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バッチグー戦士ビューティーダー  作者: 九木十郎
第四幕 たぶんソレはちょっとだけ予想外の結末
31/52

4-5 まだ終わりでは無かった

「力でねじ伏せて正義とか平穏とか言われても胡散臭さしかないよ。まだ『負けたら言うとおりにしろ、代わりに殴らないでおいてやる』とか言い切った方がまだ清々しいね。別に奴隷になりたい訳でもないけれど」


 侵略云々とかいう彼の台詞も確かに脳裏を掠めてはいた。

 でも「コレが正しいのだ」と、有無を言わさぬ押し付けに首肯するほどオレは素直じゃない。

 基本、天邪鬼あまのじゃくなのである。

 後先深く考えず、いま現在の感情で物事を決めちゃう浅はかな現代の大学生なのである。


 なので、無知蒙昧浅慮むちもうまいせんりょな若者の特権を行使させてもらうことにした。


「それにニュートさんじゃないけれど、人類最底辺の衣装センスで胸を張るお笑いコンビに頭を下げる趣味は無いね。

 すっぽんぽんの方がまだ下品じゃないと断言できるレベルだ。

 人ギリギリの原初の霊長類を見習った方が、まだ素敵な未来へ進むことが出来るかもしれない」


 彼の表情は余裕の笑みから変わらない。

 でもこめかみの辺りに青筋が浮かんでいるような気配が伝わってきた。

 割と痛い所を突いたのかも知れなかった。


 或いは自分のコーディネイトに絶対の自信があったのかも。


「成る程。己の信念に殉ずるというのですね。それもまた一つの道。ならば、僭越せんえつながらわたしがその水先案内人となりましょうっ」


 口火を切ると同時に彼が踏み込んできた。

 「逃げてください」とニュートさんの叫び声が聞こえた。

 だがオレは逃げるつもりなどさらさら無かった。

 真っ向勝負を望む相手に、拒否や悪口だけ言って逃げるというのは何か違うという気がしたからだ。


 でも直ぐにニュートさんの言うとおり逃げれば良かったかなと、激しく後悔する羽目にもなったのだけれども。


「正義!」


 彼の拳が腹に当たった。

 避けたつもりだった、でも避けきれなかった。

 余りにも早い拳速に受けきることもさえ出来なかったのだ。


 とんでもない激痛で、頭の中に火花が飛んだ。

 比喩なんかじゃあ無い。

 脇腹をゴッソリえぐり取られたかと思った。

 だがそれはタダの錯覚、彼の拳で意識が半分飛んだだけの話だ。

 たったの一撃で腰砕けになって膝が折れた。

 だがそれで終わりじゃ無い。

 延々と続く連打の始まりでしかなかったからだ。


「ちょ、ちょっと待った!」


 さっきのは無し、そう言いたかった。

 やっぱりどう考えてもこんな熱血脳筋展開はオレの柄じゃない。

 お腹への衝撃で瞬時に意地が失せ、許してごめんなさいと言いたかったのだが声が出てこなかった。


「正義っ、正義っ」


 顎に一発、こみかみにも一撃。


 相手はまるで聞く耳を持たなかった。

 後退あとずさって逃げた分だけ踏み込まれた。

 制止するつもりのかざした平手も、パンチの防御程度にしか見えていないのかもしれなかった。


「正義、正義、正義、正義」


 再び腹部、そして腹部、またしても腹部、オマケにも一度腹部。


 や、止めて。


 両手でのラッシュだった。

 せめて受けよう、逃れようとしても全部失敗した。


 止めてくれって言っているだろう。


 お願いします、と言った。何度も言った。


 半泣きの哀願だった。


 涙がにじはなが垂れ涎が顎を伝って落ちた。

 懇願と言ってもイイ。


 しかし悲しいかな、それは声になって出てくれないのだ。


 逃れる隙を作ろうと闇雲の反撃をしたけれど、全て避けられるかカウンターを取られた。

 距離を取ろうとして後退ろうとしたら背中に何か当たった。

 振り返っても何も見えない。

 だが何か強い力が反発して押し返してくるのだ。


 この感覚は憶えがある。

 あの廃工場での一件だ。

 そう、確か開始前にニュートさんが言っていた。

 校庭の周囲には結界を張っていると。

 決着が着くまで解かれることも無い、ともだ。


 つまり今オレが居る場所はどん詰まり。

