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6.出陣! フルアーマー後堂!

 甲冑の中に着込んだ鎖帷子が、動いたつもりもないのにちゃらちゃらと音を立てた。


 一枚板の胴鎧は薔薇と女神の浮彫りが施されている。腰の佩楯(はいだて)草摺(くさずり)、首の襟廻(えりまわし)、五本指の籠手や鉄靴に至るまで、どこをとっても仰々しく、また武運長久を願うにしてもいささか祝祭的なデザインにかなりのこだわりを感じる。


 久遠が腹を抱えて転げ回る。「ウケる! 勇者だ、勇者!」


「素敵だよ、後堂!」古賀もテーブルを平手でばんばん叩きながら、目に涙を溜めて笑っている。


「お前らマジで……」と後堂は呟いた。他人事だと思って調子に乗りやがって。


 敵襲の報せがあってすぐ、エルフの女たちが押し寄せて、荷車に引いた具足を嵐のような勢いで運び込んだと思うと、後堂を取り囲んだ。


 ろくな説明も無く、布団のように分厚い衣を着せられたと思うと、その上から鎖帷子と鎖編みの靴下、鉄の靴を履かされ、入れ替わり立ち替わり、脛、膝、腿当て、腕に肘、五本指の籠手、それから胴を嵌め込まれたところで後堂はやっと、自分が鎧を着せられているのだと理解した。


 重量は40キログラムといったところか。身長188センチ、体重104キロの後堂からすれば、動けないほど重いとは言えないが、お世辞にも動きやすくはない。


「敵は何をしてくるか分かりません。不意の投石や矢の脅威から御身を守って頂かなければ」最後に頭から兜をすっぽり被せられた後で、やっと、女の内の1人がそのように説明した。


 具足の各部を金具や革紐でつなぎ合わせ、鎧を組み立てていく様子はさながら建設作業のようだったが、その速度は驚く程早かった。


 久遠や古賀から見れば、押し寄せる女たちの、人だかりの中から、立派な甲冑をまとった騎士が姿を現したというような状況は、さぞ愉快で滑稽だったことだろう。


 だが、文句を言っていられるほど、時間に余裕があるわけではなさそうだった。


「金で雇われた魔族がいる。数は多くないはずだが。俺はそいつを叩く」


「先ほど、リズがまた新たに『蝶の歌』を読みました。『魔族は沼から魔物を呼び出す』と」女の1人がめぼしい沼の位置を後堂に説明した。


 リズはこの蝶の歌を読むことに特別な才能があるのかもしれない。


「ここに来るチンピラはお前らに任せていいんだろうな」と確認すると、エルフの女たちは力強く頷いた。


「ここに辿り着いた傭兵はごく少数だ。他は、マクレガー卿の策略通り、森で同士討ちをしている」


 ルサルカの声がしたが、面まで覆った兜は視界が狭く、きょろきょろと声のする方を探す動作に久遠と古賀がまた一層声を上げて笑う。「そんな雑魚どもは、フルアーマー・ゴドー1人で十分だ」


 クソっ! と、忌々しく顔を覆うマスクに手をやると、フルフェイスヘルメットのバイザーの要領で、マスクは上方向に開き、そこから後堂の顔が覗く。それにまたツボを刺激された久遠と古賀が吹き出す。後堂はもう、何をやっても無駄だと諦めて、長く深いため息をついた。


「ちょっと待って……」と古賀は笑いの余韻を引きずりながら、片手を上げた。「私の策略通り?」


 後堂たち3人は、作戦をエルフに伝えていなかった。特に、古賀の策略について、「手を打った」という以上のことは、後堂でさえ聞いていない。


「私たちは、とても長い耳を持っている」ルサルカは自分の耳を指先で触って微笑んだ。


「俺たちに比べれば長いが、『とても』というほどじゃない」と後堂はルサルカの耳を指す。


「比喩だ」


「え、じゃあ、僕たちが相談してたことも、全部聞こえてたってこと?」久遠がそう言うと、自分たちがこれまで話してきた内容を思い出し、3人の悪党は揃って顔を下に向けた。


 本人たちの耳に入るべきでない話題が、それなりにあったような記憶がある。


「我々は、貴殿らに最大限の感謝の意を表する」とルサルカが言ったことで、3人は胸を撫で下ろしたが、久遠の質問に対しては回答が無かったことに、一抹の不安は拭えなかった。


