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8.突貫! フルアーマー後堂!

 魔界の公爵ベリトというのは、なるほど、大した奴だ。


 アテにならない野盗同然の傭兵連中に、ポンコツの女魔族、強大だがコントロールの利かない魔物、限られた戦力を、集落の南に集中するため、あえてポンコツ1人を北に置き、包囲や挟撃を意識させ、防御側の戦力を分散させた。


 これによって、後堂は手痛い足止めを喰った。


 アグの話によれば、トロルを召喚したのはこのベリトである。


 ひしゃげた兜を小脇に抱え、集落へ向けて走る。鉄の関節がガチャガチャと音を立て、鎧の隙間で鎖帷子が揺れる。


「もうヤダ! 疲れた!」アグが文句を垂れる。その割に足は速い。


「うるせえんだよバカ! 俺の格好見ろ! こんな鉄の塊着込んで、文句言わずに走ってんだろうが! 大体、元はと言えばお前らのせいだぞ!」


「あ、またバカって言った! お前、バカって、何回も言ったな! 覚えてろよ!」


「ああ、忘れねえように、日記に書いとくよ」


「え、お前、日記つけてるのか? 結構マメだなあ。私のことなんて書く? かわいいって書く?」


「もう、お前、ちょっと黙ってろよ!」


 北の沼から集落に向けて走る2人は、もうずっとこの調子だった。


 集落の北の境界、栗の木の幹に繋いだ馬が見えた時、後堂はやっとひと心地つく思いだったが、アグが自分も乗せろと喚くので、また辟易しなければならなかった。


「私は馬に乗った事がない! 乗りたい! それに、もう走るのは疲れた。一番は疲れたってことだ!」


「だから、知らねえんだよ、マジで! てめえ、立場考えろよ! これからエルフの連中に頭下げんだろ! ワガママ言ってる場合かっつうの!」


「それは、色々、ちゃんと分かってからの話だろ? 人間の戦いに、エルフも本当は関係あるのかもしれないし。そしたら、私はやっぱり悪くなかったってことになるだろ」


「わずかな可能性に賭けてんじゃねえ!」


「だって、怒られるの嫌なんだもん」


「だから、『なんだもん』じゃねえんだわあ……」


「とにかく馬に乗せろ! 私はもう走りたくない! 馬に乗りたい!」


「だから無理なんだって。俺が甲冑着てるから、これ以上は重量オーバーだ。何回言えば分かんだよ」


「じゃあ脱げばいいだろう」


「1人じゃ脱げねえんだよ!」と後堂が癇癪気味に言うと、アグは笑った。


「ふふふ。お前、子どもみたいだな」


「構造上の問題なんだよ! クソが!」小脇に抱えた兜を再び地面に叩きつける。「とにかく、お前、これ以上ゴネるなら、置いてくからな」


「え……一緒に謝ってくれるんじゃないのか?」


「俺が何を謝るんだよ」


「だって、言ったじゃないか」


「言ってねえよ。ただ、お前が一緒に来るなら事情の説明くらいはしてやる。1人が心細いなら走ってついてこい」


「もう、走るのは嫌だって言ってるだろ! 大体、そんな走らなくったって、転移魔法を使えばいいじゃないか」


「テンイ? 何?」


「転移魔法! 全く、物を知らん奴だ。ここから、ベリト様のいる集落の南側に、転移魔法で飛べばいいと言っている」


「ちょっと待て。何だ、ワープってことか?」集落で久遠とした話を思い出す。エルフは交易に、遠い距離をワープする魔法を用いるのではないかという仮説だ。


「ワープ?」アグは首を傾げた。


「つまり、遠い距離を、一瞬で移動出来る?」


「だからそう言っているだろう。ここから集落の南まで、転移魔法で一瞬だ」


「お前、それ、使えるのか?」まさかとは思うが、と後堂は身構えながら、確認した。


「当たり前だろう」とアグは胸を張る。「私がゴブリンたちを、どうやって魔界から呼び寄せたと思ってるんだ。全く、少し考えれば分かりそうなものだがな」


「ちょっと待て、じゃあお前、まさかとは思うが、あの沼から集落の南に、直接飛ぶことも出来たのか?」


「全くお前は、全然分かってないな。私はベリト様の右腕だぞ? 出来て当然だろ」


「だったら何で俺たちは、必死こいて走ってたんだよ」


「あ、ホントだな! 変なの!」


「お前ほんとマジで、いい加減にしろよ……」怒りや呆れを通り越して、なぜか悲しみのようなものが込み上げてきて、後堂はそれ以上言葉を失った。


「怒ったのか……?」と、アグは不安そうに後堂の顔を覗き込む。


 後堂は無言でアグを睨んだ。


「分かった。怒らないでくれ。ベリト様の所に、一瞬で連れて行ってやるからな。一生懸命やるから」アグは慌てた様子で、そばに落ちていた木の枝を拾い、しゃがみ込んで地面に図形を描き始めた。


