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春霞の足跡  作者: 豆内もず
2話 オービット
7/30

7 鏡を見てごらんよ

 翌日、時刻は午後十一時三十分。憲吾とかすみは軽自動車の後部座席で身を揺らしていた。舗装が甘い道路で揺れる車体と、まったりと流れる昭和歌謡が、憲吾の眠気を誘った。

 車で移動し始めて一時間半が経過しており、遠ざかる生活の気配に合わせ、濃い闇が辺りを覆っている。携帯電話に映る地図が正しければ、あと数分もすれば目的地に到着することだろう。

 辺りを囲む木々は全ての光を飲み込むように空高く伸びており、ヘッドライト以外の光はほぼ見られない。十分ほど前から景色が変わらない中、淡々と山道を上っているという感覚だけがある。


 霊感の有無にかかわらず、誰しもが気味の悪さの一つや二つを覚える環境であるはずだが、今の彼には不思議とそんな感覚はわいていなかった。それもこれも、隣で浮かれる幽霊のせいである。

 どういったシステムで座席に腰掛けているかはわからないが、かすみは窓の外を眺めた後、嬉しそうに声を上げた。

「夜中の山道は薄気味悪いですねえ。ああ怖い。ほら見てください、鳥肌鳥肌」

 携帯電話から漏れる淡い光がかすみの腕を照らす。白く透明感があってそう見えるだけなのか、本当に透けているのか憲吾にはわからなかったが、なんとなく見てはいけないものを見たような気分になって目をそらした。

「身体機能を見せびらかす幽霊のせいで、雰囲気が台無しだよ。ホラー映画とか見たことないの?」

「この先には心霊スポットがあるんでしょう? 憲吾君はやけに落ち着いていますね」

「この車中が既に心霊スポットみたいなものなんだから当然でしょ。鏡を見てごらんよ」

「見たって映りませんよ。ご存じの通り、私はお化けちゃんですから!」

 なんとも痒いところに手が届かない返答だ。ルームミラーに向かって呑気に手を振るかすみを見て憲吾は大きく息を吐き出す。

 ハンドルを握るドクターも憲吾の独言にすっかり慣れたのか、それに言及することもない。男二人と幽霊を乗せた軽自動車は、闇を割ってどんどん山奥へと進んでいく。

 

 由吊山展望台。彼らが向かっている、いわゆる『いわくつき』の目的地である。

 ドクター曰く、街灯りを一望できるこの展望台は、元々は人気のドライブデートスポットだったらしい。景観もよく静かなことから、夜になるとカップルが愛を囁きあいに来る、そんなロマンチックな場所。

 しかし、これは数年前までの話。

 飛び降り自殺が頻発しているだとか、幽霊が現れるようになっただとか、出所のわからない噂話が流れ始め、由吊山はデートの定番から姿を消した。そして今では動画配信者や大学生が肝試しにやってくる程度の心霊スポットと化している。

 由吊山の山道は灯りもほとんどなく、背の高い木々に囲まれていて昼間でもどことなく薄暗い。そのうえ生活道路としても使われておらず、元より人の通りがほとんどない。霊が蔓延る場所としてはこれ以上にない仕上がりだ。

 幽霊を引き連れている以上、恐怖心はかなり軽減されているが。本来であれば夜な夜な訪れることがはばかられるような場所だった。

 ――なんでそんな場所に向かってたんだっけか。

 憲吾は座席に背中を預け、昼間に聞いたドクターの言葉を思い返した。



「霊魂がこの世に留まるのは、後悔や恨みなどの強い念が原因だとされている。記憶喪失でそれらが抜け落ちていても、そういったものが集まりやすそうな場所に行けば、何かヒントが見つかるんじゃないか? 例えば、心霊スポットとかね。見える人間が見つからなくても、幽霊同士ならばお互いの姿を認識できるかもしれない」

 全ての発端は、意見を求めに向かった際にドクターから返ってきたこの言葉だった。

 なんとも突拍子もないと憲吾は思ったが、反論が思いつかなかったこととかすみが乗り気だったことで、彼は大人しくドクターの言葉に乗った。


 そうして彼らは夜な夜な車に揺られている。

 ――単に心霊スポットに行く口実が欲しかったんだろうな。

 嬉々として車を走らせるドクターを見ながら、憲吾はうっかり口車に乗ってしまった自分自身を呪った。


 勢いよくかけられるブレーキが、ぼうっと思考を浮かばせている憲吾の睡魔を吹き飛ばした。インテリジェンスな雰囲気を出している割に、ドクターの運転は度が過ぎて荒い。

「さあ、着いたよ。由吊山展望台だ」

 車を降りるドクターに続き、憲吾たちも車を飛び出した。想像以上に深い闇を懐中電灯の光だけが照らしている。じりじりという電子音のような虫の声が、遠くに来たという現実を実感させた。

「暗いですね。さすがは心霊スポット」

 憲吾は辺りを懐中電灯で照らしながら呟いた。木々に囲まれる駐車場の中、一筋の歩道が浮かび上がっている。おそらくあの先に展望台があるのだろう。

「どうだい? 何か霊的なものは感じるかい?」

「霊的なもの……」

 風景に目を凝らしてみたが、憲吾の頭には不気味という感想しか浮かび上がってこなかった。この感覚は霊感などではなく生理現象に過ぎないだろう。

 同様に辺りを見回していたドクターは、木々並ぶ闇のほうにカメラを向けシャッターを切った。閃光と鋭い音が響く。

「まぶしっ。いえーい。心霊写真心霊写真」

 彼女が憲吾の目以外の媒体に映りこまないことは、既に検証済みである。それなのにわざとらしくレンズ前を横切るかすみを見て、憲吾は笑みを零しドクターに言葉を返した。

「特に何も感じませんね。そもそも俺に霊感はありませんし」

「お憑きの幽霊君の様子はどうだい?」

「えーっと――」

 幽霊さんはもはや、同族以外のものに興味津々みたいですよ。なんのためにここに来たと思っているんだ。憲吾は懐中電灯で展望台のほうを照らしながら足を進めた。

「ドクターのカメラの前を横切って遊んでいます」

「……相変わらずマイペースだな」

 ドクターは懐中電灯の光を顔に当て、不気味な笑みを浮かべたまま踵を返した。彼の先には背の高い木々とけもの道が広がっている。

「展望台は反対方向ですよ」

「わかっている。君たちは先に展望台デートでも楽しんできてくれ。私は近辺を少し調査してから向かうとするよ。何かあったらすぐに連絡を寄越すこと。写真を撮ることも忘れないように。あくまでこれは、オカルト研究会の活動の一環だからね」

 彼はそう言い残して闇へと消えていった。

 いつの間に会に所属させられていたんだろうか。ぼうっと考えを浮かべながら、憲吾は肩から下がったカメラを見つめた。

「憲吾くーん! 置いていっちゃいますよー!」

「あーはいはい。暗いからゆっくりね。俺はかすみさんと違って浮いてないから足元が――」

「学科で浮いてるから大丈夫ですよ!」

「次それ言ったら泣いちゃうからね」

 こっちはこっちで緊張感がなくて困る。おどろおどろしさの欠片もない彼女のおかげで、憲吾は一抹の恐怖すら感じないまま展望台へと向かった。

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