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春霞の足跡  作者: 豆内もず
2話 オービット
13/30

13 出会いに理由は求めない主義なのでー

 看板が大きく掲げられている商店街の入口で、取り残された幽霊二人は街の景色を眺めていた。そんな二人のすぐ横を、陽気なサラリーマン達がすり抜けていく。

「かすみんも……楽しかった?」

 サラリーマンの姿を目で追いながら、ぽつりと十和が呟いた。かすみより少し低い位置にある頭が、様子を伺うように揺れる。

 十和に遠慮して、少し身を引いていたのを察されてしまったのだろうか。かすみはふっと息を漏らした後、十和にブイサインを向けた。

「とーっても楽しかったですよ。今日ほど笑ったのは、幽霊になってから初めてかもしれません」

「ほんとぉ!?」

「ええ。こんなことを言うと、憲吾君に怒られるかもしれませんけど」

「良かったぁ」

 十和はかすみに顔を向け、にっこりと微笑んだ。

 笑ったときに少し見える八重歯が、この子の可愛さを増幅させているんだろうか。はたまた、他者を気にかける健気さがそう感じさせるのか。

 かすみはそんなことを考えながら十和の頭に手を置いた。触れたように見えて触れていない。温かさも感じられない。それでも十和は、照れくさそうに身をよじる。

 がやがやと賑やかな声が響く。どうやらこの商店街のゴールデンタイムはこれかららしい。

 ここから一番近いお手洗いでも、帰ってくるまでに十分はかかる。憲吾のいないうちに話をするにはもってこいのタイミング。かすみは穏やかな顔を浮かべたまま口を開いた。

「憲吾君に私たちが見える理由、十和ちゃんにはわかりますか?」

「えっ?」

「十和ちゃんも私も、憲吾君以外には認識されませんし、憲吾君にも私たち以外の幽霊は見えていません。これってとても不思議なことだと思うんですよ」

「不思議と言われれば……不思議かも……」

 十和はぽかんと口を丸くさせた後、考え込むように頭を落とした。団体が二組、再び彼女たちの横をすり抜けていく。

 憲吾とかすみが出会って一か月ほど。憲吾が認識できた幽霊は、かすみと十和の二人だけ。なにかの縁があってのことかと思いきや、契機が憲吾から飛び出してくる様子はない。

 偶然だと割り切ればそこまでの話ではあるが、かすみはどうにもそれが出来なかった。

 ――多少の記憶を有している十和なら、ひょっとすると何かがわかっているのかもしれない。

 かすみは十和の言葉を待ち続ける。

 考え込んで一分ほど、十和は小首をかしげながら顔を上げた。

「なんで見えるかは十和にもわかんないなぁ。でも、そこはどうでもいいかなーって」

「どうでもいい、ですか?」

「うん! けんけんだけに私たちが見えることには、多分何かの理由があるんだと十和も思うよぉ。実は昔会ったことがあるとか、前世で恋人だったとか! そういうのだったら素敵だよねぇ。ひょっとしたら、因縁なのかもしれないなぁ」

 十和は視線を宙に泳がせた後、楽しそうに指を動かした。

「でも、きっかけや理由が何であれ、出会って良かったぁって思ってもらえる方が十和的には嬉しいの。だから十和のやることは一つ! 超楽しい思い出を作ってから成仏する! 出会いに理由は求めない主義なので―」

 堂々とそう語った十和を見て、かすみは目を丸くした。思った通りのリアクションが返ってこなかったのか、十和はきょろきょろと視線を泳がせる。

「……あれ? 十和、なんか変なこと言った?」

 少しの間の後、かすみは吹き出す様に笑った。

「いいえ、言ってませんよ。ふふっ。そうですか」

「えー! 笑ってるじゃん!」

「あまりに斬新な意見だったのでつい。でも、私好みの返答で非常にグッドです」

「褒め……られてる?」

「ええ。すごく褒めていますよ。参考にさせてもらいますね」

「わーい褒められたぁ」

 十和はころころと表情を変えた後、悦に浸るように目尻を下げた。

 楽しい思い出を作ってから成仏する。普段は軽口を叩きながらも、不安定でいつ消えてしまうかもわからない存在であるという自負があるかすみには、根付いていない発想だった。

