第2夢 橘 真菜の4章 日常計画part2
「そういうふうに言うお前らはさぞいい案出せたんだろうなぁ?」
俺のこの言葉でみんな口ごもる。
だが……
「いいか悪いかは別として、アンタと違って案は出した」
柚希だった。
「……ほう。どんな案だ?」
「音楽と体育以外は、上級生が下級生に教えればいい。三年生は二年生に、二年生は一年生に、てな感じで。こうすれば、前学年の時のおさらいもできて、一石二鳥だろ」
「……なるほど」
俺はとりあえずその意見を黒板に書いた。
「他に意見があるやつはいないか?とりあえず今は疑問点や不明瞭なところをあぶりだしたりとかはしないから、いろんな意見を出して欲しい」
「先生が出したらどうですか?」
「いや俺も必死で考えているんだが、どうしても思いつかなくてな」
もちろん嘘である。
「まったくもう……しょうがないですね。意見を出して差し上げます」
「お。じゃあ真子。言ってみろ」
「はい。私は、各学年一人ずつ計三人のグループ、または各学年三~四人のグループを作り、お互いに得意な教科を教え合えばいいと思います。そうすることで、自分たちのペースで勉強を進めることが出来ると思います」
「……ふむふむ」
俺は、先ほど書いた柚希の意見の隣に真子の意見を書く。
「はーいっ。はいはーいっ。はいはいはいはいはーいっ。先生っ、気づいてーっ。先生が愛してやまないこの国木田 桃ちゃんが先生のために愛の一挙手をしてあげてるんだから気づいてよーんっ、先生ー!」
愛の……一挙手?
なにその愛の一口みたいな……。
「うるせぇぞ桃。少しは黙れ。これ以上必要ないことを口に出すと、元気な男の子でも中に入れて川に流すぞ」
ぶふっ……という声があちこちから聞こえた。
「それで、どんな意見だ?」
「はーいっ。えっとね……今までどおりでいいと思う。三年生は三年生、二年生は二年生、一年生は一年生で各自で勉強っ。場所は問わず、誰かと一緒にやってもOK!だってこのほうが集中できるんだもーんっ」
「……ほうほう」
俺は柚希の意見の隣に桃の意見を書いた。
「ほかに意見があるやつはいるか?」
しーん……という静寂が、質問に対する答えとして帰ってくる。
「まあ、意見自体は後出しでも別にいいから、なにか思いつき次第どんどん言ってくれ。じゃあ今から、これらの意見の疑問点をあぶりだすことにする」
俺は柚希の意見を指した。
「まずは柚希の意見に対してだ。まずは俺から言わせてくれ。三年生は、いつ誰に教わればいい?」
この質問に、一緒に意見を考えていたらしい楓が答える。
「今までどおり自習するなり、僕たちだけ通信教育でも受けるなり、なんとかなると思うぞ」
まあ、そりゃそうか。
「あと、その案だと、二年生、三年生が忙しくなり、一年生が暇になる時間ができてしまう。その場合、どうすればいい?」
「宿題を出す。そうなれば、ある程度の暇つぶしになる」
「分かった。ありがとう」
俺は、柚希の意見の下に、さっきの質疑応答の内容をざっくりと書き足す。
「俺からは以上だ。この他にまだ何か、この意見に対して質問や意見があるやつはいるか?」
しーん……。
「よし、じゃあ次の意見、真子の意見に対してだが……一〇人を三人で割ると一人余るが、その余った一人はどうする?」
この質問に、同じく一緒に考えていたらしい聖菜が答えた。
「どこかのグループに入れてもらう、先生と二人のグループを作る、など、方法なんていくらでもありますよ」
「なるほど。ありがとう」
「先生、“ありがとう”ではなく、“ありがとうございます”です。敬語を使え、と、何回言われれば気が済むんですか?」
「はいはい。すみません。ありがとうございます。これでいいですかっ?聖菜様!」
「文言はそれでよろしいですが言い方が間違っております。私と華菜姉様には敬語を使えと確かに私は申し上げましたが、先生はそれ以前の問題です。まずコミュニケーションの仕方が間違っております。それを学ぶまで私と華菜姉様には話しかけないでいただけませんか」
あー疲れた。もうコイツの敬語使えには慣れてきたな。
今となってはもう心にも響かねぇ。
人を叱るときには叱るコツというものがあるんだよ。
まずはそれを覚えてからもう一度叱りに来るんだな。
今のままだと、ただうるさいだけの虫のままだぞ。
……と、俺は内心でそう思いながら聖菜の言葉を無視しつつ、真子の意見の下に先ほどの質疑応答の内容を要約して書いた。