「まあ、『感謝の意』とやらは、このごたごたが片付いてから、十分に表してくれ」と後堂は色んなことに開き直って言った。


「奴らが誰の尻尾を踏んだのか、分からせに行こう」久遠が肩を回すと、古賀がそれに応えるようにふふっ、と不敵にほくそ笑んだ。


「彼らの頭が首の上に乗っているのは、たまたまこれまで我々と出会うことが無かったからにすぎない」


「お前ら、さも戦うような態度をとるなよ」後堂はルサルカが手渡した二振りの段平(だんびら)を手に取り、腰の左右の剣帯に差すと、腰に手を当ててポーズをとった。「皆殺しだ。この地には、恐怖を語り継ぐ者さえ残らない」


 古賀と久遠が歓声を上げる。





 ◇


 ◇


 ◇




 暮れかけた空が赤く燃えている中に、エルフの矢に射られた野盗の悲鳴が、まばらに響いた。


「ししょー……」と駆け寄って来た小さな影が、後堂の顔を見上げた。「ふくが、かっこいいね」


 呑気なものだ。


「お前は家に入ってろ」


「リズもいく」


「いや、ベッドの下に、俺の大事な宝物がある。あれを任せられるのは、俺の弟子、つまり、お前しかいない」


 リズは少し考え込むようにしてから、強く頷いた。「ししょーがかえったら、みせてくれる?」


「ああ、俺が帰るまで守り抜いたら、譲ってやらんこともない」

 

 ただでさえ丸く大きな目を、一層大きく見開いて、久遠と古賀の待つ家へ、リズは走り出した。


 その間にも、日は刻々と沈んで、森の木々が落とす影を濃く、深くしていった。


 ここから先は、悪党の時間だ。





 鉄の関節ががちゃがちゃと音を立てる。集落の境界だという栗の木立を抜けると、後堂は振り返った。


 なるほど、エルフたちの家々は、今通って来たはずの林道ごと、森の木々がその生を誇るように一層広く繁らせる枝葉や、木の根が折り重なるように隆起した凹凸の中に隠されてしまった。


 ただ、目を凝らすと、誇張された地面の隆起の表面に、馬の蹄鉄の跡や、枝葉の間からエルフたちの生活の影がおぼろげに感じられる。


「薄ぼんやりと見えている」とはこういう状態を指すのか、と後堂は感心しながら、馬の手綱を近くにあった栗の木に結びつけた。幸い、月齢が高く、日が沈み切っても、月明かりで手元はよく見えた。


 これなら、注意深い者がそこに集落の息遣いを嗅ぎつけることもあるかもしれない。


 と、茂みの中から不意に弓返り(ゆがえり)の音がして、射出した矢が、身を逸らした後堂の甲冑の肩を掠めた。


 見ると、木立の陰に尻をついて、野盗が1人、気の毒なほど震え上がって、次の矢をつがえようと、覚束ない指先を矢筒に伸ばしている。


 後堂はのんびりと辺りを見渡したが、彼に加勢しようという人影は見当たらなかった。


 ゆっくりと歩み寄ると、野盗はひっ、と情けない声を上げたが、腰が抜けたものとみえ、立ち上がることも出来ず、ただじりじりと地面を蹴って尻を引きずるように後ろへ退がる。


「おい、お仲間はどうした」後堂が嘲るように言うと、野盗は生唾を飲みながら、怯えきった様子で、言葉の出ない口をぱくぱくと開いたり閉じたりする。


 後堂は腰の段平を右手に抜くと、野盗の胸をしたたか蹴って、脱げた兜の下から現れた、縮れ髪を掴んだ。


「いいか腰抜け、よく聞け。俺は別に、今すぐここでお前の首を刎ねても、困ることなど一つもねえ。俺が聞いてるのはな、『明日は雨が降るのかね』と、その程度のことなんだ。別に答えたくねえならそれで構わねえが、物陰から矢で射るような悪戯は、それをやっても笑って許してくれるような奴を相手にするべきだ。関係性っていうのか? 少なくとも、初対面の相手にやることじゃない」


「仲間は、おそらく皆死んだ」と夜盗は唾を飛ばしながら、やっとの体で答えた。


「誰に殺された」


「分からない」


「分からねえってのは、どういうことだ」


「昨日の晩、はぐれ者らしい男が俺たちの陣に来て、森を出るから食い物を金に変えてくれと言う」野盗は少なくとも、喋っている間は殺されることはないと考えたものか、徐々に落ち着きを取り戻して、地面に膝立ちになって話し始めた。


