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5.森の民②

「エルフたちについて、分かったことがある」久遠が得意そうに言った。「聞きたい? 聞きたい?」と後堂に詰め寄りもした。


 久遠は復興の作業を手伝う傍ら、村のあちこちに忍び込み、この村のエルフたちが持つ財産や技術、生活について探っていたらしい。


「別に」と後堂は断ったが、案の定、久遠は勝手に喋り始めた。


「いや、やっぱりね、思った通り、魔法が使えるんだよ。何てったって、エルフだからね」


 エルフという種族が魔法を使うというのは、どうやらファンタジーの世界では常識らしい。久遠が寄越した本に登場したエルフもやはり、作中では魔法を用いて敵と戦っていた。


「俺は知ってたぞ」と後堂は言った。「トロルと戦った時に聞いた。『エルフは弓矢と魔法で戦う種族だ』ってな。結局、連中はあの戦いで使わなかったが。『森を傷つける』らしい」


 得意そうな久遠の態度が気に食わない後堂は、出来るだけ彼の興を削ぐ努力をする。久遠は詰まらなそうにチェッと舌を鳴らしたが、それでも食い下がってきた。


「でも、どういう魔法があるかは知らないでしょ」


 後堂はそれも知っていると嘘をつこうか迷ったが、結局黙って話の先を促した。変に張り合ってもしょうがない。


「色々あるんだよ」と久遠は言う。そこで話が終わりなら、一発かましてやろうかと思ったが、久遠の掴んで来た情報は思ったより具体的だった。


 彼女たちは、人間に比べると極めて小食で、1日に鹿を2頭狩れば、集落全体の食を賄うことが出来る。実際にはそれに加えて穀物や野菜、川魚も食するが、狩猟採集の収穫には増減があるため、ある程度の備蓄が必要となる。


 久遠が疑問に思ったのは、そうした食料の備蓄をどこでどのように行っているのかということだった。


 この森にはほとんど生活臭というものがない。肉や魚を干すにはそれなりの臭いが伴うはずだが、どこを歩いても、花や木の芽の匂いが木々の枝を揺らす風に乗って漂っているばかりである。


「何と、冷蔵庫があるんだよ」久遠は世紀の大発見という風に言った。


「マジか」後堂も素直に感嘆の声を上げた。確かにそれは意外だ。


 森には彼らが冷蔵庫として使っている洞穴があって、そこに魔法の氷を敷き詰めている。その冷蔵庫の入り口は岩の魔法で塞ぎ、煮炊きには炎の魔法を用い、洗った衣服や髪は風の魔法で乾かすのだという。


「すげえ便利だな。システムキッチンかよ」


「その言葉、超似合わないね」と久遠は笑った。


 しかし、特に久遠の気を引いたのは、そうした直接的な魔法よりも、魔法の力を用いて作られた道具類だという。


「冷蔵庫もそうだけどさ、一番は、彼女たちの持ってる道具袋なんだよ」


「道具袋?」いささか地味な響きに、後堂はかえって興味を引かれた。


「『空間魔法』っていうのかな。道具袋の中の空間を魔法で拡張してるんだ」


「つまり、見た目よりたくさん物が入るってことか?」


「それも、かなりね。袋の口から入れられるサイズのものだったら、サッカーボールくらいの大きさの袋に、少なくとも丸太が30本入る」


「意味分かんねえな。何でもありかよ」と後堂は呆れて言った。「で? パクったのか?」


「盗らないよ。僕は悪党からしか盗みをしない。まあ、やむを得ない場合を除いて」


「悪党は通報出来ねえからな」


「そう。通帳もおいそれとは持てないし、金目のものを身の回りに置いてる確率が高い」


 久遠は態度が軽薄だし、何より泥棒だが、義賊ぶったりしないところは好感が持てる。自分が悪党を狙うのは、あくまで自分の都合のためだと自覚している。後堂がそうであるように。


「とにかく、そんなもんがあるなら、物流に革命が起きるな」


「そう。僕が見た範囲だけでもこれだからね。他にも信じられないほど便利なものがたくさんあるかも。村を狙う理由としては、十分じゃない?」


「確かにな。兵隊が1人ずつ、その魔法の袋を装備出来れば、軍隊は足の遅い補給部隊から解放される」


 ただし後堂は、エルフたちが狙われる理由について、また別の意見を持っていた。


「それと、彼女たちの交易について。ここには味噌とか醤油みたいな調味料があるじゃない。古賀さんの話だと、発酵食品、中でも大豆の発酵は、特に高山地帯で発達するらしいんだ。この近くにも山はあるけど、タンパク源を大豆に頼るほど肉の取れない高山地帯は無い。

