学校のマドンナと同姓同名になる。
今回はラブコメを意識して書いてみました。
母さんが再婚して俺の名前は“井上美樹”から“鈴木美樹”になった。
新しい父さんは穏やかな良い人で俺にも親切にしてくれる。
今まで女手一つで育ててくれた母さんが見つけた幸せ。
もちろん俺も嬉しい。もちろんあの人を父さんと呼ぶのもやぶさかではない。
それくらい良い人なんだ。
良い人なんだけど……俺はこの再婚を心の底から喜ぶことが出来なかった。
―――――――――――――――
幼馴染で友人の山西純貴が気の毒そうな顔で俺を見た。
「よっちゃんこの騒ぎって」
「それ以上言うな」
二年生の新学期。
クラス替えの結果が貼りだされている前で大きな騒ぎが起きていた。
それを見て俺はため息をつく。
「なんで美樹さんの名前が二つあるんだよ!」
「どういうこと!?」
「待って、なんかフリガナふってあるんだけど……えっと?よ、し、き……よしきって誰?」
先生も先生だ。
いくら決まっていたとしても、そこは配慮してくれないとこういう事態になるって何故分からない。春休み中、先生に母親が再婚して苗字が変わると連絡したら、「クラス替えの結果もう決まっているんだよな」と笑われたことは今でも根に持っている。
ある程度騒ぎになることは想像していた。
が、さらに最悪なのは純貴とクラスが別れてしまったこと。
こうなったら転校したい。
そう思うが、新婚をきっかけに近所に家を購入した二人に引っ越しを頼む勇気はなかった。
もうどうにでもなれ、と自棄になった俺はふらふらと下駄箱に向かう。
「よっちゃん。ちゃんと友達作れよ!」
何を言っているんだとツッコむ元気もない俺は、純貴を一瞥してそのまま教室へ向かった。
名簿順に座席が決まっている。
同じ名前が二個並んでいるが、事情を知っている俺は迷うことなく後ろの“鈴木美樹”の席に座った。
クラスメートはだいたい遠巻きに見てくるが、一軍らしき集団がずけずけと近づいてくるのが分かる。
「ねぇあんたがよしき君?」
「そっ、……そうだけど」
気の強そうな三人組の女子が俺の机の周りに集まってきた。変に言葉に詰まった俺を見て女子は大きな笑い声をあげる。
「アハハ、可哀想に」
「よりによって美樹ちゃんと同じ名前になるなんてね」
「これから超目立つじゃん」
そんなの言われなくたって分かっている。
別にコミュ障ってこともないのに、なぜかこういうときに限ってちっとも言葉が出てこない。
「か、関係ないだろ……」
「まって、よしき君なんか言っているよ?」
「えぇ?なに全然聞こえないんだけど」
そう言ってまた大きな声で笑う。
いや、お前たちの声がデカすぎるんだ。我慢ならなくて椅子を後ろに引いたとき、肩に手が乗せられた。
「ちょっと揶揄いすぎ」
その声に身体が固まる。
ぎぎぎっと斜め後ろを見ると、そこには鈴木美樹がいた。
胸の下まで伸びた綺麗な艶やかな黒髪。
彼女の大きな瞳に俺が映っている。
それだけで身体の表面が粟立つような感覚になった。
瞳に俺を映したまま彼女の赤い唇が開く。
「ごめんね?よしき君、だよね?びっくりしちゃった。漢字おんなじなんだもん」
そう言葉を紡いだあと口角が上がった。
なんだこれ。
バグか?俺の人生にバグが起きているのか?
スタイル抜群、容姿は完璧、友達も多い。しかも芸能活動もしているらしい。
一軍のなかでもトップオブ一軍の彼女は、クラスどころか俺たちの学年、いやこの学校のマドンナと名高い“鈴木美樹”だった。
そんな鈴木が俺に話しかけている?
決して目立たないようにひっそりと生きてきたこの俺の肩に乗っているのはなんだ?
