと知っている。
ミリア姉さんとリズ姉さんに、うるさい!と言われるところまでがセットだ。
「とにかく、あの老害はさっさとご隠居願いたいので、がんばってください、ロレンツォ先生?」
「本当に敬意を払っている敬語なのかが怪しいんだが……」
「ならそのだらしなく着崩した服装を何とかしてください。そうすれば、敬意を払うかもしれません」
「これは俺のアイデンティティだ。今更変えられない」
「……………そうですか」
思いっきり白けた視線を投げかけてやった。




