like a flower
デビューからわずか半年で月9ドラマのヒロインに抜擢され、その後あらゆる作品に引っ張りだこの女優・花宮あいりさん。
その演技力はもはや憑依に近く、ファンの間ではイタコ系女優とも呼ばれています。そんな花宮さんの役作りやプライベートに迫ります!
―今日はよろしくお願いします。
「よろしくお願いします。」
―花宮さんと言えば、2年前にドラマ『咲いた、咲いた』でヒロインの『深川 椿』役としてデビューし、一気にその名を日本中に知らしめたと思います。当時の心境を教えてください。
「初めての撮影だったので、とにかく緊張していました。周りの役者さんやスタッフの皆さんにいろいろ教わりながら、ちょっとずつ慣れていって。ようやく溶け込めるようになったのは、もう撮影も終盤の頃でした(笑)」
―緊張なんて感じないくらい、堂々とした素晴らしい演技でした。恋愛に揺れる女性の役でしたが、当時役作りはどのようにされていたのですか?
「恋愛経験は豊富ではないので、難しかったです。相手役や友達のキャラクターをよく読み込んで、『この人のこういうところが私は好きだな』ときちんと感じられるようにしてから撮影に臨みました。」
―役の感情をご自分の中でリアルに感じられるようにされていたのですね。
「そうなのかもしれないですね。あんまり自分では分析してなかったのでわかりませんでした。」
―それで言うと、昨年の映画『ひまわりの歌』の『津田 とおる』役はどのように役作りをされたのでしょうか。
「特に変わりません。『とおる』はとにかくドラムを愛していて、それ以外のことはどうでもいい人でした。ドラムを続けるためだけに、学校に通っていました。なので、私もドラムを叩くためだけに現場に通っていました。」
―演奏シーンも、花宮さんご本人が全て演奏されたそうですね。
「私が監督に志願したんです。『とおる』の演奏は私にやらせてくださいって。それでないと、『とおる』をやり抜ける気がしなかったので。」
―ドラムの経験があったんですか?
「いいえ。ドラムどころか楽器は一つもやったことがなかったです。楽譜は読めないし、体力は追いつかないし、勉強することだらけでした。」
―それでも撮影期間を延ばすことなく、しかも素人感のないハイレベルな演奏をされたそうで、監督が驚いたというエピソードは有名ですよね。
「四六時中ドラムのことを勉強して、練習するうちに、体に馴染んでいったというか。むしろ『とおる』として当然のことなのに、なぜ驚いているんだろう、と逆にこちらが驚きました。」
―すっかり『とおる』になりきられていたのですね。さすが、イタコ系女優です。
「よくそう言われますが、私にはいまいちピンと来ないです(苦笑)。」
―おや、そうなのですね。失礼しました。
では、ここからは花宮さんのプライベートについて、いろいろと教えていただけたらと思います。露出が少ないためか、ファンの間でもプライベートが謎だと言われているようですが、オフの日は何をされているのでしょう。
「もともとインドアなタイプなので、基本的にはじっとしています。録画していた番組を見たり、本を読んだり。外へ行くとしても、一人で買い物したり、映画を見たりが多いです。」
―おひとりでのんびり過ごすことが多いんですね。
「そうですね。友達も少ないので(笑)」
―お友達もおとなしいタイプの方が多いのでしょうか。
「うーん、まあそうですね。もう少し活発な子もいますが、キャンプやサーフィンに誘ってくるようなバリバリのアウトドアタイプの子はいないです。」
―なるほど。では、花宮さんのなかでマイブームや気になっているものなどはありますか?
