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バッチグー戦士ビューティーダー  作者: 九木十郎
第一幕 契約
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1-5 管理人室へと連行されていった

 次の日の朝に為ると、オレの部屋にオンナが居るという噂は下宿中に広まっていた。


 何故か。


 それは単純である。

 塚原のヤローは信頼するに足る男だが、声の大小においては全く以て信用出来ない存在だからだ。

 その音量ボリュームはマックス以外の目盛りが付いていない。

 調整不可能上限突破した野外スピーカーだからである。


 内緒話にはトコトン不向きな男なのである。

 誰にも聞かせられない話の時にはヤツの口を塞いでおかねばならない。

 その鉄則をうっかりすっかり失念したオレのミスであった。


 夕刻以降の芽キャベツ亭は実に騒々しい。


 真冬ならば兎も角、大抵の部屋は自分の部屋のドア全開の満員御礼全席出血大サービス中。

 どの部屋に誰が行こうが、誰が覗き込もうがまったくオーケイなオープンサプライズ。

 プライベートなどあって無きが如しの状況で、テレビ番組だろうかコンポの音楽だろうが通話中の馬鹿話だろうが様々な雑音が入り乱れているからである。


 流石に二一時以降はご近所さまの手前「騒音厳禁」が定められ、はなはだしい逸脱いつだつをしでかしたヤツには大家さんから問答無用の天罰が下るというシステムに為っている。

 だがそれ以前の時間帯は無法地帯と言っても差し支え無かった。


 つまり何が言いたいのかとえば、ドアを閉め鍵など掛けている部屋など全員の耳目を集めてしまうということなのである。

 密室と相成った場所は、此処ここでいま謎で怪しい密談が繰り広げられていますよ、と周囲に喧伝けんでんしているも同然な状態なのである。


 くそ、しくった。


 普段からあれだけ騒々しいのだし、塚原のヤローが少々騒ごうとも誰も気にも留めないだろう。

 そうたかくくっていた。

 しかし見込みが甘過ぎたようだ。

 普段ならまず誰も来ないオレの部屋には昨晩からひっきりなしに来訪者があった。

 大抵はドアを閉めたまま門前払いをするのだが、流石に同じ下宿に住む先輩連中を軽々にあしらう訳にはいかない。


 誤魔化すことが出来たのは最初の一人だけ。

 立て続けに来た二人目三人目はドアを少しだけ開けて「内緒ですよ」と固く口止めして対応し、以後それが繰り返されたお陰でほぼ全員に口止めをさせるハメになった。


「秘密なんですね判りました。秘密に関しては俺はちょっとウルサイですよ。絶対厳守なのですね。大丈夫大丈夫、大船に乗ったつもりでご安心ください」


 最後の一人はそう言って「うひひ」と笑って去って行った。

 だが今更この状態の何をもって秘密などとのたまうのか。

 「皆から聞いてやって来た」などと口走った自分の台詞を憶えていないのか。

 噂話を聞いてやって来た出歯亀が何故口が固いなどと言えるのか。

 その思考回路がサッパリ理解出来ない。


 以前から薄々感じていた事ではあったのだが、大学生となどという分類不能の困った生き物は、世間一般的な摂理常識より半歩外側の界隈を闊歩する問題物件らしい。

 まったもってイカガワシイ連中である。


 嘆かわしい。


 そして塚原はまた朝からオレの部屋にやって来た。

 噂が広まったコトを人づてに知って心配になったらしい。


「いやーおかしいですね。いったい何でこんなコトに為っちゃったでしょうね」


 俺は何も喋ってないのに、と小首を傾げるお前には一言云って置きたい。

 内緒話というモノは声を潜めてするものなのだぞ、と。


 コイツなりの気遣いに感謝はするが、今更この状態では何をしても手遅れな気がする。

 大家さんに知れるのも時間の問題。

 最悪ここを追い出されることにるかもしれない。

 出来ればソレは避けたかった。

 オレは大雑把だが妙に居心地の良いこの下宿を気に入っていたからだ。


「取り敢えず学校に行って下さい」


 そう言って他人行儀にヤツを送り出すとオレは一人で溜息をついた。


 しかしものは考えようかもしれない。

 昨日の今日で元に戻れる保証も無いのだ。

 遅かれ早かれ皆にはバレただろう。

 今はオレが一人で泡食ってオタオタしているだけだ。


 学校もこの姿のままでは在学が難しいだろうし、色々と肚をくくらねば為らないのかもしれない。

 先行きが明るいとは到底思えなかった。

 ならば最低限、自分の生活する周囲くらいは色々と早めに周知させて、皆を馴れさせておくというのも手なのかもしれなかった。


 それにどう転ぶにしてもずっと家族に黙ったままという訳にはいかない。

 大家さんに対してもしかり、学校にしても然りだ。


 一、二ヶ月の話ならかく、昨日の話を聞いた限りでも想像以上の長期戦に為るのは間違いなくて、どのタイミングで告げるのかは未だ決めかねていた。


 だが、その瞬間は必ずやってくる。

 誰にも知られないまま元に戻るのがベストだったのだが、それはもはや儚い夢。

 噂を止める術は無くオレの部屋に居る女の話は徐々に、しかし確実に拡がっていくに違いなかった。


 何でオレは、もうちょっと確かめてからメールのボタンを押さなかったのかな。


 もう幾度目になるか。数えることも止めてしまった後悔の溜息をついた。


 取り敢えず、自分で出来る範疇で状況を進めておこうとスマホを手に取った。

 アイドルが論外なら必然的に正義のヒロインしか道は無い。

 昨夜一晩悩みはしたものの答えは端から出ているのである。


 電話を掛けようとして指が止った。

 不意にノックの音がしたからである。


 はて、まだ物見遊山な下宿生が残っていたかな。


 知れ渡ってしまったのだから今更コソコソするのも莫迦らしい。

 半ば投げやりでドアを開けたら見慣れた女性が立っていた。


「あなたが田口くんの部屋に居候しているというね」


 そう言ってにっこりと笑うのは妙齢の美人さんでいらっしゃるのだが、この下宿の大家さんでもあらせられる。


 オレの顔から血の気が音を立てて引いていった。


「まぁなんて可愛らしい。取り敢えずお話を聞かせていただこうかしら」


 抗する術など何一つ無かった。

 そしてオレは操り人形のように、ただこくこくと従順にうなずくと管理人室へと連行されていったのである。

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