「というかそもそも先生というのは授業中だけでも生徒に対して敬語を使うものなのではないでしょうか。私、今までずっと我慢してきましたけど本当は内心でずっとそう思っててそれで……」
「よし。じゃあ次、桃の意見についてなんだが……」
「……先生」
「俺としては……」
「……無視、しましたね……」
「……はい?」
「今、聖菜の言ったこと、無視しましたね」
そう言ってフラフラと近づいて来る聖菜に、寒気がした。
聖菜の右手にナイフが握られていると知ったその瞬間、背筋が凍った。
やべえ……。
そう思った瞬間……
「……んっ」
いきなり抱きつかれて、キスされた。
妙に長くて、息苦しさを感じた。
一〇秒ほどたった後、やっと放してもらえたが、またすぐに第二弾が来た。
第二弾は……ディープキスだった。
「……ふぁ、んっ…………はっ……あっ……んっ……」
聖菜の舌が、俺の舌に無理矢理にでも絡めてくる。
聖菜の唾液と俺の唾液が、お互いの舌に絡みつく。
聖菜の舌が俺の口の中で激しく動き、俺の舌が聖菜の口の中で激しく動かされる。
嫌だった。
無理矢理にでも引き剥がしたかったけど、首筋に当たる聖菜のナイフの刃先が、そうさせてくれなかった。
「ふぁっ……あっ……んんっ……………はっ……はぁ」
今度こそ聖菜は放してくれた。
約三〇秒続いたディープキスが、やっと終わってくれた。呼吸が整わない。
「ねぇ、先生。ドキドキしましたか?」
したよ。
ある意味。
「ねえ、先生。先生のココは、聖菜だけのものですからね」
俺の唇をトントン、と人差し指で軽くたたきつつ、聖菜は俺を見上げて言う。
「もし他の人にあげたりなんかしたら……そうですね。殺します♥」
そう言って聖菜が掲げたナイフの先端は、少し赤くなっていた。
俺は先ほどナイフの刃先があたっていた箇所に触れる。
傷ができていた。触れた手を見ると、血が付いていた。
絆創膏を持っていなかったので、手で押さえることにした。
「あ、そうそう。先生、言い忘れていましたが、今後同じようなことをしたら、またこのようなことをしますので。よろしくお願いします♥」
いやいやいやいやよろしくねーよ。
「よ、よし。それじゃ、話戻すぞー」
俺は結局、逃げることにした。
みんなの方を見ると、聖菜意外は全員ボーゼンとしていた。
まあ、そりゃそーだよな。
あんなの見せつけられればそうなるよな。
現に俺も同じ気持ちだよ。
すまねぇ、みんな。
パンッ。
俺が思いっきり手を叩くと、みんながハッと目を覚ました。
その様子に、俺はほっとした。
「話を元に戻すぞ。桃の意見についてなんだが、俺としては、俺がいない間どうしていたのかはわからんから、何とも言えんが……疑問点が多すぎる。まず、それだとサボる人が出てくる。そんなことをしている人を、俺は許さない」
「……」
黙られてしまった。
少し圧が強すぎたか?
「だったらさー、先生が見回ればいいんじゃないっすかー?」
柚希だった。
「だって、そんなに気になるなら直接見てみればいいだけの話じゃん」
「……なるほどっ」
確かに一理ある。
でもまだ、疑問は残っている。
「じゃあ次の質問だ。これは真子の意見に対しても言えることなんだが、それだと、みんなの勉強の進度がバラバラになってしまう。このことについての打開策は何かあるのか?」
「……」
また、黙らせてしまった。少し攻めすぎたか?
「あっ!そーだっ!」
麦だった。
「ねーねー、テストやろーよテスト!」
「テスト?」
俺はそう反復しつつ首をかしげた。
「うん、そうっ!テスト!」
「なんでテストなんだ?」
えへへえへへ~……と揺れている麦に対して俺は、この先言ってくれなさそうだったから、仕方なくそう聞いてやった。
「えっとね、あのね、テストってさ、範囲が決められてるでしょ。だからさ、みんなテストでいー点とるためにテスト範囲のとこは隈なく勉強するでしょ。だからそしたらみんなの足並みがそろうかなーって」
今までバカだと思ってきたけど、実は麦ってそれほどバカじゃない?
この子実は、バカの皮を被った秀才?
……知らなかった。
ただのバカだと思ってたが、実はバカじゃなかったのか。
今日一番の驚きだな。
俺は慌ててさっきの質疑応答の内容を黒板に書きむしる。
「よしじゃあ他に意見や疑問点があるやつはいるかー?」
……いない。
「これらの意見から思いついた新たな意見でもいいぞ。いるかー?」
……い、た。
「はい、真菜」
「はいっ。あたしが思うには……先生がいないなら、つくってしまえホトトギス!だぞっ」
「……?」
えっと……それはつまり、どういうことかな?
