11
クロはその光景を椅子に座って眺めていた。
「おはようございます。クロさま」
初老の兵士が声をかけて来た。
「おはようございます。朝からルナに怒られました」
初老の兵士はクロの横に座った。
「珍しいですね。何かあったんですか?」
「実は…あの戦争の事が夢に出て来て、眠れないのです」
「それはそれは…お辛いでしょう」
ふと初老の兵士はクロの手を見てしまった。
「クロさまは頑張りすぎですよ」
クロは深いため息を吐いた。
「眠れないから、自主練をしています。なんか、気を抜くと悪夢に取り憑かれて眠れなくなってしまうんです。どうしたらいいんですかね…」
クロは苦笑いした。初老の兵士は少し考えた。
「うーむ。一人の時間をとった方がいいのでは?ここだとみんなが見ていますし。完全一人になって考えてみるのもどうかと思います」
「なるほど…」
「クロさまは生きておられる。考える時間はいくらでもあります。私やあの子も死んでいます。生きている時にしたかった事ができなかった後悔はいっぱいあります。クロさまには、後悔をして欲しくないです」
クロは深く息を吐いた。
「そうですよね。とりあえず、体育大会が終わったら一人の時間をとってみようと思います」
「それがいいでしょう。クロさま。無理はなさらず」
「わかっています。無理したら、ウルフに叱られるので」
初老の兵士は苦笑いした。
「あぁ…ウルフさん。怖いですもんね」
「あぁ…わかりますか?」
クロも苦笑いした。
「それとクロさま。私は体育大会が終わったら、行く予定です」
初老の兵士は寂しそうな顔をした。
「生きてる時に味わえなかった事が、ここで出来てとても楽しかったです。人にも恵まれて、とても嬉しかったです」
クロは初老の兵士の手を取った。
「あなたはすごい人でした。みんなを気遣い周りを見てくれる。最高の人でした。今も俺の相談に乗ってくれる。長い間、ありがとうございました。残り短いですが、楽しんでいってください」
初老の兵士は嬉しい涙を流した。
「クロさまに言われたら、嬉しいです。今までの努力が報われた気がします。ありがとうございました」
お互いに抱き合った。すると、若い兵士が帰って来た。
「お疲れ様です」
しっかりめに練習したのか、若い兵士もルナも息が上がっていた。
「お疲れ様。ありがとうね」
クロはルナの首を撫でた。若い兵士はルナから下馬し、ルナを洗い場へ連れて行き馬装を解除した。ルナの体から湯気が出ていた。
「今水洗いしてやるからな」
若い兵士はルナにホースで水をかけてあげた。ルナは気持ちよさそうに水を浴びた。
「クロさま。今日はありがとうございました」
初老の兵士は厩舎を後にしようとしていた。
「俺の方こそ。ありがとうございました」
クロは初老の兵士に礼をした。
「クロさま。何話してたんですか?」
若い兵士はルナの手入れをしながら質問した。
「ん?色々だ。それと、あの方はもうすぐ行かれる。だから労いの言葉を言っただけだ」
「そうなんですか…」
若い兵士は寂しそうな顔をした。
「君も、そういう時が来る。ここに残りたい人もいるが、もちろん行く人もいる。うちは強制じゃないから、自分の意思で選んで欲しい」
そう言うと、クロは若い兵士の肩を叩いた。
「はい!」
元気よく返事をした。しばらくして、ルナの手入れが終わり馬房に戻した。
「お疲れ様。ルナ」
クロはルナを褒めた。ルナは馬房に設置していた飼い桶に顔を突っ込み飼い葉を食べた。
「ありがとうな。いつも」
「いえいえ。では、戻ります」
「あぁ。俺も部屋に戻るよ。ありがとう」
そう言うと、クロは厩舎を後にした。
部屋に戻り、椅子に座った。
「ふぅ…あ、汗酷いな。シャワー浴びるか」
着替えとタオルを持ち、シャワーを浴びた。体をタオルで拭き、服に着替えた。ベットに横になり、ため息を吐いた。
「落馬したの、いつ以来かな…」
そんなことを考えていると、ウルフが部屋に入って来た。
「クロ〜おはよう」
ゆっくりと体を起こした。
「おはよう…」
「何?朝からやりたいの?」
「馬鹿野郎…」
さっとベットから出た。
「で、どうした?」
「稽古の時間よ」
「え…?」
クロは窓を見ると、太陽がもう高くなっていた。
「まじか、時間経つの早いな」
稽古の準備をし、稽古場へ来た。
「じゃぁ、やりましょ?」
ウルフは竹刀を持っていた。
「私の攻撃避けてね」
ウルフはウインクをした瞬間、飛び出した。最初の攻撃をクロは避けた。
「…」
「良いじゃん」
攻撃を次々と仕掛けたが、クロは何とかかわした。
「まだスピード緩いわよ!」
ウルフは少しスピードを上げたが、クロはかわしていった。
「ふぅ…」
集中して攻撃を避けたが、落馬した時に痛めた背中が痛み出した。
「うっ…」
