彼岸流健康診断
Side Raymond
「……」
「仕方ない。そんなに迷惑かけたい?」
「…………」
「じっとしてて。ある程度の知識はあるから」
「……!!」
「暴れない。別に、何もしないから」
「……なんで君たち会話できているんですか?」
「「??」」
不思議そうは顔をしたウルガとアインの頭には、?が入り乱れている。いや、ウルガはどう考えても黙っているようにしか見えないんですけど……。
「口開けて」
「あ」
「うん、いい感じ。歯を嚙んで……大丈夫そう。目も、充血していないし、問題なく会話もできている、と」
「ネエ、まダ」
「まだ。……何か不調は?」
「フちょウ?なイ」
「じゃあこれ、美味しい?」
「!!」
アインに何かを口に押し込まれた途端、不機嫌そうだったウルガの表情が輝く。
「なにを食べさせたんですか?」
「飴。逆鱗周りの鱗が脆かったから。子供だと、薬よりも飴の方がよく食べてくれる」
「なるほど……」
アインはウルガを観察する目はそのままに、私の質問に答えてくれる。必死に口の中で飴玉を転がすウルガは、とても可愛かった。
「もう少し発音に気を付けた方がいいね。あとで変な癖になって残るかも」
「そうなんですね?気を付けます。――そんな知り合いがいるんですか?」
「ええ、魔物から生まれた彼岸は、魔物の言葉を話すので、発音が独特なんだ。だから、そこを矯正しないといけない」
「なるほど……」
これからは、気を付けてみよう。
アインにウルガの健康診断をしてもらったのは、最近ウルガがよく唸り声をあげるからだ。一体どうしたのかと不安になって、彼岸の知識が豊富そうなアインに聞くことにした。
本人は、医者じゃないから詳しいことは分からない、と言いつつも引き受けてくれた。人間と彼岸の体のつくりは違う上、この国には彼岸の医者がいないという事が理由かもしれない。
「飴をいくらかくれませんか?料金は、いくらでも払いますから」
「いい。精霊薬を完成させたお礼だから。一日一個かな。なくなったらまた言って欲しい」
「それにしても、成程ですね……。最近やけに骨をかじるんですよ」
「本能的に足りないものを補おうとしていた結果だね。人間が思う以上に龍人は、カルシウムとか、コラーゲンとかが必要だから、人間が育てるのは難しい種族の一つだ」
「へぇ、一つ……という事は、他にもあるのですね?」
「むしろ、人間が育てやすい彼岸の方が少ないかな。天使や悪魔は育てやすいと、聞いた覚えがある」
「天使と悪魔……」
「あまり人間と変わらないから。価値観が違うだけだね」
こういう風にさっと出てくるのは、彼岸だからか、知識がすごいからなのか。明らかに畑違いな筈なのに、満足のいく答えをくれる彼は、本当に有能だ。それに案外――。
「好きな味は?」
「ぶどう」
「嫌いな味は?」
「かき」
ウルガの様子も見てくれている。子供慣れしているのが分かる。表情筋はあまり動かないが、ウルガにはあまり気にしないだろう。
だが、ウルガが言っているのは、見た目の話だ。ウルガは青系が好きで、オレンジは嫌いだ。前に見た目が青い、オレンジ味の飴をあげたら、喜んで食べてた。オレンジ色のオレンジジュースは飲まず嫌いしてたのに。
柿味の飴はあげたことはない。
「よく、嫉妬とかされません?」
「嫉妬……?」
口元に手を当てて、考え込んでいるが、思い当たるところがない訳ではないだろう。もしくは――気が付いていないのかもしれない。
「今日はありがとうございました」
「いえ、またいつでも。――一応、体調管理の一環で知識はかじっているので」
「あメおいシい」
……それはよかったです。
口の中の飴に集中しているウルガを抱き上げながら、去っていくアインの後姿を見送った。
「……狙おうかな」
「とウさん?」
ウルガに目を向けると、訝しげな視線とかち合う。
「ふふ、冗談ですよ」
もう既に釘を刺されているんだ、わざわざそんなことはしない。私は、ウルガを抱き上げたまま、家路につくことにした。
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Side Lars
「ねえ、隠しごとしてるの?」
「っ、なンだミリアか」
自室に戻るとき、ミリアに話しかけられた。その表情は、今まで俺が見たこともない、不信感ありありな表情だった。
「ねえ、はぐらかさないでよ!ノア兄との会話、ちょっと聞いちゃったんだけど」
「ノア兄の考えすぎだ、なンもねェよ」
「そんな訳……!」
ミリアが俺の袖をつかむ。身長差でミリアが上目遣いになるが、それでも俺は話さない。
余計なことは話すべきじゃなかったなァ、とノア兄との会話をやや後悔しつつ、俺はしっかりとミリアと視線を合わせる。
「俺が、ミリアやノア兄に隠し事ができるとでも?」
「でも……」
ミリアはそれでも怪しんでるようだ。だが、俺が隠し事が下手なのは、知っての通りだ。
俺は徐に、ミリアの頭を撫でる。
「びゃっ!?」
「ハハ、変な声」
「はあ!?」
「ほら、ミリアが言ってンのはアレだろ?俺が彼岸に詳しい訳」
「えっ、そ、そうなのかな……?」
「俺の生まれたところにたまたま彼岸の魔族の学者がいたンだ、近所の姉さんみたいな存在。彼女に色々と教えて貰った」
「へぇ?」
「ハハ、もう死んでていないさ、彼女。ただ、言葉を教えて貰ったンだ。そのことが、ノア兄的に不思議だったンじゃねェか?」
「はあ、誤魔化されてあげる」
「なんだよ、その上から目線」
「初恋の人、その人でしょ」
「ちちち、違うって!」
「もういいわよ」
「あ、ちょっ、ミリア!!」
なんか変な誤解をされた気がする。なんだか怒ってた様子だったミリアを、俺は必死に追いかけた。