世界で一番天才のあの人
Side Unidentified
未来が変わっている。それは、当然だ。最も根本的なものを変えた。それ以外のものも変えた。だからこそ、未来が変わる。その過去があることで成り立っていた未来が、瓦解する。
そのせいで未然に大惨事を防いだり、逆に起きる筈のなかった大惨事を引き起こしたりする。九星が壊滅していなかったり、スタンピードが起きてしまったり。でも、アインを変えたから、九星が生き残ったから、その大惨事を速攻で解決した。
九星の目的。あまりにも無謀で、彼にとっては一笑に付すくらいの目的なのだ。しかし、この世界は、彼によって一度変えられてしまっている。この世界の理は、どんな存在ですら、破ることはできない。
彼でさえも、その運命に抗えなかった。だからこそ、こんなにも救いのない物語になったのだ。
理を破れば、自分諸共死よりも悲惨な結果になる。その中には、穏やかな死こそが最も幸せな結末になりうる。なぜなら、必ず非業の死を遂げるからだ。
死ぬ運命を変える。それは最も禁忌とされていることだ。
死は、最も大きな影響を与える。それがなくなってしまうのだ。未来が変わるのは確定事項。誰かの人生を180度反対に変えてしまう。それが悲惨な方向かどうかは別だが……。
そうしてしまえば、この世界は簡単に崩壊してしまう。イレギュラーが増えれば増えるほど。だからこそ、それを戒めるために、未来を変えたという大罪を償わせるために運命が変わった人物に対し、悲惨な運命を負わせようとしている。
その世界には、九星がいなかった。九星は、世界一の天才と言っても過言でないあの人が作ったのだ。
九星のナンバーは、意味がある。
別に、ほとんどのナンバーに意味はない。だが、俺は九星のナンバーを聞いて、不思議に思った。
なんでリーダーになりそうな男が6なのか。九星最強ではあるものの、最も扱いやすい男が1なのか。死んだ4人のナンバーが10以降なのか。
あの天才が、何も考えていない訳がない。
あの天才が、全てを予測していない訳がない。
あの天才が、何の策も用意しない訳がない。
あの天才が、全てを懸けていない訳がない。
あの天才が、凡人が考えつくような計画を立てる訳がない。
だってあの人は、ノア・アセンダント・アストロロジーを超えるほどの天才なのだから。
あの人が姿を消した理由は、ノアにすらわかっていない。もしあの人がノアなら、自分がずっと九星を監視し続けていればいいだろう。だが、あの人はそうしなかった。
その理由を、俺は知っている。何度も経験したから。あの人は、世界中にばらまいた。
自分の目的を、なんとしてでも達成するために。
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Side Ain
スタンピードがいつ起きるのかはわからない。だが、準備はできる。血を抜いて、あらかじめ罅を入れておいたガラス瓶に入れる。吸血鬼としての戦いは、事前準備がものをいう。
ラース兄さんの時と同じように、あえて傷を負ってもいい。けれど、一瞬でも体の動きが止まる。
痛みにいくら慣れていても、反射的に動きは止まってしまう。
スタンピードでは、何が起こるかわからない。簡単に終わる可能性があるけれど、予想外に強い魔物が出てくる可能性があるからだ。
ラース兄さんの時は、何をするかわかっていたから、多少の隙は晒せた。ラース兄さん一人では、少し隙を晒したところで、手痛い反撃にあうのがオチだからだ。
――そろそろか。
魔物が生まれた。蝙蝠が、それをとらえた。魔物の大量発生。その瞬間を。
「マティ様」
「行け」
「ちょ、ちょっとアイン君!?」
今は授業中だが、スタンピードが起きた以上、そこに急行しなければならない。僕は人間離れした身体能力で、あっという間に学園から出た。
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「数は、前のスタンピードより4,5倍は多いか……」
それでも数が多いだけ。一つ一つ潰すのは面倒だ。だから、僕は闇魔法を展開する。僕の背後には、太陽と蝙蝠たち。
闇属性魔法は、光がない――要するに影に対して作用する魔法がある。そのうちの一つが、亜空間収納魔法だ。
蝙蝠たちが作った影から、大量のガラス小瓶が投下されていく。その中には、赤い液体が入っている。
その液体は、毒ではない。だからこそ、魔物たちに当たったとしても、何も起きてはいない。――今はまだ。
「さて、蹂躙しよう。目的は分からないけれど、思いっきり暴れられる場所を用意してくれたことには、感謝しているよ」
僕は滅多に浮かべない満面の笑みを浮かべ、彼岸の能力を解放した。
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Side Unidentified
「まさか……あんな簡単に処理されるなんて、思いもよりませんでしたねぇ……?」
数は一気に五分の一。あっという間に死んでいった。それに、魔物が死ねば死ぬほど、処理スピードが速くなっていっている気がする。
「やはり、雑魚ばかりを呼び出したからでしょうか?でも、私の研究の結果は、まだこんなもんじゃありませんよ……?」
そう言った直後、すさまじい轟音が鳴り響いた。その轟音は、とある一点から鳴り響いている。
「雑魚を一気に処理できたかもしれませんが、まだまだスタンピードは終わりません。これから発生する魔物は、全て――ドラゴンなのですから」
一匹やっと狩ったとしても、またもう一匹二匹……。終わりのないドラゴンのみのスタンピードに、これがコントロールされて発生したスタンピードだと気が付くころにはもう遅い……。
その時はすでに、魔物として最強と言われているドラゴン十匹余りに囲まれてしまっているのだから……。
「それにしても、あの笑顔はとても素晴らしかったですね……。あの笑顔が絶望に染まる瞬間……ぜひとも拝みたいものです」
そう呟いている自分の影が、まさか揺らめいていたとは全く気が付かなかった。気が付けていたならもしかして――。




