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5.悪党たちの恋愛観

「あー、もう! キリがないよ、マジで」久遠は手に持った資料を床に放り投げた。


 落ちた紙束は、床に溜まった埃をわっと巻き上げる。


「おい、埃を立てるなよ」と後堂が文句を言う。


「全く、誰じゃ、こんなになるまで放っておいたのは」ディスカウが顔をしかめた。


「アンタだよ!」久遠と後堂は声を揃える。


 ディスカウの家に匿われてからというもの、もう何日もずっとこんな調子だった。


 ディートリヒ・フィッシャー・ディスカウの地下室は、足の踏み場もないというのも比喩ではなかった。


 床を覆い尽くして積み重なった図面や資料が複雑な凹凸を作り、下手な林道よりよほど足場が悪い。


 その資料を拾って目を通し、領主とのやり取りに関連するものを選り分け、そうでないものを棚に戻していく。


 古賀は座り込んで、そうした資料の一つ一つに目を通している。「しかし、すごいぞ。この資料の山は。人間の領地に持って行けば、かなりの価値になるんじゃないか?」


「アンタ、見たところ相当賢いのう」ディスカウは目を細めた。「同族同士で殺し合いばかりしとる連中と、同じ種族だとは思えんわい」


「そういうアンタも武器職人だ」と後堂が言った。確かに、そこまで戦を嘆く人が、武器を作って生計を立てているというのは矛盾するように思える。


「剣だの槍だので戦うなら、ワシも文句は言わん。ところがどうじゃ。奴ら投石機だの、(いしゆみ)だの、自分の手に血がかからんように、出来るだけ遠くから沢山殺そうとするじゃろう。

 生きとる相手の肉を斬る感触から目を逸らし、自分が殺される恐怖を感じないように戦おうとするから、ダラダラダラダラいつまで経っても戦がおさまらんのだ」


「だからあんたは剣や鎧を作るのか?」


「他人を殺そうとするなら、自分も殺される覚悟をせよ。その覚悟で戦う者にはそれなりの理由があるじゃろう。そういう奴が生きて帰ってくるように、ワシは剣や鎧を作るわけだ」


「ワシも同感だ」とプライも鼻息を荒げる。「物陰からコソコソやるようなのは、男の闘い方じゃない」


「そうじゃとも。唸る筋肉、軋む骨、滾る血液、これが男の戦い方じゃ」


「重たい戦斧!」


「分厚い段平!」


「甲冑もろとも頭の先からケツの穴まで真っ二つ!」


「それが戦う男の粋ってもんよ!」


 2人のドワーフは興奮気味に声を揃える。2人は本当に仲良しだ。お陰で全然片付かない。


「アンタら! いい加減にしな!」階段の上から怒号が響くと、プライとディスカウは肩をすくめた。ディスカウの奥さんだ。


 ディスカウの奥さん、ゲルダは、久遠たちをとても歓迎してくれた。その訳は、後堂たちがディスカウを、久遠がセルピナを助けたということももちろんあったが、何より、人間の男の多くはドワーフの男と比べてずっと几帳面だということを知っていたからだと思われた。


 ディスカウとゲルダは、歳が離れた夫婦である。ゲルダの方が大分若いらしいが、彼らには自分の年齢を数える習慣がなく、お互いに自分が何歳で、夫婦の年齢がいくつ離れているのかを知らない。


 会話の中で感じるジェネレーションギャップで、何となくこのくらい離れているらしい、と認識するにとどまる。


 ディスカウとゲルダの間には2人の息子がいるが、「大体このくらいの大きさになったら大人」という具合に成人し、今は2人ともこの街を離れているのだという。


 また、自分の年齢を数える習慣がないために、彼らには歳上を敬うという文化がない。自分が何歳で、他人が何歳か、誰も知らないからだ。


 ゲルダも当然、歳の離れたディスカウに対して全く遠慮が無かった。


「アンタ、お客さんに片付け手伝ってもらって、何子どもみたいにはしゃいでんだい!」


「とても説得力がある」久遠は呟いた。


 昼食の用意が出来たとゲルダが言うので、3人の悪党と2人のドワーフは、大人しく階段を登る。






 久遠の目から見る限り、ゲルダはとてもいい奥さんだった。料理は本当に美味しかったし、お店や家の掃除、片付け、洗濯をして、ディスカウの作る武具の材料の仕入れや、場合によっては納品もする。


