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春霞の足跡  作者: 豆内もず
2話 オービット
9/30

9 ハッピーで病み病み

 彼女は憲吾を警戒することもなく、ゆらゆらと近くまで足を寄せた。底の分厚そうな彼女のブーツが、音も立てず進み続ける。憲吾は逃げるように半歩身を下げたが、彼女は遠慮なく言葉を続けた。

「やっほほー、金髪のお兄さんと尻尾髪のお姉さん。デート中? いいなぁ。とわも混ぜてよ。ちょうど退屈してたんだぁ」

 ずいずいと彼女の身が憲吾に迫る。憲吾は足をさらに下げ、両掌を前に向けた。

「い、いや、ちょっと待って。え? デートとかそれ以前に――」

 こんなところでこんな時間に、一体全体何をやっているんだろうか。

 真っ先に聞きたかったそんな疑問を、彼女の口から流れた「金髪のお兄さんと尻尾髪のお姉さん」という言葉が追い抜いて行った。

 憲吾は急いでかすみに視線を向けた。隣に浮かぶ幽霊は、いつも通り尻尾のような結った髪を揺らしている。

 ――かすみのことが見えているのか。

 ここ数日ではあり得なかった出来事。後ろにいる迷子幽霊が視認されている状態は、憲吾に困惑をもたらした。

 うろたえて硬直する憲吾と入れ替わるように、かすみが身を乗り出した。

「私のことが、見えるんですか?」

「にゃはは。こっちの台詞なんだがー」

「こっちの台詞……?」

「なんでとわのことが見えんの? ウケる」

 赤い彼女はけらけらと笑みを深め、大げさに身をよじった。

「まさか……」

 今度はかすみが憲吾のほうに目を向けた。間違いなく、彼女にはかすみの姿が見えているし、声も届いている。

 そして、視認されたことに対して、かすみと同じ感想を彼女も抱いている。十分すぎる要素がそろってしまった。

 かすみは喉を鳴らし、慎重に言葉を零した。

「もしかして、幽霊なんですか?」

「そだよー。ん? てかお姉さん浮いてんじゃん! お姉さんたちも幽霊……みたいな?」

「いや、俺は幽霊じゃないんだけど」

「私が幽霊で、こっちが生身の人間です」

「マジ!? とわ、とわ以外の幽霊さんって初めて見たかも! 見える人も初めて! 初めて尽くし!」

 そうして確定的な言葉が彼女から飛び出した。

 この数分で起こった出来事は二つ。かすみのことが見える相手が見つかったということ。そしてその彼女も幽霊だということ。

 あれほど町中を探し回って見つからなかったヒントは、人の気配のない山奥に落ちていたのだ。


 かすみといいこの子といい、どうして緊張感を生まない幽霊ばかりが現れるのだろうか。いや、怖いよりは多分マシなんだろうけれど。

 憲吾は鼻息を荒げる彼女に向け、おずおずと声を向けた。

「と、とわさん……でいいのかな?」

「とわちゃんね。ととわさんじゃないよ」

「……じゃあ、とわちゃん。いきなりで悪いんだけど、確認したいことがあるから、自己紹介をしてもらってもいい?」

「自己紹介? いいよー」

 彼女は音もなくその場で足を動かした後、堂々と胸を張った。

「とわはぁ、二重十和(にしげとわ)ちゃんって言うの」

「にしげ、とわ……」

「二重跳びの二重に、十字架の十、和三盆の和で十和。ハッピーで病み病みな享年セブンティーンだよぉ。遠慮なくとわちゃんって呼んでね。よろしくぅ」

「よ、よろしく」

 二重十和と名乗った彼女は、憲吾の前に手を差し出した。彼も併せて手を出したが、彼の手は十和の手をするりとすり抜けていった。それを見て、十和は再びけらけらと笑い始める。

 二重跳び、十字架、和三盆、ハッピーで病み病みな享年セブンティーン。わずか数秒間の彼女の名乗りの中で、憲吾の脳容量は限界を迎えそうになっていた。

 しかしながら、目的の手がかりが目の前に現れてくれたのだ。しかもかすみと違い、彼女にはしっかりと記憶が根付いているように見えた。

 このヒントを逃してなるものか。憲吾は大きく息を吸って、虚空を掴んだ右手をポケットに突っ込んだ。

「十和ちゃん。少し話を聞かせてもらってもいい?」

「よきよきー。てか質問攻め過ぎー! 二人も自己紹介してよぉ」

 わかりやすく頬を膨らませた十和を見て、こちらもわかりやすくかすみが頷きを返した。

「そうですね。自己紹介をさせるだけさせて、こちらが名乗らないというのはマナーがなっていません。唯一生身の君が道徳に反するなんて、どうかしていますよ」

「どうかしてるのはかすみさんの道徳だよ」

 幽霊二人に挟まれた歪な状況。せめて話の分かる幽霊であればいいが。憲吾は溜息を一つ挟み、自己紹介を始めた。

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