第一話 生き返り
まだ間に合う。
初夏という季節に似合わず晴れなのか曇りなのかよくわからない天気。時刻はおそらく八時二十五分ごろ。
自転車に乗る俺はそう確信した。
この坂を下って信号を渡り最後に坂を上ればゴールだ。八時半の本鈴までにはまだ僅かに余裕がある。
今日遅刻しなかったら、今学期の遅刻数は20台に突入せず、連続遅刻数も8でストップできる。
が、猛スピードで坂を下る俺はついていなかったらしい。目の前の信号が赤に変わった。
まだ間に合うんだ。自分にそう言い聞かせブレーキを握る。自転車は止まろうとしない。もう少し強くブレーキを握る。それでも自転車は止まらない。思いっきりブレーキを握る。自転車はやはり……止まらなかった。
ブレーキ壊れてる!?
そう気づいたたときにはもう遅かった。
時速50キロ近いスピードで坂を下りきった自転車はそのまま自動車の行き交う交差点えと突入し一台の乗用車と衝突した。
斉藤雄祐としての14年と少しの人生、短かったけど楽しかったな。最後にそう思うと視界は真っ白になった。
気がつくとそこは何もない空間だった。
ここは、どこだ? 俺は死んだのか?
となるとここは死後の世界というやつだろう。
そこに突然2メートル近い長身で、白髪で白い髭をはやしてて、おまけに頭の上には輪まで浮かんでる、いかにも“神”といった感じの人が現れた。
「斉藤雄祐」
「は、はい!」
突然現れていきなり名前を呼ばれかなり驚きながらも返事をする。
「お前は一度死んだ」
やはり俺は死んだらしい。
「はい」
「不運な上に後悔の残る死に方だったと思う」
「はい」
「そこで、お前に運命を変えるチャンスをやろう」
「はい?」
「運命を変える、つまり生き返るチャンスだ。お前には一度生き返ってもらう。まあこの時点での生き返りは仮だと思ってくれたらいい。単に生き変えるだけでない、『時を巻き戻す力』を与える」
どうやらもともと高くなかった俺の頭の理解度は一度死んだことによって下がったらしい。言っている意味が全くわからない。
「それだけではない、お前にはその力を使って死ぬ人を助けてもらう。つまり人が死ぬのをを時を巻き戻して阻止してもらう」
ふむ、今度は少し理解できた。
「来月、つまり8月の終わりまでに10人の死を阻止すればクリアだ。その時点でお前の運命は変わりそのまま生き続ける事が出来る。また十人目を助けた時点でお前の力は消える」
「助けられなかった場合は?」
「お前の運命は変わらなかったということだ。続きも聞きたいか?」
「いや、いいです」
つまりはもう一度死ぬのだろう。
「うむ、力の使い方は簡単だ。時よ戻れといった感じに思えばいい。ただし巻き戻せるのは5分まで、また巻き戻した結果たまたま助かったという場合は数には含まない。あくまでもお前自身が助けようと思い、助かった人数のみを数える」
「わかりました」
「では健闘を祈る」
大方はわかった、ただ一つわからないことがある。
「あの、ちょっと待ってください」
「ん? なんだ」
「どうして俺なんですか?」
「というと?」
「俺みたいな死に方をした人はたくさんいるはずです。どうして俺を助ける、というかチャンスを与える人に選んだのですか?」
そう、俺にはこんなチャンスを与えてもらう理由などなかった。神を信じていた訳でもないし、特別いいことをした記憶もない。
「ああ、それなら簡単なことだ。たまたま私がその場にいた、それだけだ」
「は?」
「お前はテレビで奇跡の生還などというものを見たことはないか?」
「あります」
飛行機が墜落して一人だけ生きてたとか、何万ボルトもの電気が体に流れても生きていたとかの話だ。
「そういう奴もたまたま私が見ていたからだ。そういったものもお前と同じような条件をだしてきた」
なんとなくだが納得した。不幸中の幸いといったところだろうか。
消えかけた神が最後に言った。
「言い忘れたがその力を私利私欲のために使うと罰が当たるぞ」
次に気がつくとそこは病院のベットだった。椅子に座り祈っていた母は目を開けた俺を見て驚いて大声で医師を呼んだ。
まだはっきりとしない意識の中で俺は思った。この試練を俺はクリアすることができるのだろうか。
自分自身に問いかけた。今までに人の死を見たことがあるか? 答えはNOだ。つまり……この夏、大変なことになりそうだ。