 それに香辛料は内海を超えた南、いわゆる魔界に住んでいるエルフと物物交換で仕入れてる。

 具体的な距離は分からないけど、植生も文化も違うような距離感の交易をするのには、常識で考えれば、貿易船だとか、キャラバンみたいな大規模な物や組織が必要だと思う」


「だが、エルフたちの暮らしぶりは、そういうものとは無縁に見える」と後堂は合いの手を打つように付け足した。


「そうなんだ。彼女たちの持つ魔法のことを考えれば、これはもう、魔法でワープしてると考える方がむしろ自然じゃない?」


「『自然』とは何か、とも思うが、言いたいことは分かる。つまり……」


「元の世界に帰る方法があるかも」


 後堂は『元の世界』について考えた。整地された土地に整然と立ち並ぶ建物は空調が行き届いて、暑さや寒さに困ることも、巨大な化け物に平手打ちされる気遣いも無い。後堂のような生き方をする者にさえ、かつての世界は安全で、清潔で、快適だった。


 うーん……と唸りながらも、後堂は自分が一体何に悩んでいるのか、実のところよく分かっていなかった。


「まあ、取り敢えずは目先の問題だ。もうすぐ、古賀の帰ってくる頃だろう」


 そう言って、後堂は部屋を見渡す。壁や床に複雑な曲線を形作ってうねる木々が、自分を惑わそうと手を尽くしているように見えた。


 後堂は笑った。「どこに行こうが、俺のやることは変わらねえ」


「殴って、奪う?」


「いいや、スカッと生きて、死ぬだけだ」





 夕暮れ、古賀が集落に戻って来た時、後堂の膝にはリズが乗っていた。彼らがこの集落に訪れて以来、リズは本当に毎日後堂を訪ねてやって来た。


「やあ、リズちゃん。来ていたんだ」と古賀は明るく話しかけたが、リズは膝の上でぐるりと身体をひねり、後堂の腹に抱きついた。


「どうした、お前、また随分薄汚えな」後堂は警戒するリズに代わって尋ねた。


「変装は基本だよ」古賀はお気に入りの衣装を見せつけるように両手を広げた。


 薄汚れた綿(めん)の服の上から、矢傷、刀傷の刻まれた革鎧を着けて、腰には剣を提げている。「彼らは今、疑心暗鬼だ。ちょっとした前金で仕事を受けたはいいものの、雇い主の段取りが上手くいっていない。何せ、大暴れするはずだったトロルが、十分な成果を挙げる前に倒されてしまったわけだから。

 身分を隠した役人や、軍人の言うことはいまいち信用出来ない。どちらかといえば、同業者の方が信用出来るくらいだろう」


「後堂さんの見立ては当たってた?」と久遠が聞いた。


「ああ。ほとんどその通りだ。私の仕事は簡単だったよ。これだとかえって張り合いがない。

 そもそも、トロルが倒された時点で、前金を持ち逃げする方が割りに合うという判断をした賢い傭兵団がそこそこあったらしい。

 残った者も半分くらいは日和見だった。この層は昨日の晩にはほとんど帰り支度を整えていた。そのきっかけを作ってやったからね」


「ついでに手数料も頂いたわけだ」後堂は嘲るように言った。


「もちろん」古賀は口角を持ち上げる。


「それで、どの程度切り崩せる?」


「流石に、全部とはいかないね。成功報酬、現地の略奪も考えれば、かえって取り分が増えると喜んでる勇ましい連中もいくらかいる。そちらも手は打っておいたが、効果が保証出来るというほどではないかな。何せ、傭兵相手の仕事というのは私も初めての経験だ」


 古賀は自分の仕事の内容について、簡単に説明した。


「いや、十分だ。問題は、元請けが誰かということと、トロル級以上の脅威だが……」


「恐らく魔族は、少なくともこの侵攻の主体ではないだろう」と古賀が意見した。「私も道中いろいろ話を聞いて回ったが、魔族というのはトロルのような魔物を使役し、自身も強い腕力と強力な攻撃魔法を用いる種族だそうだ。聞く限り、こういうコソコソしたやり方は向かない」