 時々、「これで良かったかな?」とか、「確か、こんな感じで」「ここは多分、こう」みたいなことを呟きながら、しばらくすると、「よし! 出来た。これで大体オッケーだ!」と自信満々に言い放つ。


「じゃあ、俺は馬で行くから、お前はその転移魔法とやらでベリトのとこに行ってろ」後堂は兜を拾い、馬の手綱を解いた。


「何を言ってるんだ。一緒に行こう。その方が早い」


「いや、いい。俺は馬で……」と言う後堂の腕を、アグは引っ張る。女とは思えない力だ。


「何を今さら遠慮してるんだ。来い。この魔法陣の上に乗れ!」


「いや、この際だから言うけど、めちゃくちゃ不安なんだよ。お前これ、確実に成功する自信あんのか?」


「自信は結構ある!」


「結構とか、多分とか多いんだよ!」と言うのも聞かず、アグは地面に描いた図形の中に後堂を引っ張り込むと、口の中で何かモゴモゴと念仏みたいなものを唱え始める。


 すると図形の外側、円形の縁から光のヴェールのようなものが立ち、後堂は思わず腕を引っ込めた。首を絞められ失神する直前みたいに、視界が白く染まる。









 と、次の瞬間、彼らは集落の中にいた。後堂が逗留していた、家のすぐ前だ。


「成功か?」周囲を見渡しながら、後堂は呟く。


「ちょっと、ズレちゃったな」まるで何ともない風に、アグは言った。


 後堂はゾッとした。ちょっとで済んだのは結果論だ。全く見当違いの場所に飛ばされる可能性の方が高かったのではないのか。


「後堂!」と聞き慣れた声がする方を見ると、家の窓から古賀と久遠がこちらを覗いている。


 その窓から2人の姿が消えたと思うと、間もなくしてドアが開いた。


「誰、その子!」と久遠が声を上げる。


「ご覧の通り、魔族だ」後堂はアグの角を指差した。「ちょっとした誤解から、戦う羽目になってな。こいつの呼び出す魔物は強力だったが、何とか話し合ってここに連れて来たわけだ」


「それで兜がそんなに……」古賀は後堂の抱える兜に食い入って、死闘の幻に生唾を飲む。これは自分で地面に叩きつけたのだとは口が裂けても言えなかった。


「本当は、その子といちゃいちゃしてたんじゃないの?」と久遠が疑いの目を向けて来る。


「お前、ほんと、それだけはマジで、天地がひっくり返ってもねえよ」と後堂はこれまでの苦労を思い返しながら、深く長いため息のように言った。


「ええ、可愛いのに。角がクルンとしてて可愛い」と久遠が言うのに、古賀もうなずく。


「ええ〜……そうかなぁ〜」アグは褒められた自分の角をくるくると指でなぞった。


「ほら、こういう奴なんだよ。大体な、俺は女がする中で、髪の毛をくるくるする仕草が二番目に嫌いなんだ。一番は飯の写真を撮ることな」


「角だからセーフ」と久遠は言う。


「後堂、食事の写真は男でもやる奴はやるし、今はそれどころじゃないぞ」古賀がまるで、自分は終始、集落の状況を真面目に懸念していたというような態度で話し始めた。「南側の攻勢が激しく、対処が追いつかなくなっている。それにまた、トロルが出たそうだ。エルフたちも対策を打っていたので足止め出来ているが、現在2頭のトロルが南の集落境界付近で暴れている。

 そのお嬢さんは私に任せて、後堂は南の加勢に向かうべきだ」


 後堂は顔をしかめた。「俺もこのポンコツ女を置いて行きてえ気持ちは山々なんだが、この女は南側を攻めてる魔族に用がある。この騒動も、そいつをとっちめれば、どうやらひと段落だ。トロル2頭と魔族1匹、軽く捻って来るわ」


