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春霞の足跡  作者: 豆内もず
4話 ペリジー
30/30

30 面白いことは信じた方がお得でしょ

 歩の成仏から数日が経過した七月の始まり。憲吾はオカルト研究会を訪れていた。例年に比べ梅雨前線が急ぎ足で過ぎて行ったこともあってか、ここ数日は晴れ間が続いている。

 夏の入り口とは思えないほど冷え切った部室で、憲吾はドクターにここ数日で起こった諸々を伝えた。

 雨森診療所に現れた幽霊が成仏したこと、生き別れた亡き姉のこと、そしてその姉の研究について。

 それら全てをリアクションもなく聞き終えたドクターは「そんな事だろうと思ったよ」という言葉をこぼした。憲吾は肩透かしをくらい、ぐらりと身をよろけさせる。

「リアクション薄っ。そんな事というのは?」

「幽霊の正体。二重十和が生きているということがわかった時点で、君の言う幽霊がオカルトの範疇ではないことを確信していたからね。それが君の姉の研究で補完されたというだけの話さ」

「わかっていたなら早く言ってくれたら良かったのに」

「話を最後まで聞かずに出て行ったのは君だ」

 ぐうの音も出ない。押し黙る憲吾を横目に、ドクターはつまらなさそうにノートパソコンを叩いた。

 周囲で一番幽霊に詳しいであろうドクターがそう言うのだから、姉の研究と幽霊騒動が結び付いているという憲吾の予感は間違っていないのだろう。

 憲吾は長台詞で乾いた唇を舌でなぞり頭をかいた。

「今までの幽霊は全部、意識が具現化したものなんですかね?」

「そう考えるのが妥当だろう」

「だとしたらなおさら、俺にだけ見えるっていうのが不思議ですよね」

 ドクターは手を止めて視線を憲吾に向けた。何かおかしな事を言っただろうか? ドクターの怪訝な顔に、憲吾は頭を傾けて返した。

「なんですか?」

「まさか君は、まだ自分の役回りが偶然だと思っているのかい?」

「全てが偶然だとは思いませんけど、そもそもは偶然の出会いですし」

 頬を染める憲吾を見て、ドクターは深く息を吐いた。

「おそらく、この騒動には筋書きがある」

「筋書き?」

「君と幽霊達との出会いは運命などというファンシーなものではなく、誰かの意思によって引き起こされているということさ。偶然ではなく必然だと言ったほうがしっくりくるね。君も私も、決められた役割を全うしているに過ぎないよ」

 ドクターは再び視線をノートパソコンに戻した。合わせて憲吾は深く頭を落とし腕を組む。効きすぎた冷房が、憲吾の身を震わせた。

 誰かの意思によって引き起こされている。つまり、憲吾に見える力があったわけではなく、意図的に見えるように仕向けられていたとドクターは言いたいのだろう。

 仮にそうだとしても、生き別れの弟というポジションだけでは、輪に入る理由として弱い気がする。

 憲吾は幽霊と過ごした数ヶ月を思い浮かべて顔を上げた。

「これまでの出来事が誰かの思惑通りだったとして、ドクターにはもう目星がついているんですか?」

「目星というのは?」

「誰がどういう目的でこんな事をしているのかなと」

「巻き込まれた私に目的なんてものがわかるわけがないだろう?」

「ですよね」

 溜息を吐いた憲吾に向け、ドクターは「ただし」という言葉を添えた。向けられた指が、憲吾の動きを止める。

「誰が引き起こしているかについては、君にも心当たりがあるんじゃないか?」

 憲吾は浮かんだ像を振り払うように、再び頭を落とした。「ですよね」ともう一度吐きたくなった口を結び、床のシミを凝視する。

 ドクターの推測が正しいものだとすれば、思い当たる人物は一人しかいない。憲吾が最初に出会った記憶喪失幽霊、かすみである。

 彼女がいなければ全ては始まらなかったし、彼女が筋道を立てていたと考えれば辻褄が合う。しかし、それに至るまでには大前提を崩さねばならなくなる。

 憲吾はもう一度頭を振り、ドクターの方を向いた。

「でも、かすみさんには記憶がないんですよ? 裏回しができるとは思えませんが」

「本当に記憶が無ければね」

「嘘ってことですか?」

「無いと偽るのは簡単だ。やれと言われれば私にも出来る。正体の最有力候補が君の姉なのであれば、なおさら怪しいね」

 信じられないが半分、信じたくないが半分。抵抗の言葉も吐けず、憲吾は口を一直線に結んだ。

 研究の発案者である姉がかすみの正体で、何かを成そうとして憲吾を操っている。考えれば考えるほど、疑う余地が無くなっていく。歩と将棋を指していた時のように、状況が憲吾の思考を止めた。

 ドクターは深く息を吐いて、カップを口元に運んだ。

「兎にも角にも決定打が足りない。情報の数で言えば君と私に差異はないから、これ以上の問答は時間の無駄だよ」

「もう少し情報を集めるしかないってことですか」

「せいぜい足を動かしてくれたまえ」

 諦めるように首を振った憲吾を見て、ドクターはキーボードを叩いた。

 足を動かす。それでどうにもならなかったから、ここまで時間がかかってしまっているわけなのだが。肩を落とした憲吾の耳に、扉を勢いよく開く音が届いた。

「お邪魔しまーす!」

 清涼飲料水のように溌剌とした声が、乾燥した部室に響き渡る。こんな僻地に来客だなんて珍しい、というぼんやりとした感想を浮かべ音の方を見つめた憲吾は、声の主を見て目を見開いた。