 そしてそれは、彼女の迷いを払拭するに十分すぎるほどの感覚だった。

 目的は変わらない。未練を晴らして成仏するだけ。それまでの過程は、確かに楽しいほうが良い。

「十和ちゃんは本当に素敵ですね。お友達になれて良かったです」

「えへぇ。私も―」

 かすみは笑みを深め、もう一度十和の頭に手を置いた。


 しばらくの間の後、かすみがふと視線を上げると、何やら手荷物を携えて戻ってくる憲吾の姿が目に入った。彼は小走りで二人の元までより、ちょいちょいと手を動かして影の方に彼女たちを誘導した。

「おかえりぃ」

「随分と早かったですね」

「……そう? 走ったからかな」

 憲吾は息を整えた後、辺りに人がいないことを確認してから、携えた紙袋を十和の方に向けた。

 十和はきょとんと首をかしげる。

「なぁにこれ?」

「お土産」

「お土産? 十和、おトイレさんのことを観光地だとは思ってないよ」

「もちろん俺もそうだよ。ほら、今度来るときはお土産をよろしくって、この前十和ちゃんが言ってたじゃん。まさかそっちから来るとは思ってなかったから用意してなかったんだけど……」

 憲吾は笑みを浮かべ、紙袋の封を切る。味気ない色味の包装紙から、艶々と輝くクレープが姿を現した。

「十和ちゃんにあげるよ」

「これって……」

「ラフールのクレープだよ。あの店ネットでも注文できるから、さっき予約しといたんだ」

 十和は目を見開いて、穴が開くほどの視線をクレープに向けた。淡黄色の薄い生地から飛び出す果実の数々。それぞれがファンシーな形にカットされており、その隙間からは溢れんばかりの生クリームが顔を覗かせている。

 なるほど。確かにこれであれば、目で楽しむという言葉も理解できる。しみじみと感慨深さに耽っていた憲吾だったが、しばらくしても十和からリアクションが返ってこないので、不安になって口を開いた。

