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1 .『螺旋街道』と『おおよそ無限機関』

 すり鉢状の巨大な窪地に、螺旋状の街道と、勾配の急な細い坂道が網目のように張り巡らされていた。ブリキか、トタンか、錆色の金属で覆われた家々が、それに沿ってひしめくように立ち並んでいる。


 窪地の中央には大きな工場のようなものが高い煙突をそびやかして、灰色の煙を朦々(もうもう)と吐き上げ、そこからなにがしかの動力を供給しているものか、大小のパイプが町中の施設に張り巡らされていた。


 中央の施設(例えば発電所だとか石油備蓄基地のような、動力施設のように見える)の中にある、おそらく巨大な装置から発する音だろう、ごうん、ごうんと、獰猛な肉食獣の寝息みたいな低い唸りをあげると、これに槌で金を打つ高い音、歯車がきりきりと噛み合いながら回転する音が、大路小路の合間を縫って、合いの手を打つように応える。


「この街のある窪地はな、大昔、良い神様と悪い神様が戦った時に出来たと言われとる。高台から見れば分かるだろうが、キレイな円形だ。どっちの神様がやったか知らんが、神様からすりゃこの大地を凹ませるのなんぞ、水面に石を投げるようなもんだってことだな」


 そう説明を加えるのは、この街の測量技師である、ヘルマン・プライというドワーフの男だ。太く短い体幹に太く短い四肢を持った背の低い男だが、小柄と言うにはその体躯は逞しすぎた。反面、長い髭に覆われた顔には、つぶらな目と、丸く大きな鼻が付いていて、どことなく人懐っこい。


 プライはまるで観光ガイドのように、街を歩きながら、目に映るものを片っ端から説明していく。


「この街道が螺旋になっとるのはな、ドワーフにはおっちょこちょいが多いからだ。すぐ道に迷う。道が螺旋状になっておれば、例え間違えて進んでも、そのうちどこかには辿り着くだろう。同心円状だと、同じところを延々ぐるぐる回り続けることになるし、碁盤の目状だと、端まで行ってしまう。だから、道に迷ったら、脇道に入らずこの螺旋街道に沿って歩くといい」


 3人の悪党は、エルフの集落セレスで聞いた通り、3つの農村を経由して、このドワーフの街、ウルカヌスに辿り着いた。3つ目の農村で居合わせたこのヘルマン・プライという気のいいドワーフは、偶然にも、彼らがこの世界に来た最初の街、プロメテウスの居酒屋で、後堂がひと暴れした際に、彼に挑みかかり、あわや顔面に一撃を入れかけた男である。


 後堂とプライは、荒くれ者同士通じ合うものがあると見え、この道程ですっかり意気投合していた。


 プライは街に入ってすぐの(うまや)に馬をつなぎ(どうやら馬は共用らしい)、厩の主人に話をつけると、久遠たちの馬車もそこに停めさせてもらえることになった。


 それから、プライの案内で、街を見物して回ることになったのである。


「なるほど。ところで、張り巡らされているこのパイプは何です?」古賀が頭上に走る大小のパイプを指した。太いものでは人の胴回りほどもある。


「これはな、蒸気を巡らせておるのよ。街の真ん中に、大きな建物があっただろう。あれはな、ワシらが発明した『おおよそ無限機関』というものだ」


「おおよそ無限?」久遠は首を傾げた。『無限』と『おおよそ』はあまり並べて使うべき言葉ではないように思える。


「この世に無限などというものは無いだろう。だが、果てが知れん場合はある。だから、『おおよそ無限』ということにしておる」


「まあ、納得出来る」と後堂が頷いた。


「その、『おおよそ無限機関』から、蒸気を運んでいる?」古賀が尋ねると、プライは我が意を得たりというふうに大きく頷いた。ドワーフたちにとって、かなりの自信作なのかもしれない。


「そう。『おおよそ無限機関』は、水の魔石と炎の魔石を組み合わせて造られておる。水の魔石からドバドバ水が出て、それを下から炎の魔石でごうごう煮るわけだ。そうすると、蒸気が出る。すごい勢いでな。それを各施設や家庭に送っておるわけだ。