鈴木の手じゃないか……。
「おはよう!」
「ようやく四人同じクラスになったね」
「二年は修学旅行もあるし。マジでタイミングいい」
放心状態の俺をよそに三人の意識はあっという間に鈴木に移る。彼女の手はあっさりと肩から外れ俺の目の前の席に座った。
さらさらとした後ろ髪を茫然と見つめている間に予鈴が鳴る。
三人が自分の席に戻っていくと、突然鈴木が振り返ってきた。
「ねぇ、よし君って呼んでもいい?」
「は?」
「だから、読み方“よしき”でしょ?だからよし君。それに二人とも鈴木だから分かりやすいじゃん?よし君とみき、ね?」
なにが“ね?”なんだ。
「なんで?」
「なんでって……同じクラスになったんだし、せっかくだから仲良くしたいじゃん」
せっかくってどういう意味だ?
仲良くしたい?
一軍中の一軍である鈴木がこの俺と?
頭の中にハテナばかり浮かぶ。
返事も出来ずただ口をぽかんと開けたまま鈴木を見ていると、彼女の大きな目が細くなった。肩を小さく震わせて口元に手をやる。
「ふっ、あははっ……へんなかお」
「なっ!……だ、誰が変な顔だ」
いや、俺だろう。
そもそも鈴木と比べれば大半の人間は変な顔だ。
それに自分でも今バカみたいな顔をしていた自覚があるくせに、妙に的外れなツッコミをしているとチャイムの音と共に先生が教室に入ってくる。
クスクスと笑ったまま鈴木は正面を向いた。
可愛いというのは恐ろしい。
顔が見えなくても後ろ姿だけで相手を緊張させることが出来るのか。
何故かソワソワとした気分になりながら、俺は意味もなくカチカチとシャーペンを押し続けた。
―――――――――――――――――――――
「あーっ!こんなところにいたんだ。ねぇ、ちょっと話があるんだけど」
「んっ!?……ゴホゴホッ」
「大丈夫!?」
午前中の授業が終わった瞬間、逃げるように教室を飛び出して純貴のクラスに向かった。誰かと食べる約束をしているか聞きもせずそのまま純貴を連れ出して、定時制の校舎に向かう。この時間はまだ誰もいないから、落ち着いて昼ご飯が食べられると思っていたのだが、なんでこんなところに鈴木がくるのだろうか。
頬張ったおにぎりを中途半端な咀嚼で飲み込んだら喉が詰まった。
純貴が背中をさすってくれるがそれどころじゃない。
「は?俺?」
「そうだよ!もう探しまわったから疲れちゃったじゃん」
「昼休みが終わったら教室戻るし……」
「それじゃみんなに聞こえちゃうでしょ?」
鈴木の言葉に純貴がびくっと反応する。
顔を見合わせ何か言いたげな純貴に首を横に振る。だけど、純貴は勢いよく立ち上がった。
「え、と。俺昼休み用あったんだ」
「純貴!?バカ何言って……」
「ごめん、またあとで」
そのまま凄い勢いで走り去っていく後ろ姿を呆然と見送る。
咄嗟に止めようと伸ばした手は当てがなくなり、だらんと下に落ちた。
「純貴君だっけ?陸上部の」
「……あぁ。そうだけど」
「どうりで早いねぇ」
確かに純貴は陸上部のエースだ。
他の運動はあまり出来ないが、昔から異様に足が早い。
「あっ、そうそう。ちょうど良かった。私よし君に話があるの」
そういえば二人きりだった。
他に人の気配はない。当然だ。ここは定時制の校舎で俺たちの校舎からはだいぶ離れている。貴重な昼休みにわざわざこんなところまで来る人のほうが珍しい。
ぐいっと身体を近づけてきた鈴木に思わず背中をのけぞらした。
なんだか分からないが甘い香りがして思わず息を止める。
「あのね、よし君」
(可愛い)
いや、違う。
近い。
近いだ。
咄嗟に頭に思い浮かんだ感情に顔が熱くなる。
もしかして、鈴木は俺のこと……。
わざわざ俺を追いかけてこんなところまで来て。
人がいる前で出来ない話っていえばそれしか思いつかない。そんなわけないと思っているが、もしそうだったら俺はなんと答えるんだろう。
一年のときは完全に別の世界の人間だった。
どちらかと言えば有名人を見る一般人という感じだったのに、そもそも俺の事だって知らなかったはずだ。それなのになんで。もし、こ、告白なんてされたら……俺は……。
「あのさ、よし君の家って宅急便どうしている?」
「は……?」
宅急便?
