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カルネアデスに花束を

作者: 葛城 炯

 私の人生。娘の人生。

 選んだコト、そして……選ばなかったコト。


「うん。いい出来ね。これなら大丈夫」

 宇宙船の実験ファームで私は育ったポテトたちを満足げに眺めた。

「さて、アルカリ土壌、酸性土壌、塩生に乾燥地域対応型と……」

 大体は当初の予定を網羅したなと安堵する。

「じゃ、次は……」

 思いつくのはそれぞれの適応幅を広げること。

「それよりマメ科のでなんか無いかな? 最初ので収穫できればそれに越したことはないし……大豆とクローバーの合作でもトライしてみるかな。そうだ。その前に……花は咲いたかな〜」

 時間は余るほどある。

 私が死ぬまではあるのだから。


 私がいるのは大型植民宇宙船。

 1万人は乗船可能な大型船の貨物室で私は1人で仕事をしている。


 とある植民星で、突然造山活動が活発化。つまり火山で壊滅状態。

 既に入植していた町も全て破壊された。生存者は期待されていない。

 そんな星にでも入植希望者はいる。

 行程100年以上の高額な片道切符を手に入れて……『絶望だらけの現世』から逃れたいという人はいつの時代でもそれなりにはいるものなのさ。

 だが、行き先の星の状況から不人気で予定数の半分程度だった。

 その星に辿り着いて、入植希望者と共に開墾する。

 それが植物学者である私に託された仕事だ。



 私は娘と共に偶然乗り合わせた何人かの知人たちと、見知らぬ5千人もの人々と共に入植船の冷凍睡眠カプセルで眠りについた。

 100年以上の睡眠旅行。

 そんな時間も寝て起きたら目的地。

 気楽な旅だと私も思った。娘は不安がっていたけどね。



 だけど……ほんの小さな出来事が私に有り余る時間をもたらした。

 私が入ったカプセルが故障。

 それだけ。


 たったそれだけのコトが……私の人生を変えてしまった。




 旅立ってから数年で私は冬眠から叩き起こされた。

 慌ててコントロール・ルームに行き、再冬眠の方法を探した。だが……

 ……コントロール・コンピューター『イシス』に告げられた事実は残酷だった。

『再睡眠に必要な薬剤のアンプルがありません』

 やはり機械は機械だ。

 人間ならば躊躇するような言葉をあっさりと告げてくれた。

 乗船時に整備員たちが慌てたか、それとも何かの手違いか、余分に積んであるはずの薬剤のアンプルが必要最低限しか積んでいなかった。

「で? 私はこのまま生きていればいいの?」

『選択肢は2つあります。1つはこのまま生きていただくこと。もう一つは……』

 もう一つの選択肢も……シンプルなモノだった。

『冷凍睡眠についている方々のうち、2名の方の睡眠継続を停止して必要な薬剤を取り出す』

 冷凍睡眠には薬剤のアンプルが2つ必要。

 1つは眠るときに使い、もう一つは起きるときに使う。

 それぞれの冷凍睡眠カプセルにはアンプルが2つセットしてある。

 既に全員眠っているからアンプルの1つは空になっている。

 私はこれから眠りにつくから2つ必要。

 薬剤は変質しやすいため特殊ガラス製のアンプルの中。割ったら最後、使えない。


 つまりだ。


 私が冷凍睡眠について娘と共に目的地に辿り着くためには、その遥か手前で2名の方にそのまま永遠の眠りについて頂くことだという。


「できるわけないでしょ? そんなこと」

 呆れる私に機械が選んだ2名のデータが示された。

『この御夫婦は共に御高齢です。冷凍睡眠からの蘇生率はほぼ年齢に比例して低下します。数値で示しますと10%程度です。そして……』

「そして? 私が眠るために2人に死ねと言うことだろう?」

 憤った私にイシスは冷静に告げた。

『既に眠りについたこの方々が蘇生する確率は10%。90%は既に死んでいます』

「同じコトだ」

『違います。そして2人は「カルネアデス法」が適用されることを了承しています』

 カルネアデス法。それは蘇生されない事態になったとしても同意するという冷凍睡眠旅行者がサインさせられる法律だ。

「そんなチケットの裏に書いてあるだけの法律を盾にするのかい。私は納得しないね」

 納得しないのは……2人のメッセージを読んだ所為もある。

 2人のデータの後ろに意志が綴られていた。

『蘇生が不可能であった場合は遺体を植民星に埋めて欲しい。願わくば光射す花が咲く丘に』

 2人の資産は0。身寄りもいない。植民星へのチケット代で全財産を使い果たしたようだ。

「いいかい? 私はゲストだ。政府の指示により無料でこの船に乗っている。正式な植民メンバーである他の方々には……きちんと到着させてくれ。話はそれだけだ」

『宜しいのですか? この場合はカルネアデス法によりアナタは罪に問われることは有り得ないのですが? 「カルネアデスの舟板」をアナタは知っているはずです』

 

