秘密主義もほどほどに
「なんか、皇月影という名前に聞き覚えがあったんだよね……」
「勘違い乙~」
「勘違いじゃないって!!」
「あるあるだよ、あるある」
一人がそう言ったとき、周囲が茶化す。……本当に、いつもこんな感じなのかな。
「確か、15年くらい前に不完全な論文が発表されたんだ。久遠の第九魔皇子が、わざと論文の内容を中抜きして発表したのが、かなり話題になったんだ。細工の仕方が完璧な論文から数ページ抜いてそれを製本した、という感じだったから、完璧な論文がどこかにあると考察されて、研究者が捜しているんだよね」
現在進行形なのは、その論文があれば、精霊学の研究が30年分進むと言われているからだ。
「それが一番白熱したのが当時で、精霊学を全く知らない人物にも話が広まったんだ。そのうち、研究者に高額に売りつけようと一般人も探し始めたけれど、手掛かりも全く見つからなかったから、それも下火になって、今は当時を知っている人と精霊学者くらいしか知らないかな」
「15年前……15年前……ハッ、お前アラサーか?!」
「はあ!?女の年を詮索するなんて、失礼ね!」
「本当にね!」
「今お前は世界中の女を敵に回した」
……仲いいね。
「えっと……ラファエルを邪神討伐に借りるつもりだから、知りたいことがあるなら、答えれる範囲で答えるけれど……」
「そうなの!?」
「彼岸がいれば、かなりの戦力になるけれど相手がかなり悪いから、できれば久遠出身じゃない彼岸が味方に欲しいんだよね。でも、かなり数が少なくて……」
「確かに俺以外の彼岸なんか、三人しかいないな」
相手が本当に悪い。これがただの魔王族なら、こんなに戦力確保に苦労することもない。相手がよりにもよってだから、こんなに面倒なのだ。
「聞いてもいいかい?なんで君は完璧な論文の内容を知っているんだい?」
流石は組織の長。そこに気づくか。
「それを知っているのは、論文を書いたことがある人物しかいない――違うかい?」
「いや、それ以外も何となく内容を知る方法はある。その論文の不完全版を見ればいい。そこに書かれている理論の中に、九星が作った精霊学の理論らしきものがなかったんだ。だから、完璧な方は確実に入っているだろう、と推測できるし、内容もあまり公開しない方がいいだろうしね」
流石に九星をつくった理論は、真似されるとかなり危険だ。
「ギルマス~考えすぎだって」
「いや、こういうところはな……」
「だって同年代だよ?その皇月影って、どう考えてもアラフォー超えてるでしょ。流石に十代前半に成りすませられないって」
ねー、と僕に笑いかけていたが、僕は曖昧な表情を浮かべていた。
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Side Raphael
「アインの顔って、あんなイケメンだったんだ!!」
「うらやましくなんかないからな……ないからな!!」
「めっちゃモテそう……ずる」
「声も案外いいかも」
「あれって、どう考えても攻略対象なんじゃ?――まさか」
アインが去った後、がやがやとアインについて話していた。……あんなに最初険悪だったのに。
「アインは『白桃』の最高難易度の隠し攻略対象だね。ちなみに、声はなかった。髪は切ってたけれど」
「「「「「それ早く言えやーー!!」」」」」
俺の発言に、ギルマス以外の皆の怒号が響き渡った。
「――案外侮れないね、まさかラファエルを味方につけるなんて」
と、騒がしいギルメンの裏でギルマスが小さく呟いていたことに、俺たちは誰も気が付かなかった。
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Side Ain
なんでこんなことになっているんでしょうか。
「可愛い」
「……可愛くなんか、ないですよ」
「本当に可愛い」
「…………///」
マティ様の膝に横に座らされ、抱き着かれて首筋を嗅がれている。これって、主従の健全な関係なんでしょうか。マティ様の婚約者であるジェシカ様に見られたらどうしよう、なんか頭にはない。絶対に。なぜなら――。
「本当に仲がいいわね」
「うらやましいか?」
「あーあ、私ももう少し強引な方法を取らなきゃいけないかしら?」
「安心しろ、もう取っている」
一体何の話をしているのでしょうか?内容がかなり不穏です。
ジェシカ様、強引に何を押し進めようとしているのですか?
なんだか危機感をかなり感じています。それに、なんだかもう取り返しもつかないように感じてきてもいる。
こんな状況になったのは、ペスケ・ビアンケとの話し合いの後だ。
僕が血を吸うタイミングはマティ様が誘ったときだ。僕はあまり自分の吸血衝動の時期を予測できない。しかしマティ様がしてくれているので、僕は衝動を起こさずにいられる。
血を吸った後の幸福を伴う酩酊状態から正気に戻ると、ジェシカ様がいた。物凄い笑顔だ。……一応、婚約者同士なんですよね?
僕が戸惑っているのに、二人は全く止まらない。好意しかない半身にこんな濃密なスキンシップをされたら、ドキドキする。マティ様の低い声が、心地いい。
「――!!」
「ん?どうした?」
「い、いえ……」
――み、耳!!
僕の顔がさらに赤くなるのに、二人はにやにやしていた。