 古賀のことだ、と後堂は考えた。


 野盗の話は概ねこうである。


 魔族が大型の魔物で押し入って、その混乱に乗じて傭兵が攻め入る算段だったが、その魔物が思いの外早く倒されてしまった。


 傭兵の行動原理はあくまで経済的利益にある。その時点で、森に控えていた傭兵たちの態度は3つに分かれた。割に合わないといち早く判断し、すぐに撤退する者、それが故に取り分が増えることを期待し、作戦を変更して集落に攻め込もうとする者、続行か撤退かを決めかね、様子見に徹する者。


 続行組の傭兵団は、互いに連絡を取り合い、襲撃の頃合いを調整していた。無駄な争いを避け、収益を最大化するためである。


 ところが、襲撃前夜の昨晩になって、日和見を決め込んでいた連中が次々に森を出始めた。これは何かあると思っていた所に、()()うのていで駆け込んで来た男が一人、「森を出るので、アンタらがまだ残るなら、食い物を金に変えてくれ」と言う。


 事情を聞く野盗どもにその男がした話はこうだ。


 自分たちの傭兵団も、襲撃に向け、準備を進めていた。ところが、協調していたはずの別の傭兵団が、雇い主の報酬と集落の略奪権を独占しようと考えたものだろう、薄暮時に急襲をかけて来た。虚を突かれた自分たちの傭兵団は壊滅、散り散りに逃げ惑って、もはやどこに誰がいるのかも分からない。


 さらに聞けば、その急襲をかけた傭兵団というのは、後堂の目の前で腰を抜かしている男の属する団とも協調していた一団だという。


 これに驚いた彼らは、真偽を確かめるべく、武装を固めてその団を尋ねることにしたが、道中、伏撃に遭う。


「奴らは奴らで、俺たちが裏切ったと思い込んでいたらしい。それだけじゃねえ。今思えば、森に残ってた傭兵団は、互いが互いの裏切りを吹き込まれてたんだ。気が付けば、エルフなんざそっちのけで傭兵同士の殺し合いだ」


「なるほどな」と後堂はうなずいた。古賀の謀略とはこれのことだ。


「だが、本当の地獄はその後だ」野盗は両腕に自分の身体を抱えて、さするようにした。「奴ら、ハナっから、本当に裏切るつもりだったのさ」


「奴ら? その、お前らを返り討ちにした傭兵団か?」


 野盗の男は首を横に振って、自嘲気味に笑った。「聞きたいか?」


 後堂は野盗の頭を平手で叩いた。「話を盛り上げようとするな。スッと喋れよ」


「魔族の連中さ。いや、その雇い主かもしれねえ。俺たちが争っているところに、魔物をけしかけやがった」


「おいおい。もう、他所でやれよ。エルフは関係ねえだろ。そうなってくると」後堂は呆れてため息を吐いた。


「いや、これも奴らの策略だ。魔物に追い散らされた俺たちは、羊が牧羊犬に追われるように、逃げているつもりで進んでいた」


 後堂は笑った。これが、今次の敵襲の正体だ。


 今前線でエルフの矢に射られている野盗たちは、魔族の操る魔物に追い回されて、集落まで誘導されていたのだ。恐らく、古賀の謀略にハマり、使い物にならんと踏んで、せめてエルフの里に対する陽動くらいには役立てようと考えたのだろう。


「で、その魔族ってのは何処にいる」


「分からない。もう、仲間も散り散りだ」


「なんだよ、肝心なところで役に立たねえな」後堂が顔をしかめると、野盗はまた歯の根も合わぬほど怯え始めた。


「ま、待ってくれ! 今、考えるから!」


「もういいわ。お前、帰れ」


「は?」野盗は目を丸くして後堂を見上げる。恐らく殺されるものと考えていたのだろう。彼らのような野盗が1人や2人殺されていたところで、この世界ではまともな捜査が行われるとは考えにくかった。


 生かしておいてあることないこと吹聴されるよりは、殺してしまった方がリスクが少ない。


「『は?』じゃねえんだよ。とっとと失せろ。ぶっ殺すぞ」後堂が凄んで見せると、野盗は腰を抜かして蹲っていた様子が嘘のように、一目散に逃げ出した。


 ぶちのめすなら、悪党だ。爽快感が違う。


 それも、出来るだけ強く、ずる賢く、自分が叩きのめされるなどとは夢にも思っていないような奴であることが望ましい。そのことが、奴らの敗北の色をより鮮明にし、俺の勝利の味をより濃厚にするのだ。


 後堂の口の端に笑みが溢れると、周囲の茂みが一斉にがさがさと音を立てた。枝にとまっていた鳥たちが一斉に飛び立ち、茂みに潜んでいた獣たちが一斉に逃げ出す音だった。


 

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