第3夢 柊 水樹の8章 本当にごめんねpart3
「じゃあ、最後の質問。何の競技をやりたい?」
「はーいっ。はいはーいっ。はいはいはいはいはーいっ」
麦が勢いよく手を挙げて、早口でそう言った。
うるさっ。
よく噛まないな、コイツ。
ある意味尊敬するよ。
俺は仕方なく、麦に発言権を与えてやった。
「はいはいどうぞ、麦さん」
「やったーっ!えっとねー、麦がやりたいのはねー」
そう前置きし、麦は指を折り始める。
「リレーと、応援合戦と、一〇〇メートル走と、大玉転がしと、障害物走と、綱引きと、玉入れと、組体操と、騎馬戦と……」
「多っ」
俺はそうツッコミを入れた。
こんなにあると覚えきれないな。
俺は机の中からメモができそうなものがないか慌てて探し、奇跡的に見つかった真っ白なA4のコピー用紙と鉛筆をそれぞれ一つずつ取り出した。
「すまん、麦。今の、もう一回言ってくれ」
「えーもうそんなの覚えてないよーっ」
こ、こいつ……。
「まーいーやっ。大人のくせに記憶力が欠片もないバカな先生のために、この優しい麦がわざわざ直々に教えてあげるっ」
「おぉ。そりゃどーも……」
って俺、ひどい言われようじゃんか!
ちょっと頭を下げてみたら偉そうにしやがって、コノヤロウ。
麦はご満悦のご様子で話し始める。
「えっと、林檎とー」
「林檎」
俺はそう反復しながら紙に鉛筆を走らせる。
「蜜柑とー」
「蜜柑」
「檸檬ー」
「檸檬……って、そんなわけあるかーっ!これ本当に運動会でやる競技なのかよっ?」
「うん。そーだよーっ」
嘘つけっ。
「じゃあこの〝林檎〟ってやつはどんな競技なんだ?」
「えっとね〝林檎〟はねー…………」
麦が、固まった。
約三秒間、無の時間が流れた。
「おっ、面白いやつだよーっ」
「遅っ」
明らかに焦りが見えている麦に、俺は言った。
「いい加減嘘をつくなよ、麦。バレバレだぞ」
「チッ」
「「チッ」じゃねぇよ!お前なぁ」
ふざけんな。
「さっきお前はそんなこと言ってなかったはずだ。いいから本当のことを言え。麦がやりたい競技はなんだ?」
「ふあぁい」
麦はぶすっとした表情でそう言ったあと、つまらなさそうに話し始めた。
「えっと、リレーとー」
「リレー」
「一〇〇メートル走とー」
「一〇〇メートル走」
「騎馬戦とー」
「騎馬戦」
「綱引きとー」
「綱引き」
だんだん麦のテンションが元の状態に戻ってくる。
「応援合戦とー」
「応援合戦」
「障害物競走とー」
「障害物競走」
「組体操とー」
「組体操」
「大玉転がしとー」
「大玉転がし」
「その他もろもろっ」
「その他もろもろ……ってなんだよっ。その他もろもろのもろもろの部分を教えてくれよ!」
「えーっ。どーしよっかなーっ」
「いいから!」
「んー……忘れちゃったーっ」
「おい!」
忘れんなよ。
「なーんてねっ。本当はこれだけだよーっ。先生、残念でしたーっ」
そう言って麦は歯を見せて笑った。
よかった。
いつもの麦だ。
……って、全然良くないっ!
あいつ、俺をからかいやがって……。
完全に楽しんでるな、こりゃ。
付き合ってられん。
「おい、水樹。お前はなにかやりたい競技とかはないのか?」
「……ない」
ないんかいっ。
「ないのか?本当にないのか?水樹のための運動会なんだぞ。このままだと全部麦が言ったやつになっちゃうぞ。いいのか?」
「……うん……いい。……私、は……やったことない、から……何、が……どのくら、い……楽しい、のか……分かんない、から……」
そういえばそうだったな。
「あ……あと……これ、は……私のため、の……運動会……ってこと、に……しない、で……」
俺はこの言葉に面食らった。
「な、なぜだ?」
「あまり……みんな、に……気を使わせたく、ない……から。……それに、私……さっきも言った、けど……あまり……目立ちたく、ない……から……」
「そうか」
実に水樹らしい答えだ。
「じゃあそういうことにしておこう」
俺は手元の紙に『水樹のため←口外禁止』と書いておいた。
「あ、そうだ。先に言っておくが、危険な競技はやらせないからな」
「えーっ。危険な競技なんてこの世にあるわけないよーっ」
この世……。
「いや、ありまくりだろっ。騎馬戦とか組体操とか……」
「……とか?」
自分で言っておいてなんだが、まだほかにもあるのかっ?
俺はヤケクソ気味に言った。
「その他もろもろっ」
「……その他もろもろ?」
麦が疑念の目でこちらを見ていた。
てか、最初に〝その他もろもろ〟使ったの、お前だろ!
あぁもうめんどくせぇっ。
「とにかくそういうことだ。いいなっ?」
「ねー先生ーっ。その他もろもろって何ーっ?」
「なんでもないっ。忘れろ!」
せっかく話の矛先を変えようと思ったのに蒸し返しやがって。
「もうそんなことはどうでもいいから!それより、そういうことだ。いいな?」
「先生、そんなこととかそういうこととかってどういうこと?」
いちいちごちゃごちゃうるせぇ!
「いいから黙って「いい」っ言え」
「……黙っちゃったら「いい」って言えないよ?」
……あ。
「とっ、とにかく「いい」って言え!」
「い、いい……」
俺からの気迫に押されたのか、麦は引き気味にそう言った。
引き気味に。
「水樹もだ!」
俺は水樹に向かってそう言うと、水樹はビクッと肩を震わせた。
「「いい」って言え!」
「……い……いい……」
よし言った!
俺はふー……と息を吐いて立ち上がる。
「よし。俺は聞きたかったことは全て聞けたから、俺からの話は以上だ。水樹、麦、なにか言いたいことは?」
俺は水樹と麦を見やってそう聞いた。
口を開いたのは、麦だった。
「先生ひどいっ。そんなに強く言わなくてもいいじゃーんっ」
「えだってお前そうでもしないと俺の話まじめに聞いてくれないだろ」
「だったら水樹ちゃんにまで強く言う必要はないよねっ」
「うっ。それは確かにそうだな。すまない、水樹」
俺は水樹に向かって頭を下げた。
「……い、いい、よ……別に……」
「ありがとう」
やっぱ水樹は優し……。
「水樹ちゃぁあああんっ。優しすぎだよぉぉおおおおっ……」
麦がそう言って水樹に抱きついた。
キーンコーンカーンコーン
タイミングを見計らったかのように、チャイムが鳴った。
腕時計を見ると、八時だった。
教室を見渡すと、ほとんどの生徒が席に座っていた。
「わざわざ時間を取らせてしまい、すまなかった。ありがとう」
俺はそれだけ言い残して、水樹と麦の元を後にした。
俺はクラスの出席名簿を持って教団へと右足をかける。
今日も授業が、始まろうとしていた。




