2.ならず者たちの王/パワフルでダイナミック/嘘つきの匂い
「盗賊連合の首魁、キトラ・ゴドーだな」縄で両手を後ろ手に縛られた騎兵隊長が、ゴドーを睨む。
「だったらどうした。俺を捕らえるか? その状態からどうやってやるのかは知らんが」
ゴドーを首領とする野盗の一団は、農村を略奪しようと攻め込んで来た30人からなる騎兵隊を一人残らず生け捕りにした。
「聞いているぞ。この界隈でならず者どもを組織化している奴がいるとな。貴様らのお陰で、戦が遅々として進まん。何処かの拠点を陥すたびに現れては周辺を掃討する部隊を襲うからだ。貴様ら、マルスと繋がっているのか」
「そりゃ面白くない誤解だ」とゴドーは吐き捨てるように言った。「俺たちゃ盗賊だ。金を持ってそうな奴ぁ分け隔てなく襲って奪う。敵の砦から財産をごっそり懐に収めた兵隊なんてのは、格好の餌だ。ミネルヴァだろうがマルスだろうがな」
ゴドーが「おい」と手下の一人に声をかけると、用を察した手下は、馬車の荷台から戦利品をあさり、その中から一つの兜を取り出して、ゴドーに投げた。
ゴドーはそれを受け取ると、騎兵隊長の目の前に転がした。マルス伯の麾下であることを示す紋章の入った兜である。
「一体、何が目的だ」
「金だっつってんだろ。お前、話聞いてねえのか。お前らの大義名分なんざ知ったことじゃねえ。選帝侯だの神聖皇帝だの二重空位だの、俺たちには何の関係もねえんだよ。勝手にやってろ。俺たちも勝手にやらせてもらう」
「ならず者どもが……」と騎兵隊長は毒付く。
「いや、否定はしねえけどよ、これはお前らにとってもラッキーなことだぜ? 俺たちは金さえ手に入りゃあ、お前らが生きてたって死んでたって別に構いやしねえんだから。お前らを殺さなきゃ気が済まねえような連中に捕まるよりは幾分かマシだろ。
ただ、当然と言っちゃなんだが、お前らが生き残るには条件がある。出来るだけ、俺が喜ぶような話をすることだ。例えば、金を持ってそうな騎士だの貴族だのは、次にどこを攻め込もうとしてるかとかな。
そう、お前らが死ぬ場合の話もしとくか? そうじゃなきゃフェアじゃねえからな。
俺は荒くれ者だって自覚はあるが、別に好んで人を殺して回るわけじゃねえ。そういうのは快楽殺人者のやることだ。
だが、やむにやまれぬ事情でお前らを殺すとなれば、俺はお前らを丁寧に細切れにして、丁度、この村で飼ってる豚の餌にするつもりだ。その方が、環境に優しいだろ? 意識があるうちに、お前の手や足を豚が有難がって食う様がちゃんと見届けられるようにしてやるよ」
「外道が」
「おいおい、お前だって豚を食うだろうが。逆に豚がお前を食ったって、文句言う筋合いはねえだろ」
「いや、あるだろ普通に」
持っていた財産、武器、甲冑を根こそぎ奪われて、兵隊たちは解放された。村長の館の地下に囚われている、その隊長だけを捕虜に残して。「隊長と共に丸腰で俺たちともう一度戦うか、隊長を残して開放されるか」ゴドーが兵に二択を迫ったためだ。こうすると、隊長が自らの部下に見捨てられるという状況を意図的に作り出すことが出来る。
「ミネルヴァとマルスの境界で大規模な会戦が行われるとすれば、場所は限定される」
隊長はもはや、仲間のために命に代えても情報を保全しようという意志を失っていた。指先で、地図上にある平野を囲んで円を描く。ノルド大森林の西に広がる平原である。
「狭いな」とゴドーは呟いた。
隊長は目を細めた。「ならず者とはいえ、それなりに戦を見る目があるようだな」
ノルド大森林の南側には、『オルクス湖』なる湖が広がっている。その湖と錯雑した森に挟まれて、ミネルヴァから平原に至る地形は細くすぼまっていた。