その時、隙が出来てしまった。ウルフはそれを見逃さず、竹刀をクロの鳩尾に突いた。
「ぐぇ…」
声にならない声をあげた。そのままクロは倒れた。
「どうしたの?あの調子なら避けれると思ったのに」
吐きそうにも、何も食べてないから吐けない。
「イッテ…朝から落馬して背中が痛いんだよ」
よろけながらも立ち上がった。
「ウルフ…もう一回だ」
「よくやるわね。まぁいいわ。思う存分楽しんでいこ!」
数十分後。クロはボロボロだった。
「だいぶ動けるようになってるけど、まだまだね」
ウルフは涼しそうな顔をしていた。
「…あぁ。自覚はしている。ありがとう」
ゆっくりと立ち上がった。
「ウルフ。頼みがある」
「何?」
「体育大会終わったら、少し一人になってもいいか?もちろん無茶は絶対しない。約束する」
「急にどうしたの?」
ウルフは不思議に思った。
「いや。また悪夢にうなされてな。気晴らしと、今一度自分を見つめ直そうかと」
「ふーん。いいんじゃない?わかったわ。城のことは任せて?」
ウルフは納得した。
「ありがとう」
「でも、助けに行けないから無茶はしないでね」
「わかってる。でも、とりあえずは体育大会を無事に終える事だな」
クロは伸びをした。
「そうね。体育大会、頑張りましょう」
クロとウルフは稽古場を後にした。
「イッテ…」
部屋に戻り服を脱ぐと、鳩尾が黒くなっていた。またシャワーで汗を流し、体を拭いた。
「…」
服に着替え、キッチンに向かった。
「痛いが、何か口にしないと」
急いでお粥を作り、ゆっくりと食べた。
「…うまい」
時間をかけて食べ終えると、片付けをしベットに横になった。
「あぁ。もう夕方か。今日は休もう…」
疲れていたのか、そのまま眠った。
夢を見た。クロは草原に寝かされていた。満天の夜空が綺麗だった。
「ここは…」
辺りを見回しても、何も無い。広大な草原がただ広がっているだけ。立ち上がり歩いてみたが、木の一つもない。
「…」
しかし、嫌な気分にはならなかった。しばらく歩いたが、何も無い。すると、後ろ心地いい風が吹いてきた。
「暖かい」
後ろを振り向くと、強風が吹き目を覆った。
「うっ…」
前が見えなく、動けなかった。しかし、ピタッと風が止んだ。
「なんなんだ?」
覆っている腕を下ろそうとした時、目が覚めた。
「…?」
あまりにも不思議な夢。窓を見ると朝になっていた。メガネをかけ、体を起こした。
「なんだったんだ?まぁ、悪夢よりいいか」
気にもせず、着替えて厩舎に向かった。厩舎に着くと、ルナが馬房にいた。
「おはよう。ルナ」
ルナの額を撫でると、ルナは嬉しそうにしていた。いつもは兵士たちで賑わっている厩舎が、今日は誰もいなかった。
「あれ…もしや…」
厩舎にある予定表を見ると、休馬日になっていた。
「だよなー」
残念がっていると、若い兵士が現れた。
「クロさま。おはようございます」
「おはよう。休馬日すっかり忘れてたよ」
ふと若い兵士を見ると、両手には飼い葉が入ってるを持っていた。
「朝の飼い葉だろ?手伝うよ」
「いいんですか?」
「あぁ。たまにはいいだろ?俺は向こうから与えていくよ」
通路に並べられて入る飼い葉が入っているバケツを持ち、一頭一頭ずつに与えていった。待ちきれない馬がいるのか、吠えている馬もいた。全頭に与えると、静かになった。
「クロさま。ありがとうございます」
若い兵士はバケツを片付けていた。
「いや。いつも馬たちの世話ありがとうな」
「いえいえ」
すると、ルナが食べ終わったのか桶で遊んでいた。クロはルナの元へ行った。
「こら。桶が壊れるだろ?」
桶を外すと、クロに擦り寄った。
「なに?出かけたいのか?」
その問いに、ルナは前かきをした。
「行ってきてもいいですよ。ルナ。クロさまが毎日来てくれて嬉しいんですよ」
クロは仕方なしにルナに無口を装着した。
「しょうがないな。じゃぁ、行ってくるよ。ルナは俺がやっておくから、君はゆっくり休んで。休馬日くらい兵士たちも休んでほしい」
ルナを馬房から出した。
「ありがとうございます」
クロはルナと散歩に出かけた。ルナの足音が響き渡った。
「久しぶりだな。散歩」
朝の冷たい風が心地よかった。ルナの立髪が風で揺れていた。
「ルナ。体育大会がんばろうな。久しぶりの馬場馬術だ。俺はあんまり体が動かせれないから、うまく指示が出せなかったらごめんな」
ルナは鼻を鳴らした。
「俺も頑張るよ。全盛期目指して」
ルナの首を撫でた。しばらく歩き続け、馬房に戻った。
「また散歩行こうな」
ルナの額を撫でた。ルナは澄んだ瞳でクロを見つめた。
「じゃぁ、帰るから。また明日」
クロは部屋へ戻った。
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