「すまないねぇ、お客さんにあんな汚い部屋の掃除を押し付けちゃって」とゲルダは大きな皿に山盛りの肉料理を運びながら声をかけてくれた。


 ディスカウは果敢にもこれに抗議した。「ゲルダ、違うんじゃ。あれはな、大事な探しものなんじゃ」


「探さなくていいような所にちゃんとしまっとかないから、そういうことになるんだよ!」とゲルダは厳しく指摘した。


 後堂は手羽元の骨でディスカウを指す。「それが人間の手に渡らないようにしたいなら、あの状態で目的を達してんじゃねえのか?」


 ディスカウは「でもなぁ……」と縮こまった。「先代の手記はワシらの有利になるかもしれんし、そもそも、失くしちゃったって言ったら、カッコがつかんじゃろう」


「カッコなんか、最初っからついてないだろ」とゲルダは言ってから、「バカだねぇ……」と呟いた。


 セルピナに聞いた通りだ。


「いいなぁ、僕もいつか結婚したいなぁ」と久遠は呟いた。


「マジかお前」後堂は、喋る犬でも見たような表情をする。


「え、変?」


「いや、我々のような生き方をしていると、なかなか考えにくいだろう」と古賀が言う。


 「我々のような生き方」とは、例えば詐欺師だったり、喧嘩屋だったり、泥棒だったりすることを、婉曲に言ったのだと久遠にはすぐに分かったが、ドワーフたちは違う風に受け取ったようだった。


「確かに、旅から旅へというんじゃ、なかなか難しかろう」とディスカウが言うと、ゲルダもうんうんと、真剣な顔で頷いた。彼らにとって、家族を持つというのはとても重要な問題なのかもしれない。


「ここに住めばいい」とプライが言った。「年頃の娘だっているしな。ドワーフの女はいいぞ。働き者だし、力も強い。気の強いところもあるが、心根はとても優しいんだ」


 久遠はそのことについて考えた。「確かに、ゲルダみたいな奥さんがいたら、毎日が楽しそうだ」


「ああ。毎日が楽しいぞ」とディスカウが言った。こういう風に堂々と自分の気持ちが言えることは、とてもいいことだと久遠は思う。


 ゲルダは恥ずかしがって、意味もなくディスカウの肩を叩いた。


「それで、どうなんだ? セルピナとは」贔屓の球団の試合が始まる前みたいな様子で後堂が尋ねると、古賀やプライ、ディスカウとゲルダまでが視線を久遠に集めた。


「いや、まあ普通だよ」


「お前、男と女に『普通』なんかねえっつうの。お前が普通だと思ってることは他の奴にとっちゃ普通じゃねえわけ。ほら言え。その『普通』とやらの内容を」


「別に、付き合ってるわけじゃないし」


「そんなの関係あるかっつうの。『好きです。付き合って下さい』ってか? いねえよそんな奴。ガキじゃあるまいし」と後堂が興奮気味にまくしたてる。普通なんか無いと言いながら、随分一般論を振りかざすじゃないかと久遠は不満に思った。


「大人の恋愛はシームレスだからな。というより、世界的に、交際にあたって口頭ないし書面、または電子上で契約を結ぶようなやり方の方が珍しい」古賀も後堂に同意するようにうなずいたが、言い方がややこしくてそれが本当に後堂への同意だったのか、正確には分からなかった。


「何と、アンタらの故郷じゃ恋愛に契約を結ぶのか」とディスカウは丸い目を一層丸く見開いた。


「もちろん、きちんとした書式の契約書を交わすわけではありませんが、一方が交際を申し出て、一方が受諾することで成立し、それをもって肉体的な接触が許され、双方の当事者は、交際の成立している間、暗にその交際関係を保全する義務を負うという、ほとんど契約と言っていい様態をとります」と古賀は説明した。「もっとも、そういう形式が守られるのは、多くの場合、学生の間くらいですが」