「そもそも正体を隠したいなら、トロルを使うのは矛盾する」と後堂もこれに同意した。


「人間だろうね」と久遠が言う。「こそこそして、回りくどくて、他人に疑いを向けたがる。僕たちに似てる」


「俺は違うぞ」と後堂は抗議した。


「後堂さんはオーガだから」久遠は間髪入れずに答える。


「ししょーは、おーがなの?」と膝の上のリズが腹に押し付けていた顔を上げて聞いてきた。


「いや、どうだろうな。まあ、オーガだろうが人間だろうが、エルフだろうが、そんなことは大した問題じゃねえ」


「ていうか、子どもの前でする話じゃなくない?」と久遠は疑問を提起したが、では子どもの前でするのに適当な話とは何か、3人の悪党には見当もつかなかった。


「お前は、どうして毎日来るんだ?」と後堂は膝の上のリズの顔を見下ろした。


「ししょーに、おはなししたいことがある」とリズが言うので、後堂は曖昧な返事で話の先を促す。どうせ勝手に喋り始めるのだ。「おうちのちかくに、はながさいて、それで、はっぱの、したのほうに、カタツムリがいて、それで、ちょうちょもいて、リズが、ちょうちょを追いかけたら、いけがあって、それで……」


 そこまで一息に言って、リズは話の続きを忘れてしまったのか、いつも通り驚いたような顔をしながら、まるで「その後どうなったのか」と尋ねるように後堂の顔を覗き込む。


「池に、落ちたのか?」


「ちがう」とリズはきっぱり言った。「いけに、はながさいてた。リズの、おうちのところにも、はながさいてたから、すごいっておもって、それで…………おわり」


 リズの話はいつも、ほとんど要領を得ないし、唐突に終わるが、長い話の最後には「おわり」とつけてくれることを後堂は気に入っていた。長話をするなら最後に「おわり」と宣言すること、これは法律で義務付けられるべきだ。


「つまり、お前が言いたいのは、家と、池に花が咲いていたから、凄いと思ったってことだな」


「うん。そう。おなじだから」


「まさか、そこに気付くとはな」後堂は適当に言ったが、リズは思いの外喜んだようで、長い耳を上下に動かした。


「やとーはやすいがあてにならん、まぞくはつよいがたかくつく」とリズは歌うように言った。


 後堂、古賀、久遠の3人は顔を見合わせる。


「その歌はどこで?」と久遠が尋ねる。


「ちょうちょにきいた」


「蝶々は歌うのか?」後堂は膝の上のリズを見下ろす。


「ちょうちょは、おどる。リズはうたをうたう」


「待て……」と古賀がさらに質問を重ねようとする久遠や後堂を止めた。「続きはある?」


「えるふのたみが、こちらにつけば、みねるばぜめも、やすかろう、まるすのおぼえもよろしかろう」


「人間が馬を乗りこなすように、エルフは鳥や蝶を遣いにする……」古賀が呟いた。先日ルサルカが言ったことだ。


 蝶は記録した音声を踊りで表す。エルフはそれを歌にして読む。どうやら蝶は、そうして遣いを果たすのだ。


「マルス伯というのはこの辺の有力諸侯の1人だ」と古賀が言った。


「ミネルヴァってのは、プロメテウスの漁村の近くだな」


「馬で3日」と古賀は答えたが、後堂にはその距離がいまいちピンとこなかった。


「要するに、マルスってのが、エルフを巻き込んでミネルヴァに攻め込もうとしてる」


「文脈から見れば、マルスの傘下に入る地方領主だろう。おそらく、手柄を上げてから親のマルスに報告するつもりだ。横取りされたくないからな」


「ルサルカを呼ぼう」久遠が部屋を出て行こうとするのを、後堂が止めた。


「呼んでどうする」


「いや、敵が分かったわけだから」


「で、マルスとここが戦争か? そりゃマルスに巻き込まれてミネルヴァを攻めるのと大して変わらんだろ」


「ああ……言われてみれば、確かに。でも、じゃあどうする?」


「まず、目先の進攻を食い止める。そうすりゃ少しは猶予が出来るだろ。その間にマルスの傘下にあるっていうその小領主かなんかを特定して、ピンポイントで潰せばいい」


「マジで? それって、僕ら3人で、地方領主と戦争するってこと? エルフに代わって? 正義の味方じゃあるまいし」


「私も正義の味方になろうというつもりはないが」と前置きしてから、古賀は渋い顔をした。「悲しいかな、我々は男なんだな」


「見捨てちまうには、ここは美人が多過ぎる」後堂は膝の上のリズをからかうように言う。


 久遠もほとほと困り果てたという風に、苦々しく眉を下げる。


「それを言われちゃうとなぁ」




 その時、玄関のドアが、ノックされた。ひどく剣呑で、せわしない鳴り方だった。


「ゴドー卿、来ました! 敵襲です!」

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[良い点] 「おわり」と宣言すること わかる小学校で教えるべき
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