「……えっとつまり、あたしたちが先生になればいいんだぞっ」
「……!」
なるほど。
そういうことか。
「それぞれが得意な教科の先生になって、苦手な人に教えればいいと思う。自分が苦手な教科や受けたい教科の授業は受けて、それ以外の時間は他の好きな場所で自習ということにすれば、桃や真子の意見も通る。一人でやるのが苦手なら誰かと一緒にやればいいし、テストの問題だってその教科の先生になった人がつくればいい。こうすれば、さっきのすべての意見が取り入れられるとともに、さっきまであった疑問点が改善されると思うぞ」
た、確かに……。
俺は慌ててこの意見を黒板に書いた。
な、なんと言うか……さすが真菜、と言うべきか?
「他に何かある奴はいるか?」
……いない。
「じゃあ、この五つの中から決めるが、いいか?」
……こくり。
すごい。
気持ち悪いくらいに息ぴったりだ。
これはもしや偶然か、それとも必然か、はたまたわざとか。
俺には知る由もない。
だが、今はそんなことどうでもいいっ。
目の前のことに集中だ。
「じゃ、さっきと同じように多数決。挙手は一人一回。選択肢は……
一つ目 授業自体をなくす。
二つ目 上級生が下級生に教える。
三つ目 グループを作り、お互いに得意な教科を教え合う。
四つ目 今までどおりに自由に自習。
五つ目 それぞれが得意な教科の先生になる。
……だ。決まった者から机に伏せていけ」
みんながパタパタと机に伏せていく。
全員が伏せ終わるのにさっきより少しかかった。
「それじゃあ……一つ目、授業自体をなくす、がいいと思う人は挙手を」
……一人。
自分で別の案を提案しといて最初に出された楽な案を選ぶのか。
なんか、柚希らしいといえば柚希らしいな。
「下げろ。次……二つ目、上級生が下級生に教える、がいいと思う人は挙手を」
……〇人。
まあそりゃ、発案者が手を挙げなきゃ誰も挙げないよな。
「下げろ。その次……三つ目、グループを作り、あ互いに得意な教科を教えあう、がいいと思う人は挙手を」
……〇人。
……あ、いないんだ。
いないんだね。
ふーん。
「下げろ。んで……四つ目、今までどおり自由に自習、がいいと思う人は挙手を」
……二人。
……あ、いるんだ。
桃と麦といういかにもそういうことを考えそうな二人だ。
なんか、おもしろい。
「下げろ。次が最後だ……五つ目、それぞれが得意な教科の先生になる、がいいと思う人は挙手を」
……七人。
まあ、あの雰囲気の中だとこうならざるを得ないか?
みんながこっちだから、自分もこっちにしよう、などという集団心理が働いたのか。
それとも、どの案もちょっとなー……というところに突然この案が出てきて、うおっしゃあぁぁぁあいいじゃねえかああマジ神案キタアァァぁぁぁあああ!!!となったのか。
みんなどちらかの理由からなのだろう。
……たぶん。
「顔を上げろ」
先程と同じく大多数の人が髪型を整えている中で一人、別の動作をしている者が……
「うう~んんん」
先程と同じく華菜だった。
ただ一つ違うのは、そいつが寝ようとしていないということだけだ。
俺はそれを確認し、話を続ける。
「多数決の結果、五つ目の、それぞれが得意な教科の先生になる、ということになったが、異議はないな?」
「「「はーいっ」」」
「チッ」
みんなが元気良く返事をする中、そう舌打ちしたのは柚希だった。
「どうした柚希。なにか異議があるなら言え」
「特にない」
「じゃあなぜ舌打ちをした?」
「……勉強するのがめんどくさいから」
彼女はいつもと比べてしおらしかった。
「……でも、これでアタシが異議を申し立てるとみんながアタシを納得させようとしてくる。そしてアタシは、その時投げかけられた言葉をかわさなくちゃいけない。アタシは、それが一番めんどくさいっ!だから、異議があったとしても言いたくないんだよっ!」
「でも、さっき言ってくれt……」
「あれはしょうがなくだっ。勘違いすんじゃねぇっ」
どうしよう。
柚希の怒りは爆発寸前だ。
……よし。逃げよう。
「まあまあ。ひとまず落ち着けよ柚希。……それで?お前はどうしたいんだ?」
「さっきの……五つ目の案でいい」
でもな……。
「本当にそれでいいのか?柚希」
「さっきからいいって言ってんだろうが。何回も言わせんな。一回で聞き取れやこのクソ野郎。もう耳が遠いのかテメエッ」
「……うん。そうだな。そうだよな。何回も聞いて悪かった」
うわあ……。
聞かなきゃよかった……。
「そんな簡単に謝んじゃねぇよ。お前本当に男か?大人か?先生かっ?」
うわあ……。
言わなきゃよかった……。
これでも男なんだ。
大人なんだ。
先生なんだ。
「つかもう話戻せよ、めんどくさいなぁ」
一番めんどくさいのはお前だよ。
話そらさせたのはお前だろ。
俺は腕時計へと視線を落とす。
時刻は一二時だった。
「昼休み開始は何時からだ?」
「一二時二〇分からです」
あと約二〇分間。
二〇分で話し合えることなんて、限られている。