「ここが広けりゃ、戦がこんなに長引くことはなかっただろ。どっちが勝つかはさておき、ドンとぶつかって勝った方が王様ってだけの話だ」そうだろ? とゴドーは隊長に確認をとる。
「そう。この細くすぼまった地形を『ヴェスタ回廊』と呼んでいる。ノルド大森林はエルフたちの土地だ。断りなく足を踏み入れて、エルフどもの逆鱗に触れれば余計な厄介ごとに巻き込まれることになるし、かといって反対側の湖の上を進むことも出来ん。
互いにまとまった陸上戦力を敵方に送り込むとが出来ず、散発的な戦闘を多方面で展開するよりない。これが、この戦が長引く原因だ」
「ではまた、別の方面から攻めることにしたわけか? じゃなきゃ、お前は俺の関心を引き続けることが出来ない」
「『別の方面』……まあ、そうとも言えるし、そうでないとも言える」
「俺はあまり長話の好きなタイプじゃねえ。簡潔に話して、話の最後には『おわり』と付けろ」
「何だそれは?」と隊長は訝しむような目をしてから、話し始めた。
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「王様! いよいよ来おったわ!」
王の居室のドアがけたたましく開け放たれると、そこから乗り込んで来たヘルマン・プライは咄嗟に目を伏せた。「いや、すまんすまん」
王と王妃が濃厚なキスを交わしていたためである。
「だから、その、ノックをさ……」と王はしどろもどろに言う。彼らには、プライバシーだとか、デリカシーだとかいう概念が無いのだ。なぜ、こちらが言い訳するような気分にならなければばならないのか。
「まあ、いいじゃないか。私らが愛し合ってるのは、秘密にするようなことじゃないだろ?」王妃セルピナはあっけらかんと言い放ったが、そういう問題ではない。
「いや、もっと、先に進む可能性もあったわけで……」クオンはそのプロセスを見られたことに対する羞恥と、中断させられたことに対する不満とが混じり合った気持ちで反論してから、プライに尋ねた。「それで、何が来たって?」
「まずはマルスの連中だ。我らにもマルス側として参戦せよと抜かしてきおった。奴ら、未だに我らウルカヌスがマルスの手下だと思っておる」
「何て答えたの?」
「叩きつけてやったわ。『お前らの小競り合いなど知ったことか。武器が欲しいなら売ってやる。正面から堂々と戦うならば』ってな」
「いいんじゃない? 僕には難しいことは分からないけど、とにかくこの国は自由であるべきで、ドワーフの斧は自由のために振るわれるべきだ。
それで、『まずは』ってことは『次は』もある?」
「そうだ。次はミネルヴァだ。『自治国家であるウルカヌスを、マルスが不当に占拠してきた事実を我々は承知している。マルスの無法はこれに限らぬ。メルクリウス選帝侯国に共に連なる領邦として、手を取り合ってこのならず者を誅戮しようではないか』ときた。
当然『お心遣い痛み入る。しかしながら、現在マルスがどのように主張しようと、我々の独立は果たされており、マルスとウルカヌスの間に領土問題は存在せず、また我らはマルスとミネルヴァとの間における今次の係争には一切関知しない』と返したが、こりゃまた来るぞ。どっちもな」
「下手をすれば、戦いになる……」
「いや、おそらくこれはすでに、そんな段階じゃあない。上手くいって片方との戦、下手をすりゃ両方だ。どっちも肝心の主戦場があるから、こちらに寄越す戦力に限りがあるってことだけが救いだな」
「ここが戦場になる……」とクオンは腕を組んで唸ってから、続けて尋ねた。「これを止めるためには、そもそもマルスとミネルヴァの戦い自体がなくなってしまえばいい。これで合ってる?」
「まあ、それはそうだが、そんなことが出来るのか?」
