誰かのために
Side Kirstis
「はいはい、マティアス様は俺にどんなご用件で?」
いつもきっちり制服を着ているハロルドやアインが近くにいると、マティアス様は俺のように着崩しているように見えるが、俺と二人きりになるときっちりして見えるのは、確実に目の錯覚だろう。
そもそも、ネクタイは首が締まってあまり好きじゃない。シャツの第一ボタンだって同じだ。俺はいつも第二ボタンも空いている。それをハロルドによく指摘される。――俺からしてみれば、よくあんなに着込んで苦しくならないな、と思うけど。
そう思うとき、俺は二人とは感性が違うと感じる。まあ、ただ単にアイツらが馬鹿まじめなだけだけど。
「ハロルドのことだ」
「あ~あの件?別にマティアス様のオキニに任せればいいんじゃないです?」
別に俺に頼まなくとも、詳しい命令なしに動く超有能な駒があるじゃん。
「アインは色恋はあまり好かんからな。――俺は当然除くが」
「へぇ~よく部下のことをお知りで」
物凄いどや顔だ。まあ、色恋が嫌いだというイメージはなかった。だって彼、マティアス様のこと好きでしょ?よく婚約者公認でイチャついてるし。
幼馴染なら、みんな知っている。今は、そういうのはあまり見なくなったが、人目を忍んでイチャついてるでしょ。
「でもいいの?好きぴ、他の男と結構距離近いですけど」
「俺から離れたいなら、そうすればいい。だが、無理だろうがな」
「そーすね」
「なに、心配しているのか?安心しろ、あいつは俺のものだ。そう、昔から決まっている」
「そうして足元掬われないでくださいね?」
マティアス様の不敵は笑みは、王の貫禄がある。次期生徒会長とも言われているくらいだし、この学園の次の王座は彼だろう。――そう、彼の貫禄に騙される生徒も多い。
茶化して見せるが、その絶対の自信は崩れない。俺だって、昔に本人から直接話を聞かなければ、鼻で笑い飛ばしていただろう。
「まさか、この俺が誰かに負けるとでも?」
「色恋が嫌いなんでしょ、彼。なら、案外遊んでるクズな女とかに騙されるかもしれませんよ?」
「そうなる前に手を回す。あいつの選択肢は、俺以外にはいない」
「ご愁傷様。どーして、こんな独占欲強いやつに目を付けられるんだろうね?一体前世で何したんだか」
くすくすと笑う声が、静かな庭園に不気味に響く。それでも、マティアス様の笑みは、いつまでも崩れない自信を象徴していた。
「与太話は後だ。――お前の伝で、いいやつはいないのか?」
「そりゃもちろん、百戦錬磨の色男の知り合いがいますよ。ハロルドも黙っていれば完璧な美形なんでね、あの女理想が高くて困る困る」
ハロルドがもうちょっと醜男なら、ハードルが低くて助かったんだけど。
おかげで現役ホストを呼ぶ羽目になった。まあつっけんどんでそっけないハロルドよりも、自分をおだててあげてくれる男の方がいいだろう。多少顔が劣ってても問題はない。
「なら、ハロルドにカフェでも連れて行かせて、”特別な出会い”を演出するか」
「あーそれならあの女もホイホイついていきそうですね~」
「だろう?そこで浮気させて、ぜひその現場をハロルドに見て貰おう」
「これ幸いと婚約破棄しそ~」
「そうでなくては困る」
静まり返った空の下、俺たちは悪い笑みを浮かべながら、ハロルド救出作戦を実行することにした。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
Side Lars
「さて、何か言いたいことはないかな、ラース君」
「ねェよ、そンなモン」
「ふーん、そうかい」
いつもの笑みに見えるが、全く目が笑ってない。たったそれだけで、こんなにも冷たい笑みになる。
まさしく、”絶対零度の司令官”だ。別に、絶対零度は戦場を絶対零度にするから、という意味だったんだが。
まさかここまで冷たい一面もあるとは、名付けた本人も思っていなかったに違いない。
「もう一度言う。何か、言いたいことは?」
「さっき言ったとおりだ。ねェよ」
「僕が何の確証もなくこんなことを言っていると、そう思っているのかな?」
「まさか」
ノア兄は慎重派だ。だからこそ、異能力を使っている。現に普段は雪色の瞳が、虹色に輝いてる。
俺は、全身氷漬けにされたまま、一切動揺せずに答える。……確実に、あれだけは言ってはいけない。
「ノア兄、俺をこんなモンで拘束できたと思ってンのか?」
「まさか」
微笑みながら首を横に振る。そこで、沈黙が訪れる。長いような、短いような。沈黙を破ったのはノア兄だった。
「……まあ、いいか」
「どンな風の吹き回しだ?」
「このことは、できるだけ内密にしたい、できれば、僕たち二人しか知らないように」
「わかった。俺も、ノア兄に詰められた、なんてミリアに聞かれちゃァ、煩そうだからな」
ノア兄の氷を内側から破壊する。こんなの鬼人だからこそ、造作もない。
「うーん、ちょっと自信なくすなあ。もう少し苦戦してくれてもよかったのに」
「アイン相手に本気で戦ってみろ。わかるぞ」
俺は、この部屋と廊下をつなぐ扉に手をかけた。そしてそのまま押して外に出ようとする。
「ラース君」
「なんだ?」
「今回は、見逃してあげる。でも――次はそうはいかないからね」
「わーてるよ」
俺は今度こそ、部屋の外に出た。