まったく想像していなかった単語に間抜けな声が出た。
「どう、とは?」
「あー……えっと、家族の人とかさ、例えばよし君宛の荷物勝手に開けたりしない?」
「しないよ。っていうか俺母子家庭だったから基本的に母さん仕事でいないし。仮に母さんが受け取ったとしても、そのまま部屋に置いてあるけど」
「そうなんだね!」
何が嬉しいのだろうか。
俺の返事に鈴木は目を輝かせた。
そしてちょっと言いにくそうに一度口を閉じて、視線を泳がせたあと急に頭を下げる。
「よし君!クラスメートのいや、同じ名前になった縁ってことで、私のお願い一つ聞いてくれないかな?」
「お願い?」
「よし君の家に私の荷物届けてもいい?」
どういう意味か分からないでいる俺に鈴木は、ぽつぽつと事情を説明してくれた。
鈴木には今どうしても欲しいものがある。
ただ鈴木は芸能活動をしている影響で、自宅はもちろん事務所に届くものも全て検品されるのだと言う。
「名前をね……書いてもらえるの。だから受取人と違う名前は設定できなくて、でもどうしても欲しくて」
多分サインをいれてもらえると言いたいんだろう。
鈴木美樹と書いてもらうには、受取人は鈴木美樹でなくてはならない。
「だからね?お願い」
「別に俺はいいけど」
「本当!?」
「だけど……俺には中身を知る権利あるんだよな?」
鈴木は分かりやすく身体をビクっと跳ねさせた。
「あー」とか「うー」とか言って、そのまま黙り込む。
「俺の家の住所も、俺の名前も別に好きに使ってくれていい。俺だってネットショッピングくらいするからな。でも何か分からないものが届くのは怖いだろ」
「そ、れはそうだけど」
「もう鈴木も気づいていると思うが俺は友達が少ない。それに秘密を言いふらす趣味もない」
「……うん」
「だから鈴木がちゃんと中身を教えてくれるならいいよ」
鈴木は少し沈黙をしたあと「よし君だって、鈴木じゃん」とぼそっと呟いた。
そしてはぁとため息をついて首を縦に振る。
「いいよ、分かった」
ほんのり頬を上気させた鈴木が手招きする。
誰もいないと分かっているのに、思わずきょろきょろと周りを見渡した。
俺でいいんだよな?と躊躇いながらゆっくり近づくと、鈴木は耳元に顔を寄せた。
吐息が耳をかすめ肩に力が入る。
「……届いたら」
「届いたら?」
「うん。……届いたら、見せてあげるから。それならいいでしょ」
顔を離した鈴木に「それなら」と返事をする。
そして、俺の携帯に【鈴木美樹】の連絡先が加わった。
それから俺の元に荷物が届いたのは十日ほど経った頃だった。
【荷物届いたけど】
メッセージでそう送ると、何故か鈴木が俺の家に来ることになった。
鈴木の家に持っていくと言ったのだが、なぜか家に来るの一点張り。母さんたちはちょうど出かけると言っていたからいいが、変に緊張しながら待っているとインターホンが鳴る。
「……お、おはよう」
「おはよう!お邪魔します」
春休み前の俺は信じないだろうな。
自分の家に鈴木が来るなんて……。
私服の鈴木はどこからどうみても芸能人みたいだった。
顔を見られなくて視線を下に落とすと、可愛らしいブラウスの豊かなふくらみに目が引き寄せられてしまう。慌ててもっと下に視線を落とすとショートパンツから伸びる白く長い足が……。
いったいどこを見ればいいのだろうか。
これなら顔を見たほうがマシかもしれない。
けど結局そんな勇気もなく、明後日の方向を見ながら俺は部屋へ案内した。
昨日めちゃくちゃ掃除をしたおかげで、大きな段ボールが一つ部屋の中央に置かれているだけ。部屋は今までになく綺麗に片づけられたと思う。
「綺麗な家だね」
「再婚して引っ越ししたばかりだから」
「あぁなるほど」