「やるさ。僕たちドワーフは、自由のためだったら何だってするし、誰とだって戦う。けど、犠牲は少ない方がいい。そうだろ?」
「確かに……確かにそうだな。何だか、出来る気がしてきたぞ!」プライはにわかに表情を明るくした。ドワーフというのは概して楽天的だ。
「そうなったら、出来るだけ情報が欲しい。特に、ゴドーさんと、コガ……、いや、バンプフィルド・ムーア・カリュー……じゃなく……、グレガー・マクレガー……でもなくて、ヴィクトル・ルスティグ! そう、ルスティグ伯の動向を」
「あれは不思議な男だな。掴みどころがない」とプライはこめかみを掻いた。嘘をつくという発想を持たないドワーフにとって、詐欺師というのは最も理解の難しい生き物だ。
「そうなんだよ。霧のような人だ。多分、また名前を変えてる」
「とにかく承知した。分かったことはすぐ伝える」そう言うと、プライは短い手足を一生懸命にバタつかせて、王の居室から走り去って行った。
「シンタ……」とセルピナが不安そうに、クオンの顔を覗き込んだ。
「大丈夫。僕に任せといて。けど、これだけは謝らなくちゃいけない。僕は、もう一度、悪党に戻るよ。この国の平和と自由を、悪党たちから盗み取る」
「それが悪だと言うのなら、私は悪党の嫁で結構さ。地獄に堕ちても、アンタがいりゃあ楽しめる」とセルピナはクオンを抱きしめ、ベッドに放り投げた。
「パワフルなんだよなぁ……」クッションに沈みながら、クオンは呟いた。
セルピナはその上に覆いかぶさる。「そして、ダイナミックさ。それがドワーフの愛だ」
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街を歩いていると、たまにふと、自分と似た匂いのする者を見つけることがある。
アレッサンドロ・カリオストロ(仮名)こと古賀 敏景(仮名)は、これまでその優れた嗅覚で獲物を嗅ぎ当ててきた。自分は騙す側の人間だとタカを括っているような奴、そういう連中が、彼のメシの種だ。
目配せだったり、仕草だったり、声色や、イントネーションだったり、そういうもののわずかな偏りに、嘘つきのクセが出る。
この日彼は、喫茶店のテラスでぬるい紅茶のカップを傾けながら、視界の端に、そういう匂いのする1人の少女を捉えていた。
別に珍しいことではない。朴訥な農夫が都会人の幻想であるように、純粋な子どもというのも大人の幻想である。
歳の頃は12とか、3とかいったところだろうか。白い頬にうっすらと赤みのさした、青い瞳の少女である。襟ぐりがよれて白茶けたワンピースに、表面のケバ立った皮のサンダルを履き、周囲を窺っている。一見みすぼらしく見えるが、発色の良い唇や頬を隠し切れていない。
他人を騙して奪った金は、当然飲み食いにも使われるだろう。良い物を食っていれば、それは当然身体に出る。
貧しい少女を演じるなら、化粧か何かで血色の悪い肌や唇を装うべきだ。もっとも彼なら、あえて貧乏人のフリなどしないだろうが。
「カリオストロ卿、お待たせして申し訳ない」と声をかけられ、古賀はその声の主に笑みを返した。
恰幅の良い中年の紳士である。「いやしかし、どこもかしこも、戦、戦で嫌になりますな」とぼやきながら、古賀の向かいに腰を下ろす。
「まったく」と頷きながら、古賀は相手の瞳を覗き込んだ。
(嘘をつけ。軍への物資調達で相当溜め込んでいるだろう)
「カリオストロ卿のご紹介がなければ、アタシらのような零細など、あっという間に吹き飛んでおったところです」ちょっとやそっとのことでは吹き飛ぶことのなさそうな、丸々とした腹をさすって紳士は言った。
「またまた、ご冗談を。それで、本日はどのような御用向きで?」