 知っているさ。

 カルネアデスの舟板……古代の哲学的思考実験。

 1人しか助からない状態に2人がいた場合、一方が他方を死に追いやっても罪に問われることはない。

 ただ……生き残るかわりに罪の意識が心に根付くだろう。永遠に。


 私は……立ち止まってイシスに告げた。

「私の娘の性格はアンタのデータに入っているのかい?」

『私のデータベースに登録されているのはアナタの娘の身体的特徴だけです』

「私の娘はね……世界一優しいんだ」


 娘は優しかった。いや、優しすぎだ。

 学校へ行って苛められても立ち向わなかった。それどころが苛めた子が先生に叱られるのがイヤだと言って、苛めた子の名前を私にすら教えなかった。

 娘はいつも私が勤めていた植物研究所の中庭に咲いていた花をスケッチしていた。

 それが一番幸せな時間だと言って。

 私に甘えることもせず、私の仕事の邪魔もせず、私の近くにいることだけを願っていた。


「私だけだったら罪の意識を吹き飛ばせるさ。でもね……」

 娘の……眠りにつく前の笑顔が脳裏に浮かんだ。

「娘は耐えられない。私が他人の死と引き替えに辿り着いたなんてコトを知ったら……娘の涙で植民星が水の底に沈むだろうさ」

『1人の人間にそれほど多量の涙が流せるという可能性はありません』

 私は……涙を拭いながら笑った。

「あんたが機械で助かったよ。ありがと。私はこのまま起きている。じゃね」


 言い切った後でも迷った。

 植物学者としての私と、母としての私と、娘の友人でありたい私と、ただ単に生き延びたいという私と、全ての人と、自分自身に対する私……

 いくつもの私が私を責めた。


 だけど私という舟板には……たった1つの私しか乗せられない。

 だから……私は私の人生を私なりに選んだ。

 それだけのコトさ。



 それから私は……私にできることをしている。


 娘のことは知人の夫婦に頼んだ。

 本人たちの同意は得てはいないが、私のメッセージを断るような情のない知合いではない。


 残るは植物学者としての仕事だ。

 植民星のデータを機械から引っ張り出し、耕作可能な地域に合わせた品種改良を宇宙船の中で行っている。

 私が生きていくために必要な水や空気、食料は充分すぎるほどにあった。

 星に辿り着くちょい手前で5千人は起こされる。

 そして2ヶ月ほど星の周りを巡りながらどこに着陸するか、着陸した後どうするかをイシスにレクチャーされる。その時間をほんの少し遅くするだけで私に必要な水などは賄える。

 だいたい5日ほど遅く起きていただくだけで私の残りの人生に充分なのさ。

 その引き替えに私は品種改良した野菜たちと、品種改良の結果としてのそれなりの量の冷凍野菜を彼らにプレゼントするつもりだ。

 星に降りても直ぐに食料は手に入らない。

 それに……全滅したという先住者たちが生き残っている可能性もある。

 食料は多くて困るというコトはない。

 そうだろ?


 それと……

 それと娘の冷凍睡眠カプセルの周りを花で埋めるつもりだ。

 生きている花は保たないだろうから、ドライフラワーで勘弁して貰う。

 娘の荷物の中からスケッチブックを取りだし、描いてある花を全部、周りに置いてあげる。

 それが私から娘へのプレゼント。

 私が死んだ後で眠りから醒める娘への……

 最期のプレゼント。


「よぉし。これでスケッチブックの半分はできたな。次は……あちゃ〜 ランかい。ん〜。積んである土壌の中に茎球でも混じってないかな。手当たり次第に探してみるか」


 もし……土壌の中からイチゴが芽吹いたら栽培しよう。

 実ったらドライフルーツにすればいい。

 娘が起きるまで保つかどうかは怪しいけど……

 娘が好きだったからね。


 そうだ。受粉用の蜜蜂も眠らせて積んであるはずだ。

 彼らを起こしてクローバーの蜜を集めて貰おう。

 ドライフルーツの蜂蜜漬けならば100年は保つ。

 娘に食べさせてあげられる。



 時間はある。

 もし余ったら……他の方々へも花束を作ってプレゼントしよう。



 宇宙船を花束で埋めてみるのも悪くはないさ。




 読んで頂きありがとうございます。

 以前にUPしていた作を少しリテイクしました。

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