「なるほど。それは面白い」とプライが歓声を挙げる。


「いや、それはいいんだけどよ、結局、ヤることはヤったのか?」後堂はせっかく逸れかけた話題を焦れたように久遠に返す。


「何にもしてないって」


「何も?」と今度は古賀が怪訝そうな視線を久遠に向けた。


「ゲルダの作ってくれたご飯を2人で食べて、お話するだけ」


「は?」後堂は、まるで理解出来ないというふうに声を上げた。「お前、毎晩通って、2人きりの空き家にいて?『美味しいね、美味しいね』って?」


「いいじゃん、別に」


「お前、下の方がダメなのか?」後堂は心の底から哀れむような目で久遠を見る。彼なりに、食事中であることを最大限顧みた言い回しのようだった。


「違うってば!」


「久遠、『お友達作戦』は下策中の下策だぞ」と古賀も諭す。「男としては警戒心を下げる狙いがあるんだろうが、女性は一度『お友達』とラベルを貼った男を恋愛対象として見ない」


「確かになあ」とプライもうなずく。何か心当たりがあるのかもしれない。


「アンタたち、あんまり野暮なこと言ってんじゃないよ」料理がひと段落したゲルダが食卓に座るなり、男たちをたしなめた。「人には人のペースってもんがあるんだからさ」


「なんて良心的なんだ。もっと言ってよ」と縋るように久遠は言った。


「いや待て、ゲルダ」と後堂は遮る。「これだけは言わせてくれ。男と女はスピード勝負だ。ヌルいこと言ってタラタラやってるようなノロマに限って、他の男に掻っ攫われた時にグチグチ恨み言吐くんだよ」


「いいの! 僕には僕のやり方があるんだから!」と久遠は強く抗議した。


「やり方があるんじゃなくて、ヤリ方を知らねえだけだろ」後堂はまるで、いい歳をして働きに出ない息子に向けるような困り顔をする。


「ホント最っ底! 僕はすぐ女の人の所に転がり込んだり、3人も4人も手をつけるような人たちとは違うんです! 僕はこういう、街の喧騒に隠れて過ごす、限られた、2人の静かな時間を大切にしてるんだから」


「お前はシンガーソングライターか」後堂が呆れて眉を寄せる。


「いいじゃないか。初々しい」とゲルダが笑顔で言う。「ただ、気持ちは早く伝えた方がいいかもね。セルピナにとっちゃ、アンタが何で自分に良くしてくれるのか、どこまで頼っていいのか戸惑うよ。関係がはっきりすれば、頼りやすくなるんじゃないか?」


「とても説得力がある……」と久遠は呟いた。「こうだよ。アドバイスっていうのはさぁ」


 後堂は憮然として腕を組んだ。「何だ偉そうに。俺の言うことだってタメになるだろうが。この世に数少ない真実だぞ?」


「いや、全然効果なしだね。全く響かない。ゲルダの一言だけがズシッと来たわ。僕は今夜、セルピナに好きだって言う。あくまでゲルダのアドバイスでね!」久遠がそう宣言すると、ゲルダは少し誇らしそうにした。


 やはり、女の人の気持ちは女の人に聞くのが一番だ、と思う反面、実は、「他の男に掻っ攫われる」という後堂のセリフも大分効いていた。


 今夜、セルピナに自分の気持ちを伝える。そう決心した時、彼は心の底の方に、重く沈む澱のような疑問を感じた。


 誰かと一緒に生きていく時、僕は今までと同じ生き方をしていていいのか?





 前領主の手記を見つけたと古賀が声を上げたのと、ディスカウが後堂の武具を仕上げたのとは、この日の暮れ方、ほぼ時を同じくしてのことだった。



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[良い点] 他人の恋バナはいいよな。いくらでも無責任に言える
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