 蒸気は風車の要領で、色々な装置の歯車を回す。使わない装置は歯車を外してある。使う時には歯車を噛み合わせてやると、装置が動き出すわけだ。余った蒸気は煙突から逃す」


「すげえ分かりやすい」久遠は感心した。


「原理はな。ただ、丁度いい塩梅で各施設に蒸気を送るのはなかなか大変だった。この街は全て、ワシらの緻密な計算の上に成り立っておるということよ」プライは胸を叩く。


 と、その拍子に、頭上の細いパイプの1つから、真っ白な蒸気が音を立てて、勢い良く真っすぐに吹き出した。パイプの繋ぎ目が緩んだらしい。


「緻密な計算は?」と久遠はからかった。


「緻密に計算したことと、その計算が合っているかということは、また別の問題だ」プライは当たり前のようにそう言って、腰に巻いた革の工具入れからスパナのような工具を取り出した。「ゴドー卿、ワシを肩車してくれ」


 後堂が素直に従って、プライを肩に担いで立ち上がる。


「これはいい。ドワーフはお前さんらと比べて背が低いからな、普通なら3人は必要だ」


「肩車に? 脚立や梯子があればいいのに」と久遠は言う。


「それを持ってくるくらいなら、そこら辺の奴をつかまえて、肩車する方が早い。ドワーフの身体が太く逞しいのは、仲間を肩車するためだ」と言いながら、プライは器用に蒸気を避けながら、パイプの継ぎ目のネジを締めた。


 朦々と噴き出していた蒸気はみるみる細くなっていき、すぐに消えた。


「早いもんだ」と後堂はプライを肩から下ろしながら、感嘆の声を漏らした。


「調子が良かったり悪かったり、成功したり失敗したりするのは当たり前のことだからな。壊れないものを作るより、壊れた時にすぐ修理出来るものを作る方が結局長持ちする。ワシらはそうやって物を作る」


「なるほど、一理ある。だが、壊れると困るものもあるだろ。修理を待っていられないような状況で使うもの」


「例えば、武具だな」とプライは言った。「そういうのが得意な奴もいる。そうだ。お前さん、武具が欲しいんだったな」


 後堂が頷くと、プライは嬉しそうに声を上げた。


「それなら、ドワーフの街に来たのは正解だ。腕のいい職人がごろごろいる。紹介してやろう。中でもとびきり腕のいいのをな。そうだ。家に行こう。アイツの奥さんはとても料理上手だ。何しろ、猪の首を片手で折るからな。丁度、手土産にとびきりの酒もある」


 料理とは? と久遠は思った。プライはずんずん先へ進んで行く。しかしその進んで行く勢いに比べて、あまり前に進んでいないのは、彼の脚が短いからで、脇道に寄らず街道を進んで行くのは、実は彼が道に迷っているからだということに、久遠は程なくして気付いた。





 ドワーフは背が低い。街道をすれ違うどのドワーフも、目の前のプライとさほど背丈は変わらず、140からせいぜい150センチといったところで、身長155センチの久遠からすると、この街は居心地がいい。


 ただ、困ったことに、もじゃもじゃの髭や短くて太い体躯、丸く大きな鼻といった身体的特徴があまりに皆似通っていて、個人を判別するのに難儀しそうだった。


 街道をしばらく進んでのこと、不意に二丁先の脇道から飛び出して、街道を横切る者があった。それが若いドワーフの女だと気付いたのは、彼女がやはりドワーフらしく、短くも逞しい四肢と体幹に、衣服の上からも分かる豊かな乳房と、髭のない頬に艶やかな肌を持っていたからである。女は周囲を見廻しながら、また街道を挟んだ反対側の脇道へと消えていく。