 幅の広いサングラスに、シンプルなマスク。帽子を深く被っていることも相まって、顔の露出はほとんどない女性がそこにはいた。これでもかというほど怪しい人物にも関わらず、憲吾は確信を持って声を上げた。

「歩さん⁉︎」

「おおぅびっくりした。いきなり本名呼びときたか」

 名前を呼ばれた彼女は、扉を閉めながら装備を取った。光を吸い込んだ黒い髪が艶やかに揺れる。背後からドクターの「やかましいな」という呟きが漏れ聞こえる。

「誰だい?」

「知らないんですか? 超有名な女優さんですよ!」

「女優?」

「ほら、例の幽霊の──」

「ほう」

 囁くように話す憲吾の声が、ドクターの相槌に吸い込まれる。

 憲吾たちの前に現れたのは、数日前に成仏した歩だった。しっかりと扉を開けて入ってきたから、間違いなく実体である。

 実体というだけでは説明できないほどの存在感のせいで、ただただ惚ける憲吾に満面の笑みを向け、彼女は部屋の中央に足を進めた。

「こんにちは」

「こんにちは……。どうしてこんなところに?」

「君を探していたんだよ。古沢憲吾くん」

「えっ、俺を?」

 超有名女優である彼女と憲吾の間には、幽霊だった頃以上の関わりはない。憲吾の身に一握りの期待が宿る。

 しかしそれは、一呼吸の間に溶けてしまう。

「これを拾ったから返そうと思ったの。あっさり見つかってくれて良かったよー」

 歩はポケットに手を突っ込み、一枚のカードを取り出した。憲吾にも見覚えがあり、最近行方をくらましていたカード。憲吾の写真も名前もバッチリ記載されている学生証だった。

 諦めて再発行を依頼しようかと思っていたものが、あんなところから姿を現すなんて。憲吾は再会の喜びに勝るほど身を跳ねさせた。

「うわっ! ちょうど困ってたんですよー! ありがとうございま──」

 飛ぶように伸びた憲吾の手が空を切る。歩がいたずらめいた顔で、生徒証を背中に隠した。

 点になった目を向けると、歩は空いた方の手を振った。

「返す前に答えて欲しいことがあるんだけど」

「な、なんですか?」

「私が不在の間に、雨森診療所に忍び込んでいた理由だよ。あと私は本名を公開していないの。どこでその情報を仕入れたの?」

 鋭い目が憲吾に向けられる。しかしその目には、不審や疑念ではなく興味が多く含まれていた。

 診療所への侵入に気付かれたということは、生徒証をその場に落としていたということに他ならない。十和に忠告をしていたにも関わらず、自身が失態を犯すとは。

 診療所の件にしても本名の件にしても、言い訳の余地はなさそうだ。

 しばらくの間、憲吾は頭を捻り続けたが、諦めて息を吐き出した。

「実はですね……」

 憲吾は口火を切り、数日前に至るまでの出来事を話し始めた。



「信じてもらえないような話ですけど、事実なんです」

 事の顛末を話し終え、憲吾は祈るように歩を見た。

 おそらく十和同様、歩にも肉体を離れていた頃の記憶は残っていない。とんでも話に対する罵声の一つや二つは覚悟しておくべきかもしれない。

 しかし憲吾の予想に反し、歩は嬉々として手を鳴らした。

「話してくれてありがとう。ようやくスッキリしたよー! はいこれ、返すね。あっ、サインでも書こうか?」

「結構です。ありがとうございます」

「なーんだ。残念」

 あっさりと手元に返ってきた生徒証を受け取り、憲吾は目を丸くした。驚きのあまりサインを断ってしまったことを後悔しつつ、歩に目を向けた。

「信じてもらえるんですか?」

「信じるよ。なぁにその反応は。信じない方が良かったの?」

「いえ。なんというか、ここまであっさりと信じてもらえるとは思っていなかったので」

「面白いことは信じた方がお得でしょ」

 信じてもらえなかった時の為のとっておきももらっていたのに、使わずに済んでしまった。憲吾は呆然とそれをポケットに放り込んだ。

 歩はしみじみと腕を組んだあと、憲吾の方を指差した。

「生徒証を返したことだし、お礼の一つでもしてもらおうかな」

「お礼?」

「さっきの話に出てきた将棋の女の子に会いに行きたいな。案内してよ」

「十和ちゃんに? 今からですか?」

「うん。こういうのは思いついた時にやっといたほうが良いからね。今日は一日オフだから今から行こう!」

 歩は憲吾の手を掴み、早々に出口へと足を進めた。お礼の強要と考えれば暑苦しいが、そのくらいの願いなら容易い。むしろ二人の再会は憲吾の願いでもある。

 憲吾は歩に了承を返し、黙々とキーボードを叩くドクターに視線を向けた。

「ということで、行ってきます」

「病院に行くなら、お使いを頼むよ」

 ドクターは引き出しから何かを取り出し、それを憲吾に投げた。受け取ったそれは、鳥の形をした大ぶりなキーホルダーに紐がくくりつけられたネックレスのような物だった。

「これは?」

「病院の近くで拾ったんだ。持ち主に返しておいてくれ」

「持ち主って……。誰が落としたかわかるんですか?」

「いいや。とりあえず見えるように首から下げて、病院内をうろうろしてくれれば良いよ」

 適当を言ってくれる。見つからなければ病院の事務にでも渡してしまおう。

 今にも部屋から飛び出しそうな歩を連れ、憲吾は病院へと向かった。

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