古賀がそう尋ねると、紳士はやや表情を曇らせた。
「いや、またお知恵を拝借したいと思いましてね。何せほら、ここのところ、良くない噂も聞こえてくる」
「こういうご時世ですから。多過ぎてどれのことやら」
「いえね、アタシらも、ここいらじゃそれなりに土地を持っとるわけです。今マルスの地価は値上がりしとるでしょう」
「普通の感覚で考えれば、マルス伯のお膝下は、領内でもっとも安全ですからな。無理もない」
「ところが噂じゃ、ミネルヴァの連中が直接ここ、マルスの直轄領に火を放つなんて話もちらほら聞こえてくるもんですからね、ここは一つ、カリオストロ卿のご意見をお聞かせ願いたいと」
古賀は一つ、咳払いをして、「ウエスタ男爵領の話はご存知でしょう」と話し始めた。
「ああ、話によれば、ノルドの森に手を出して、腹を立てたエルフに焼き払われたとか」
「表向きは、そうなっている」
「表向き……ということは、裏がある」紳士は身を乗り出した。
「エルフやドワーフといった亜人は、文化が違いますからね。戦一つとっても、我々と違って、戦名乗りで攻撃の理由をいちいち説明したりしません。
これは、人間の秘密部隊が、戦の作法を破って大量破壊兵器を持ち出したような場合、その罪を被せるのに丁度いい」
「ですが、それではエルフの連中も黙っとらんでしょう」
「ところが存外、エルフたちにとっても、都合の悪いことではなかった。ウエスタがエルフの里にちょっかいを出したのは事実です。
これまでエルフたちは、人間社会に対して『我々はそちらで起きる何事にも干渉しない。だから我々にも干渉するな』という態度を一貫してとってきました。
少なくとも敵ではないというのを示すために、ノルド大森林を『スノッリ辺境伯領』として、形式上はメルクリウス選帝侯から下賜されたという形をとっていますが、忠誠心も連帯感も持っていません。
同じ領邦国家であっても、攻撃されれば当然、反撃の用意はあるでしょう、しかし、それを誰かが代わりにやってくれるのだとすれば? それも、エルフの仕業と匂わせる程度に」
「要するに、エルフにとっては、本来彼らが負担すべき戦費や人員を、誰かが肩代わりして、エルフ名義の報復と威嚇をやってくれた」
「そう考えるのが自然でしょうな」と古賀は目を細めた。「そうなると、ウエスタの街を、前触れもなく一夜で更地にした犯人は誰かということを考えねばならない」
「ミネルヴァ……」紳士の顔から血の気が引いていく。
「そして、音もなくウエスタに忍び寄り、一夜で街を灰にする技術があるなら、彼らは今後、それをどのように使うべきか」
「こうしちゃおれん!」紳士はカフェの給仕娘が持って来た茶にも目をくれず立ち上がった。
「まあ、そんなに慌てても仕方がありません。何せ、ウエスタが焼き払われてから3年、それまでに同様の件が起きていないことを見れば、連中にも何か事情があるのでしょう。あるいは、然るべきタイミングというやつがある。それが、今日この時でないという保証はありませんが」
古賀は、もう一度席に座るよう、紳士を促した。情報には、当然対価が必要だ。それが、全くのデタラメだったとしても。先ほどまで視線の端でうろうろと通りを彷徨っていた少女は、路地裏に入ったものか、見当たらなくなっていた。
「失礼、気が急いていけませんな。卿のお話に釣り合うかは分かりませんが……」と前置きして、紳士は早口に、マルス伯の孫娘が行方不明だという話をすると、再び席を立って急ぎ足に去って行った。
不意に気配を感じ、背後を振り向くと、そこには先ほどの少女が彼を睨んでいた。「お前、嘘つきだな。そういう匂いがする」
古賀はそれに微笑で答え、「なるほど」と呟いた。