「お前、またポンコツって言ったな!」とアグは頬を膨らます。


「後堂さんってさ、面倒見いいよね」と久遠が言った。


 後堂は久遠に耳打ちする。「なんか、憎めねえんだよ。俺は多分こういうタイプが一番苦手だ」


「ほら、後堂、急ぐんだ!」と古賀が急かす。コイツは自分の身を危険に晒すつもりはさらさらないらしい。


 と、その時不意に、南の方から聞こえる喧騒が一段激しくなった。エルフの射掛ける矢の雨を抜けて、魔物の一群が村に入り込んだのである。


 声の方を向くと、もうすぐ近くまで、打物を握ったゴブリンの群れが、夜目にも白く土煙を上げて、駆け出して来る。アグの使役するものと比べれば、段違いに殺気が強く、鎧兜で武装さえしている。


「ベリト様のゴブリンだ!」とアグが言う。


「悪いが、叩っ斬るぜ」と後堂は段平を抜いた。先頭を走る1匹が、鋭く後堂を睨む。


 後堂はその先頭を前蹴りで蹴倒すと、脇に抱えた兜でその左手に続く1匹をしたたか殴りつけた。そのまま後続にひしゃげた兜を投げ付け、右手の段平を横薙ぎに払い、1匹の首を跳ね飛ばすと、返す刃でまた別の1匹を袈裟懸けに斬り伏せた。


 その一瞬で5匹が倒されたことに、警戒の色を強めるゴブリンの喉を、一本の矢が射抜いた。


「ゴドー卿済まない! 南を頼む!」ルサルカの声だ。


「しっかり者の声が聞けて安心するぜ」と後堂は噛み締めるように言った。「道を開けろ雑魚ども! 突貫だ!」


 切り伏せ、薙ぎ払い、蹴倒し、殴り付けて後堂は突き進む。


 集落の南境界まで、そう距離は無い。境界を抜けたのがゴブリンだったことを考えれば、傭兵どもは全員死んだか逃げおおせたか、いずれにせよ、この襲撃の依頼主を聞き出すには魔族の傭兵、ベリト公爵に尋ねる他にはなさそうだ。


 もっとも、公爵がそれまで生きていればの話だが。


 地響きが鳴る。トロルだ。


 後堂は、上腕の鎧の、革の留め具を段平の刃先で切ると、それを手に取って手近にいたゴブリンの頭を叩き割った。両腿と肘、膝の鎧も同じように外して、軽く3回ジャンプする。


「これで大分動きやすくなった」と呟くと、巨体を誇るように背を伸ばしたトロルに怒鳴りつける。「かかって来いデカブツ! この後堂様に挨拶しろ!」


 トロルは大きく横薙ぎに腕を振る。それを潜って前へ踏み込み、もう片方の手が地面を叩くのを身を捻ってかわしながら更に前へ、蹴り上げる足を避けてまた前へ、前へ前へと進む。ヤバい時こそ前だ。


 地面を踏みつけるトロルの踵の腱に、段平の分厚い刃を食い込ませる。きりきりに張った楽器の弦が切れるような音がする。深く入った刃が抜けないと見ると、後堂は腰からもう一振りの段平を抜き、膝をついたトロルの目を突き上げた。


 刃先が命に届く感触を、その掌に掴むと、後堂は後ろに飛び退いた。


 土煙をあげて、トロルの巨体が沈む。


 また別の地響きと、狂気のような咆哮が、森の月夜を裂いて樹々の間を響き渡る。


 その間にも、何処から湧いたか、ゴブリンの群れが十と言わず二十と言わず、後堂の周りを取り囲んで、手にした打物に青白い月の光を閃かせ、粉々(ふんぷん)として乱れるエルフたちの矢の中を、まっしぐらに衝いて出る。


 籠手で殴り、鉄靴で蹴倒し、その手に握る得物を奪って別のゴブリンに突き立てる。うつ伏せに絶命したトロルの踵に刺さった段平を再び握ると、その踵を足で踏んで力任せに引き抜いた。


 もう一頭のトロルが怒りに血走った目で後堂を見下ろしている。


「頭が高えんだよバケモンが」と罵りながら、後堂の頭はこの怪物を一刀で斬り伏せる算段を立てている。


 駆け出すように前に出した足元を一瞬引いて、そこに叩きつけられたトロルの腕を駆け登る。瞬く間に肩まで登り切ると、その巨体の首を目掛けて大上段に振りかぶった血刀を、一思いに振り下ろした。


 トロルの首が落ちる。


「まるで、獅子のようだ……」森の中から感嘆の声が漏れた。



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