傷
「傷は残ってないかな?」
「うわ……完璧に治ってやがる」
「うン、だイじョウぶ」
首をお互いに確認し合ったり、シャツを脱いで左胸を確認したりして、彼岸の回復力にドン引きしたりしていた。
「ならよかった。――あまり服を脱ぎたがらない彼岸がいたら、注意した方がいい」
「なんでだ?」
「傷が残っているかもしれないから」
「はあ?なんで注意した方がいいんだ?タトゥーと一緒か?」
「刺青を入れている人間よりよっぽど危険だね。――それは、かなり酷いトラウマを患っているからね」
僕は、無意識に左腕を少し強く掴む。
「そういう彼岸は、下手に刺激をすると、錯乱して攻撃をしてくる可能性がある。だから、気を付けて」
「お前は?」
「僕?」
ラファエルの問いを、思わず聞き返してしまう。
「そう。お前は古傷、あるのか?」
「……どうだと思う?」
「別に古傷ぐらい、俺は何とも思わないけどな」
「……簡単に言うよ」
僕は、誰にも聞き取れないくらいの声量でそう言った。
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――8年前
目の前には、敵の大軍が迫っていた。ここを落とされたら、今後の戦略に支障が出る。どうやら、九星がいなくとも勝てる、と踏んだ一部の上官が暴走し、負け戦が続いていたらしい。
そもそも、領土が狭いのに碌に異能力も使えない。そんなの、普通に勝てる訳がない。
ちょっと魔法を使える人が多いだけで、簡単に勝てるほど、戦争は易しくない。
僕は、自軍と敵軍が一触即発になっている場所に割り込んだ。自軍も敵軍も突然の僕の登場に動揺を隠しきれない。
「こ、子供……?」
「こんなところに……?」
僕は、当惑する敵兵たちの声を無視し、腕まくりをする。
「な、何をしている!!!」
服の下から出てきたのは、無数の切り傷がある腕。僕は容赦なく、懐から取り出したナイフでそこを切る。
「お、おい!」
勢いよく血が溢れ、服が汚れる。僕は、ゆっくりと腕を下ろした。腕を伝って、血が手を赤く染める。
「ま、待て!あの髪の色、軍服のデザイン……まさか!!」
僕は、血を彼岸の力で飛ばした。逃げ出した敵兵の頭を、次々に打ち抜く。
戦場に、大量の血が流れる。まさに、地獄の風景だった。
「ば、化け物……!化け物がぁ!!」
僕は無感情に、大声で喚き散らす男の脳天を撃ち抜いた。
その風景を見た自軍の兵士の一人がこう言った。
「”鮮血の死神”だ……」
僕は、敵軍の血が濡らした大地を敵陣に向けて突き進む。まるで、レッドカーペットのようだった。
「ヒィィイッ!!!」
指令本部につくと、どうやら敵の司令官は今まさに逃げようとしていた所だった。
僕は黙って、情けなくしりもちをついた敵に手をかざす。
「み、見逃してくれ!!!」
「……」
僕は血で刃を作り、首を切り落とした。返り血が付く。
僕は司令官の首を持ち、自軍に帰ることにした。その首は、恐怖に染まっていた。
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「……」
腕の傷を見るたびに思い出す。あの、戦争に駆り出された毎日を。この傷が、一番嫌いだ。
一つ一つは薄い。けれど、数が数だけに、おぞましい何かに見える。
「……一体、いつになったらこの傷が刻まれることがなくなるんだろう」
まだ、ここに傷が増える予定がある。倒すべき敵が、まだ一人も倒せていないからだ。
「まだ……まだ。僕は、何もなしえていない。けれど、相対するにはまだ早い……」
まだ準備ができていない。完全な精霊薬ができたばかりだ。だから――。
「少なくとも、何人かは減らした方がいい、か。少なくとも、久遠の裏切り者は、限りなく邪魔だ」
”鮮血の死神”は、腕を傷つけて血を流す。そしてその血で攻撃する。
魔法で攻撃することもある。けれど、そっちよりも血で攻撃する方が印象は大きかったようだ。簡単に噂が広まった。
だから、僕は宣戦布告する。――九星として。奴らに。僕は絶対に邪神――奴が存在していることを許さない。
僕がそう決意を固めていると、紫に光るオーラを持つ精霊と、金色に輝くオーラを持つ精霊が寄ってきた。
「ふふ、僕は大丈夫だよ」
「そうか?俺には大丈夫なようには見えないが?」
「僕にも、無理しているように見えるよ?」
「少しは無理しなきゃいけないでしょ。大丈夫、まだやれるから」
2人の精霊に心配されるが、僕はその心配を無視する。
「……俺は、我が愛し子が死ぬのはもう見たくない」
「僕もシェイドと同じ。僕たちだって、感情があるんだよ?」
「過去の愛し子の話でしょ?どんな生物だって、生きている限り寿命があるんだから、いつかは必ず死ぬでしょ」
「そういう意味じゃないんだけどなぁ……」
「ん?何か言った?」
「なんも言ってないぞ」
そうかな、何か呟いていたような気がするけど。
「しぬのは~ダメ~!」
「ダメなの~!」
「かなしいの~!」
周りに下級精霊が集まる。わちゃわちゃ騒がしくなるけれど、この騒がしさを知れるのは、精霊が見える者だけの特権だ。
「いつも魔法を使うの助けてくれてありがとう」
「いいの~」
「まりょく、おいしい」
「ぬすみぐい~いけないんだ~」
「はァ、何やってるんだ」
「いつものことでしょ」
下級精霊の自由さに、紫のオーラを持つ精霊――シェイドは頭を抱えている。
そんな彼に下級精霊たちはわちゃわちゃして笑っている。
「だいじょうぶ~?」
「あたまかかえた~」
「ぬすみぐいばれた~」
「自分でばらしたんだろ」
「きゃっきゃっ」
「きゃっきゃっきゃっ」
「シェイド、ポスポロス、これからも、よろしくね?」
「分かってるよ」
「うん、よろしくね」
僕は、シェイドと金色のオーラを持つ精霊――ポスポロスと別れ、床に就くことにした。