今を変えるためにすべきこと
Side Jessica
「あら」
私が生徒会室の隣に隣接された仮眠室に入ったとき、すでに先客がいた。
「どうした、ジェシカ」
「たまたまよ、別に用はないわ」
「そうか」
どうやら血を飲んだ後であろうアインと、それを優しい目で見つめるマティアスがいた。
――お邪魔しちゃったかしら。
「本当に可愛いな、アインは」
「本当にね、それでいて――可哀想」
私は、一番見つかってはいけない人に見つかったであろうアインに同情した。
「なぜだ?」
「だって、貴方は誰よりも執念深い。一度気に入られたら、どんな人も逃げることはできない」
「いいだろう?別にアインは俺のことが好きなんだから」
そう言って、アインの髪を優しく梳く。割れ物を扱うような手つきは、マティアスだってべた惚れであることを示している。
「それでも、彼は離れていくわよ」
「そうはさせない。俺から離れるのを、俺が許すとでも?」
「――愚問、だったわね」
自信満々な笑みは、傲慢の裏返しだ。そして、絶対の自信の。
「俺が手放す訳がない。きちんと外堀も内堀も埋めて、俺と一生添い遂げる以外の選択肢を潰さなくてはな」
その笑みは、どこか暗く、どこか悲しかった。
「そうね。私だって、マティアスには幸せになって欲しいわよ」
「ジェシカもな」
「でもまずは、貴方たちじゃない?――さすがは、最高難易度の攻略対象なだけはあるわね」
本当に、その名は伊達じゃない。少し、負けて欲しかったけれど。
「本当にな。次から次へと無理難題が降りかかってくるのに、アインと共にいる未来が、まだ描けない」
「元々、運営がハッピーエンドを用意していなかったキャラだもの。元々のルートでも、難しいのに、更に難しいわ」
「一体何が悪さをしているんだろうな。――着実に、近づいている筈なのにな」
そう独り言のように呟き、膝の上で脱力しているアインを掻き抱く。傍から見ると、恋人同士だ。
「ん……」
アインの意識が浮上したようだ。マティアスとの距離に赤面しつつ戸惑い、私がいるのにさらに戸惑った。
表情が雄弁に、なんでこんなことになっているのだろうか、と言っている。
「可愛い」
また始まった。アインへの溺愛。
「……可愛くなんか、ないですよ」
「本当に可愛い」
「……………///」
とても素晴らしい笑顔を至近距離から浴びてしまったアインは、すっかり無言で赤面してしまう。
――あーあ。私も好きな人とイチャイチャしたいなあ……。
「本当に仲がいいわね」
「うらやましいか?」
「あーあ、私ももう少し強引な方法を取らなきゃいけないかしら?」
「安心しろ、もう取っている」
そうだったわね、ジーク様の婚約を結ばせないようにしているのは、かなり強引な方法よね。
でも、そうしないと私に勝ち目はない。私たちは、自分の望む未来のためなら、どんなことでもしてみせる。
アインは話が呑み込めないのか、心配そうな顔をしている。まあ話している内容が内容だし、仕方ないだろう。
「――!!」
「ん?どうした?」
「い、いえ……」
マティアスがアインの耳を軽く食んだ。マティアスのいたずらに、顔を真っ赤にするアイン。多分アインが血を吸うたびにこんなことしているんだろうな、と半ば呆れながら、動揺するアインをほほえましく思った。
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Side Ain
「突然の呼び出しの内容は何だ?」
「マクレーン公爵家の件、あまりうまくいってないみたいですね」
「なんだ、その件か」
僕が呼び出した男――フィンレーは、ばつが悪そうな顔をする。
「お前ほど、俺は有能じゃないんだ。そう簡単に強力な家を潰すことはできないさ」
「……味方はいないんですか」
「いるとでも?」
だから、簡単にセオドアに追い出されるんだ、と心の中で思いながら、僕はイーストフールの情報を頭の中で反芻する。
「……イーストフールの大衆紙に情報を送っておきます。スキャンダラスに書いてくれるでしょうね」
「え、大衆紙……」
「民衆は俗な話を案外好みますし、マクレーン公爵家は清廉潔白だと謳っています。案外雑な仕事をしていたので、すぐに色々とまずいものがでてきました」
「それを貴族の政敵に送り付けない理由は何だ?」
「そういうところですよ」
フィンレーはどうやら清廉潔白を演じている悪者が、どういうことを一番嫌がるのかを知らないようだ。
「清廉潔白という人物は、主にどういう人物から好かれやすいと思いますか?」
「それは民衆から――まさか」
「そう、もしこの件が民衆に広まれば、最も大きい打撃を受けることになるでしょうね。これが政敵なら、この話をもとに強請ればいい。それでは結局、何も変わりません」
マクレーン公爵家の清廉潔白さを気に入らない貴族が多いだろう。マクレーン公爵家の政敵は、そういう者が多い。
「これで、マクレーン公爵家は終わりです。それから、マクレーン公爵家は王家とかかわりがあるという事も上がっています。
そして、今セオドアにいるフィンレー第二王子殿下に刺客を送り付けたという証拠も一緒にするので、フィンレー第二王子殿下以外の王家の評判と共に、マクレーン公爵家は失墜することになります。王家はトカゲの尻尾切りで難を逃れようとするかもしれませんが、それについてはすでに手を打っています。
あとは、元ロースタスを統一させ、その国の王になる気概があるかどうか、です」
「あるに決まってる。俺は、今のロースタスが嫌いだ。身内同士で血で血を洗う争いなんか、もう見たくない」
そう毅然と言い切る彼は、穏やかで争いを好まない性格も相まって、ロースタスの王にぴったりだと思った。
「そうであれば、僕はあまり手助けはしませんので。もちろん、大衆紙に匿名で通報するだけですよ。あとは貴方の手腕次第です」
「――助けてくれないのか?」
「情報を集めるくらいはします。けれど、僕だって忙しい。そこで、僕よりは腕は劣るものの、信頼はできる情報屋について教えますよ」
「頼む」
「なら、『Fuzzy』という名のバーを訪ねて、マスターに、このメモに書いた会話を交わしてください。これが合言葉です」
あらかじめ合言葉を書いた紙片を渡す。この部屋を出る前に燃やしてくださいね、と告げる。その内容は、他人に知られたらまずい内容でもある。
「明らかに駄目そうな会話だな」
メモを魔法で燃やしつつ、フィンレーはそう言った。
「バーに来ているのに、牛乳を注文するつもりですか?それに、合言葉なので実際にお酒を出されることはありませんよ」
あまりに及び腰なフィンレーにやや呆れつつ、僕たちはここで解散した。