部屋に入った鈴木は段ボールを見つけて「は、わぁ……」と日本語じゃないような言葉を発した。
「っていうか、よし君開けないでくれたんだ」
「あ、当たり前だろ」
「ふぅん。だって中身知りたいって言っていたし、それに私も中身教えるって言ったしさ」
「それとこれとは関係ないだろ」
さすがにそんな非常識なことはしない。
そう答えると鈴木はクスっと笑った。そしてけっこう大雑把にガムテープを剥がす。
「よし君こっち来てよ」
微妙に距離をとっていたが鈴木にそう言われ、少しずつ近づく。
段ボールの中を覗いと俺は、鈴木と中身を見比べて「え?」と言う。
「びっくりした?」
「これって……」
何やらたくさんの衣装が入っている。
しかも俺でも見覚えのあるものが多い。
「コスプレ?」
「そう。趣味なんだ」
鈴木はうっとりと段ボールの中身を見る。
「お母さんとかマネージャーとかは路線が違うから駄目だって言うんだけど、私アニメとかゲームとか好きでそこからコスプレもしてみたくなってさ」
「でも、名前って……」
「これ私が大好きなコスプレイヤーさんの写真集!」
そう言って見せてくれた写真集には、その人のサインらしきものと一緒に“鈴木美樹”と書かれていた。
「フルネームじゃなくちゃ駄目だって言うから悩んでいたんだけど、本当すごいタイミング良くて」
「あ、あぁなるほど」
「そう、それでね。本当はこの趣味誰にも言うつもりなかったの。美紗たちだって知らないんだから」
美紗たち、と言うのはいつも鈴木と一緒にいるあの子たちだ。
新学期早々絡まれた。と思っていたが、改まって考えてみると彼女たちとこの鈴木以外俺はクラスメートと交流をしていない。
やっぱり純貴がいなければ俺はコミュ障なのか……。
「大丈夫だって。俺、誰にも言わないから」
「違う違う!そうじゃなくて、秘密を共有したのよし君が初めてってこと」
それはさっきも聞いたが、怪訝な顔をする俺に鈴木は唇の端をあげる。
その顔に何故か悪寒が走った。
「どうせならよし君もこっちの世界に入ってみればいいと思うんだよね」
「それって……」
嫌な予感が現実になりそうで言葉が途切れる。
「ふふ、だから買っちゃいました!」
段ボールの中から取り出してきたのは二枚の衣装。
「お、俺は無理だって!絶対似合わないから」
「大丈夫。大丈夫。よし君メイク映えしそうだし、ほら前髪もっとちゃんとあげてさ。……やっぱり、元の顔だって悪くないじゃん。」
鈴木の指が無遠慮に目元に向かって伸びてくる。
指先が俺の目を潰す、なんてことはなくサラッと前髪を持ち上げられた。
「は?そんなわけないだろ」
「素材は生かさないともったいないんだよ?まっ、それはこれから教えてあげるとして」
鈴木はキラキラと目を輝かせて衣装を差し出した。
「これ私が好きな姉弟キャラの衣装なの!普通にペアルックみたいでやりやすいと思う」
「や、やだって」
「なんで?こういうの嫌い?」
「嫌いじゃないけど、俺がやるのはキモいだけだろ」
「そんなことないって。いいから、いいから。ほら今は私と二人だけなんだし」
鈴木は無理やり俺に衣装を押し付けて、さらに段ボールに手を突っ込んだ。
「まぁこれがどうしても嫌って言うなら、他にも二人で着れそうなのあるけど」
そう言って鈴木が出してきたのは明らかに女性ものと、陽キャのカップルが着てそうなあざとい動物の着ぐるみみたいなもの。
選択肢がこれとか地獄か?
無理だ、と首を横に振るが鈴木は満面の笑みでじりじりと俺に近づいてくる。
「無理だってー!!」
そんな俺の叫び声は空しく消えるのだった。
コメディって難しい!ギャグマンガっぽく(?)最後主人公の叫び声で終わらせてみました。
ここまでご覧頂き嬉しいです。いつもありがとうございます。