 ボクシングで言うのならコーナーに追い込まれたということらしい。


 釘付けにされそのまま一気に畳み込まれた。


 逃れられない。

 反撃もままならない。

 ましてや許しを請う暇すら無い。


「正義正義正義正義正義正義っ」


 こめかみ、顎、顔面、鎖骨、胸骨、鳩尾。


「セイギ、セイギ、せいっせいっせいっ」


 肝臓、胃袋、腹中、臍、脇腹、心臓、肺、再び顔面。


「せっ!せっ!せっ!せっ!せっ!せっ!せっ!せっ!」


 額、鼻骨、頬骨、右顎、左顎、そのまま正中線に沿って真っ直ぐに打ち続けられた後、再び振り出しに戻るといった案配だった。


 連打、連打、連打、ただひたすら拳が打ち付けられてゆく。

 ガードどころか打つ手を目で捕らえることすら出来ず、しかもその速度は衰えるどころか増しゆくばかり。


 まずい、まずい、このままじゃいけない。


 反撃しろと頭の奥で誰かが切羽詰まった声で叫んでいた。

 闘わなければ何も出来ぬまま終わってしまうぞと声は言う。

 「脱出してください」と今度は頭の中へニュートさんの悲痛な声が聞こえてきた。

 分かっている、でもまるで為す術が無いのだ。


 もはや神速の域に達した打撃が全身を襲う。


「せぇえええええええいぃいいいいいいいぎぃやややややあああああああ!」


 もう何を言っているのかも分からない、いやソレを気にする暇すら無かった。

 全身くまなくあらゆる箇所を連打され続け、反撃どころか受ける事も出来ず、只ひたすらに打たれるだけの木偶人形となってしまったからだ。


 全身の痛みが半端ないものになってきた。

 一撃受ける度に頭が痺れた。


 スーツにはきっと衝撃を緩和する機能もあるんだろう。

 でも段々とその効果が落ちてきているようだった。

 或いは壊れかけているのかもしれない。

 完全に壊れてしまえば間違いなく全てが終わる。

 オレそのものが壊れてしまうに違いなかった。


 いま、泣いて土下座して謝ったら許してもらえるだろうか。

 いやもうきっと手遅れなんだろうな。

 何度も引き返すチャンスはあったし、もっと安全な契約もあれば彼の言うとおりにする手だってあった。


 選択肢はあったのだ。

 それらを全部袖にしたのは無駄な意地や見栄、成り行き任せでただ流れていったオレ自身なのである。


 だ、駄目だ。もう保たない・・・・


 痛いのも辛いのももういいや、全部やめにしよう。

 そういう気分になるとゆっくりと意識が遠のく気配があった。


 オレはこれでお終いなのかな。


 スマホで訳の分からない販促メールで間違って契約して、女性に変身して、正義のヒロインとかになったら早期に契約解除してもらえると知って軽い気持ちで承諾して、その挙げ句妙な意地を張ったせいで滅多打ちにされている。


 コンナハズジャナカッタという台詞は愚か者の常套句。

 でもその言葉が口を突いて出た。

 ぶん殴られている最中で言葉にはならなかったけれど。


 ただ、彼ら彼女らが実はホンキでやり取りしていたのだと、今更ながらに知ることが出来たというだけの話だ。

 今のこの状況だって嘘やヤラセでやっている「なあなあ」のお遊戯もどきなんかじゃない。

 意に沿わぬ相手は力尽ちからづくでねじ伏せるマジもんのソレだ。


 スイマセン、オレ、あなた方をナメてました。

 色々と知りたいことや聞きたいことが増えたけれど、ちょっとだけ遅かったみたい。


 でもこんな刹那の間に痛いとか苦しいとかを棚上げして、色々と考えることが出来るオレって実はスゴくね?

 でも人間死ぬ間際は苦痛も麻痺するらしいし、スンゴク沢山のことを一瞬で考えたり出来るらしいし、走馬灯を見るかのようにってヤツもこんな感じなのかもしれない。


 まぁ、もうどうでもいいけれどね。


 浅はかというか軽薄というかまるで後先考えていない。実にしょうも無い若造である。全く以てやれやれという気分。


 悲壮感も無ければ生き惜しむような惜別も無くホント、感慨も何も無かった。

 ただなんか呆気ないな、とだけ思った。


 だがしかし、まだまだ終わりでは無かったのである。

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