「あれ? ひょっとしてあんまり嬉しくない?」

 憲吾の声で我に返ったように、十和は身を大きく振った。

「違う、違うの! びっくりと感動がたくさん溢れてきて、なんて言えばいいかわかんないの!」

「そっか。本当は食べてもらえたら一番良いんだけどね」

「そんなことないよぉ! 十和、すっごく嬉しい! お誕生日みたい! もっと見て良い?」

「好きなだけどうぞ。そのために買ってきたんだから」

 店側はまさか幽霊に見せるために買ったとは思っていないだろうけど。クレープを中心に円を描くように回る十和を見て、憲吾は安堵の息を吐き出した。

 その様子を見ていたかすみが、くすりと笑みを浮かべて囁いた。

「驚きました。意外とスマートなところがあるんですね」

「意外は余計だよ。ほんと一言多い幽霊だなぁ」

「ふふっ。……せっかくですし、写真の一枚でも撮ってみてはいかがですか?」

 かすみの指が憲吾のポケットに向けられる。物事を写真に納める習慣がない憲吾は、小首を傾げた。

「写真かー。どうせ後で見返さないしなあ」

「思い出を形に残すというのは、とても大切なことだと思いますよ。一言多い記憶喪失幽霊ちゃんからのアドバイスです」

 憲吾はかすみに目を向けた。彼女はぺろりと舌を出し、おどけた表情を浮かべていた。

 飄々と言葉を放ってくるせいで、今の言葉をどの程度受け止めるべきなのか、憲吾にはわからなかった。

 しかし、思い出が形として残っていない、姿かたちさえも定かではない、そんな彼女からの言葉は重々しく彼に突き刺さった。

「言葉の重みがすごいね」

「おや? そうですか?」

「わかった、撮っておこうか」

 憲吾は空いた手でポケットから携帯電話を取り出し、カメラアプリを起動する。

 街灯の光が僅かに差し込んでくるくらいで、建物の影は光量が薄い。眩しく光る携帯電話の画面に、華やかなスイーツが映りこむ。

「あっ、写真撮るのー? 可愛く撮ってねぇ」

「了解。慣れてないから文句は受け付けないけどね」

「何回でも撮り直していいよぉ。いえーいぴーす」

 クレープの後ろから顔を覗かせる十和が、画面を通して憲吾に語りかける。シャッターを押す直前、強烈な違和感が憲吾を襲った。

 数回の瞬き。画面に映る景色は変わらない。さっき買ったクレープと、赤みの多い顔で満面の笑みを浮かべる少女。意を決してシャッターを切ると、そのままの景色が切り取られる。

 かしゃりという機械音の後、十和が口を尖らせた。

「もう! 急にシャッター切るとかありえないんだがー」

「ご、ごめんごめん。……え?」

 憲吾は困惑しながらレンズをかすみの方へと向けた。画面には薄暗い路地が映るだけで、かすみの姿が画面に映ることはない。それもそのはず。レンズを通すと幽霊が見えなくなることは、既に検証済みなのである。

 しかしどうだろう。写真フォルダを見返すと、半目でピースサインを作る間抜けな幽霊がしっかりと写りこんでいるではないか。

「ちょっと二人ともこれ見て!」

 憲吾は二人に写真を向けた。十和とかすみは目を細めて画面を見つめる。

「ちょ、ちょっと待ってよぉ。なんでこんなタイミングでとるの!?」

「ふふっ。十和ちゃん超半目ですね。愛嬌があってかわいいです」

「ないない! 超おブスちゃんじゃん! やだぁ」

「盛り上がるのはいいけど、そこじゃないって!」

 憲吾は画面内に切り取られた十和に指を向けた。

「写ってるんだよ! 十和ちゃんが!」

「写ってるよ十和ちゃんが。それがどうかしたのぉ?」

 十和は小首を傾げ、不満そうに腕を組んだ。相変わらずの十和に反し、かすみは何かに気づいたように目を見開いた。この場においてはかすみの反応こそが正解なのである。

 憲吾は息を吸い込んで、ゆっくりと言葉を吐き出した。

「幽霊は写真に写らないはずなんだよ」

「ええっ!? でも、十和はちゃんと写ってるよ?」

「私が何回やっても写らなかったのに、不思議な話ですね……」

「……幽霊にも、個体差があるってことか?」

 憲吾はもう一度カメラアプリを立ち上げ、十和の方にレンズを向けた。先程とは打って変わり、彼女の姿をカメラが捉えることは無かった。

「あれ? 写らなくなってる……」

「なにそれー! じゃあさっきのは奇跡の一枚だったってことぉ?」

「そうなるね。言葉の意味は大きく異なりそうだけど。ええー……。何がどうなってるんだ?」

 シャッターを切る。薄暗い路地が写るだけで、どちらの幽霊の姿も納まっていない。

 しかし、心霊写真には見えないほど鮮明な幽霊の像が、間違いなく自身の画像フォルダに保存されている。

 状況の整理が追い付かず、憲吾は大きなため息を吐いた。あまりに落ち込んだ彼の様子を見て、おずおずと十和が声をかける。

「とりあえず……クレープ食べるぅ? 写真も撮ったし、十和もじっくり見て楽しんだし」

「……そうだね。そうするよ」

 原因は全く持ってわからないが、十和の姿を写真に納められたことは、ポジティブに考えればありがたいことなのかもしれない。いや、本当に原因がわからなくて気持ち悪いけど。

 憲吾はそんなことを考えながら携帯電話をポケットに突っ込み、クレープに噛り付いた。どろりとした甘みが、乾いた憲吾の喉に張り付いた。

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