第2話 初めての救済
俺が一度死んでから三日がたった。奇跡的に(おそらく神の力で)無傷だった俺は次の日から学校に行き、放課後には人通りの多い交差点などに出向いてもみたが人の死には出くわしていない。まあ当然と言ったら当然だ。
四日目の学校が終わりため息がでるのも当然と言ったら当然だった。クラスでは今まで通り明るく振舞っているから余計にだ。
「やっぱり無理だよなあ……」
教室を出て一人呟く。
それに「どうした?」と反応してくれる人はいなかった。
外は雨が降っていた。他の生徒は傘や雨合羽を鞄から取り出している。天気予報など見ていない俺は当然そのようなものは持っていない。何せ朝は晴れていたのだ。
しかたなくそのまま外に出る。そこまでひどい雨ではなかった。このぐらいだとパンツまで濡れるということはなさそうだ。
急ぐ必要はなかったので俺はゆっくりと学校をでてすぐの坂を下っていた。坂には俺と遥か前方にいる傘を差した女子生徒しかいない。顔は見えないので誰かまではわからなかった。
前方の歩行者用信号が点滅し始める。それを見てした女子生徒が小走りに横断歩道を渡り始めた。
事件はそこで起こった。
向こう側から左折しようとした単車がマンホールでタイヤを滑らせた。乗っていた人は車体から離され、単車だけが横断歩道へと突っ込む。そして女子生徒に激突した。
俺は握りかけていたブレーキを離し女子生徒のもとへと急ぐ。
そして車道の隅に倒れている女子生徒の顔を見て驚いた。同じクラスの磯村さんだった。
磯村さん、と呼びかけてみても何の反応も示さない。
死んだのか……?
単車の運転者は青い顔をしていた。
俺はこれがチャンスだということに気づくまでしばらく時間を要した。
そして少し躊躇いながら、声に出さず、時間よ戻れと念じてみた。
すると、磯村さんの隣にいた俺は少し不自然な動作で自転車にまたがり後ろ向きに坂を上り始め、単車の運転手も単車にまたがり後ろ向きに反対の坂を上り始める。そして磯村さんまた横断歩道に戻り後ろ向きに坂を上り始めた。
巻き戻しが終わったのは俺が坂を上りきる少し手前だった。
少し戸惑いながら今度はちゃんと坂を下り始める。先ほどと同じように信号が点滅し始め、磯村さんが急ぎ始めたところで俺は叫んだ。
「危ない!!!」
俺は人生で一番大きな声を出したと思う。
反対側の歩道を歩く人やグラウンドで雨にも関わらず練習をしているサッカー部員までもが俺の方を向いた。
もちろん磯村さんも走るのをやめこちらを向いた。そしてそのすぐ先にスリップした単車が突っ込んだ。磯村さんは大きな音に驚き単車の方を一度向き再びこちらを向いた。
「ねえ、斉藤君」
追いついた俺に磯村さんは言った。
「こういうときって110か119かどっちに電話すればいいんだと思う?」
とても冷静な質問だ。
見ると単車の運転手は大した怪我ではなさそうだった。
「えっと、119はいいんじゃないか。ほら、単車の人そんなにひどそうじゃないし。110も別に事故って訳でもないし大丈夫だろ」
「でもガードレールあんなになってるよ」
と磯村さんは無残にひしゃげてしまっているガードレールを指差している。
「さ、さあ俺詳しいことはよくわかんないし」
「そっか……。私も面倒臭いのは嫌だからやめとくね」
「う、うん」
これ以上話したら面倒なことになりかねない。俺はその場を立ち去ろうとした。
「じゃあ、俺はこれで」
自転車にまたがった俺の背中に磯村さんは声をかける。
「斉藤君」
呼びかけられたら振り向かずにはいられない。
「なに?」
「偶然じゃないんでしょう?」
まずい……。
「なにが?」
答えは分かっているが一応聞いてみた。
「私を呼び止めたの」
「偶然だよ」
「違うよ。だって斉藤君は私を呼び止めるとき「危ない」って言ったもん。でもあのときは何も危なくなかった……」
…………どうやらもう逃げることはできないみたいだ。
結局僕は磯村さんに全てを話すことになった。
磯村さんは最初は当然信じてくれなかったけど、それを否定することができず、あの場面での辻褄も合うということで信じてくれた。
最後にこのことは誰にも言わないと約束までしてくれた。
そこまではよかった。でも別れ際の一言。
「斉藤君、私もこのこと手伝っていい?」
「はい!?」
「うん。だってどう考えても斉藤君一人じゃ無理だもん」
「いや、確かにそうだけどさ」
「だめ?」
う、磯村さんそんな悲しそうな目で見るのはやめてくれないかな。
「い、いいよ」
こうして磯村さんは僕を手伝うことになった。