「マイブームは腹筋です。体は資本だなと最近つくづく思い知らされるので。オフの日でも鍛えないと、と思いますし、継続した結果が目に見えてわかるが楽しいです。気になっているものは・・・洗濯機ですかね。マネージャーが最近買い換えたらしいんですけど、新型のものはどれくらい高性能なのか、興味があります(笑)」
―意外と庶民的なところもあるんですね。なんだか安心しました(笑)
「よくミステリアスなイメージを持たれがちなんですが、ただ自己発信が苦手なだけで、普通の小娘なんです・・・なんかすいません(照)」
―いえいえ。こちらも変に構えてしまってすいません(笑)
最後に、来年5月公開予定の、花宮さん主演の映画『ミライコスモス』について、見どころを教えてください。
「私の演じる科学者『サクライ』が―――
机上のスマホが鳴る。画面には『マネージャー 西川』の文字が表示されている。花宮は人差し指で通話をタップし、スピーカーモードにする。続きを読むべく、雑誌に再び目を戻す。
「はい。」
『花宮か?』
「はい。今読み返してます。」
『悪い。撮影が前倒しになった。』
「え?先に撮るんですか。」
花宮は雑誌から顔を上げた。
『ああ、悪い。俺も粘ったんだが、午後から雷雨の予報が出てる。監督が連絡してきた。ネット記事の取材は後回しだ。撮影を先にせざるを得ない。』
「せっかくこの前のインタビュー読み直して、ほぼほぼ戻してたんですけど。」
花宮が口を尖らせるが、電話の声は悪びれた様子もなく『悪かった。』と言う。花宮は小さくため息をこぼした。
「わかりました。」
『10時から撮影だ。いけるか?』
この場合の「いけるか?」は、質問ではない。命令である。時計を眺めて素早く計算する。
「・・・これから読んで入れ直して、あとメイクを落として着替えます。30分後に迎えに来てください。」
『時間が無ければ入れ直さなくてもいいんだぞ。』
「それは無理です。西川さんもわかってますよね。」
花宮はそう言ってさっさと通話を切った。
「ったく。無茶ばかり言うんだから。」
花宮は広げていた雑誌を本棚へ戻し、クローゼットへと移動した。片付けたばかりのトートバックから台本を引っ張り出し、ラインマーカーの引かれたページを再度読み始める。
数分後、彼女は無表情に顔を上げ、鏡を一瞥してから洗面台で化粧を落とし始めた。
西川がインターホンを鳴らすと、化粧っ気のない女がパーカーにサンダルというラフな姿で出てきた。
「花宮。」
彼女は目も合わせようとしない。西川はひとつ息をついてから「サクライ。」と呼ぶ。
「カバン持つか。」
彼女はちらりと西川の指先に目をやり、次いでポケットを見た。
「2分前にガムを捨てた手で持たれては困る。」
不愛想にそう言い、さっさと歩きだす。西川は肩をすくめて後を追いかける。エレベーターに乗ると、西川のスマホが震えた。
「はい、西川です。お疲れ様です。ええ、今、ピックアップしたので向かいます。そうですね、15分ほどで着くかと思いますが。ええ。あ、コンディションですか?問題ないです。いつもどおり『サクライ』で現場入りしますので。はい。では後ほどお願いいたします。はい。失礼いたします。」
エレベーターから出ると、彼女は先に外に出て、車の前でぼんやりしていた。
「一人で出るな。前も言っただろう。」
西川が車を開けながら言うと、彼女は「私は子供か。」とぼやいた。
子供じゃなくて、女優だろうが。そう言いたい衝動をこらえて、西川はエンジンをかける。
「この車、新聞はないのか。」
彼女は後部座席用に吊るしているラックをごそごそと漁っていた。出てくるのはファッション雑誌やグルメ雑誌ばかりである。
「悪い。花宮のしか用意してなかった。」
「そうか。なら仕方ない。着いたら起こしてくれ。」
あっさりとした様子で言うと、彼女はイヤホンを装着し、目をつむった。西川はため息を吐いて、ドリンクホルダーに入れたボトルへ乱暴に手をつっこんだ。手から溢れる色とりどりのガムを、いっぺんに口に放り込む。
どんなものでも吸収して再現できるのは才能だ。彼女は何色にでも染まれる。とはいえ、『花宮あいり』まで抜けてしまうのは、いささか不便であった。
「プレーンな状態のお前を引き出してやれたら良かったんだけどなあ。」
信号が変わり、西川はアクセルを踏む。
何も入れていない真っ新な彼女に会える日は来るのだろうか。
その時、彼女は自分のことをどう認識するのだろうか。
噛み締めるガムは今や何の味もしない。バックミラーでは、見慣れた顔が振動に合わせて小さく揺れている。