 その姿を見たのは一瞬だったが、どうも、ただ事とは思われない雰囲気である。


「セルピナだ」とプライは首を傾げた。


 と、彼女の出て来た脇道から、鎖帷子の腰に剣を()いた人間の兵士が5人か6人か、一瞬のことなのではっきりとはしないが、同じようにして街道を横切る。


「え、何? 女盗賊?」久遠は尋ねた。


「バカ言っちゃいかん。彼女はとても働き者だし、悪さをはたらくような娘じゃない。両親を亡くしても拗ねずにずっと頑張っとる」とプライが言う。


「確かに、そんな感じだ」と久遠が言うと、「あの一瞬で?」と古賀が怪訝そうにした。


「僕は目端が利く」


「なるほど」


「とにかく、何だか様子が変だ」とプライが心配そうに眉尻を下げる。


「追っかけよう」と久遠は言うと、腰に提げていた魔法の袋に手を伸ばした。エルフの集落でもらったものだ。袋の口に手を入れると、取り出そうとしたものが手に吸い付く。


 久遠が取り出したのは先に鈎のついたロープである。


「これはまた、えらく原始的だな」と後堂が率直な感想を漏らす。


「どんな場面でも役に立つのは、結局こういうシンプルなものさ」久遠は頭上のパイプにロープを放った。投げた鈎にロープを絡ませ、滑るようにこれを登る。


 パイプには蒸気が走っているという。素手で触れれば火傷は免れない温度だろうが、久遠の手足には、これもエルフの集落で手に入れた、魔獣の革をなめして作った手袋と長靴がはめられていた。恐る恐るパイプに触れると、熱に強いという謳い文句も伊達ではないことがすぐに分かった。


 ほんのり温かいという程度にしか熱を感じない。久遠は身体がパイプに触れないように、器用に身体を使ってパイプをよじ登ると、その上を走って、近くの建物の屋根に飛んだ。


「たいしたもんだ。軽業師か?」プライの歓声も遠くに聞こえるほど速く、家々を飛び移って、久遠はセルピナと呼ばれた女の背を追う。


 程なく鎖帷子をじゃらじゃらと鳴らしながら覚束なく駆けていく兵士たちの頭上に追いついた。


 丸い土地に螺旋状の街道を巡らし、その間に四角い建物が乱杭歯のようにがちゃがちゃと建って無数の死角を作り、また路地は複雑に入り組んで狭い。


 街には、その中心にある機械の作動音や、軒を連ねる家々からの槌音が絶えず飛び交っていて、物音に気を配る必要もなかった。


「面白い街だ」と久遠は呟く。


 なんだか全てが雑多で乱雑だ。とても緻密な計算とやらがはたらいているようには思えない。


 兵士たちはそれほど土地勘があるように見えなかったし、何より2人横に並べば肩が触れ合うほど狭く、複雑に入り組んだ路地を重たい装備で走るのは大変そうだった。一人、また一人と膝に手をついて立ち止まり、肩で息をする。


 同じように土地勘は無いが、屋根の上から見下ろすことが出来て、身軽な分、久遠は有利だった。


 しかし他方で、土地勘があって重い装備も付けていないドワーフの女が有利かというと、どうやらそういうわけでもなさそうである。


 手脚の太く短いドワーフの体型は、どう贔屓目に見ても長距離型とは言い難い。時折その強靭な四肢は目を見張るような瞬発力を発揮することはあっても、長い距離を追いかけっこするのには向いていないようだった。


 久遠はあっという間に女に追いつき、手頃なパイプにロープの鉤を引っ掛けて、屋根から地面に飛び降りた。


 突然上空からロープを伝って降りてくる男に驚いた女は、「うわっ!」と声を上げて腕を振り回した。その腕は久遠の首を捉えて、ちょうどラリアットのような格好になる。


「うわっ!」空中を一回転した久遠は、地面を転がって受け身をとると、すぐに立ち上がって名乗った。「僕はクオン。プライの友だちだ。セルピナさん、事情は分からないけど、君を逃す」


 自分の名前を名乗り、この街のドワーフの友人だということを示せば、彼女の警戒心もいくらか和らぐだろうかと久遠は考えたが、地面を転がった直後に自己紹介する男はやや不気味だったかもしれない。


「何故?」と女が訊ねるのを聴いて、久遠は思わず、うーん、と唸った。確かに。


「僕にもよく分からない。強いて言えば、女の子を寄ってたかって追いかけ回すのが気に食わない」


 機械の唸る音や槌で金を打つ音に混じって、慌ただしく駆け寄ってくる足音が聞こえる。その足音に半拍遅れてガチャガチャ鳴るのは、兵士たちの武具がたてる音だ。


「考えている時間は無さそうだ。有り難く、世話になるよ」とセルピナという女は言った。

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