第2夢 橘 真菜の3章 日常計画part1
午前一一時。
ようやく授業が再開できた。
……でも、この学年が混合したクラス、何をどう授業すればいいのやら。
ていうかまず、俺、体育と音楽しか教員免許を持っていないし。
だから……
「今から緊急HRを始める」
「「「お願いしますっ」」」
俺の言葉を合図に、みんな、起立、礼、着席をする。
俺はそれを確認すると、名簿を取り出す。
「それじゃあ、出欠確認するぞー。……まず三年……荒木 楓ー」
「はいっ」
「楠 柚希ー」
「うっす」
「返事は「はい」だ。それ以外は認めない。桜 華菜ー」
「おやすみなさぁい」
「返事になってない。ちゃんと返事をしろ。あと、寝るなアアァァッ。夢神 優ー」
「……」
「いるならちゃんと返事をしろよオォォッ」
「返事」
「喧嘩売ってんのかテメェッ。……次二年ッ。国木田 桃ー」
「はーいっ。みんな大好きっ、かわいいかわいい桃ちゃんだy……」
「長いっ。橘 真菜ー」
「ここにいるぞ?」
「誰もお前がいないとは言ってない。柊 水樹ー」
「……は、い……」
「声が小さいっ」
「じゃあ……今から、放送室、に……」
「行くなっ。……最後一年っ。栗林 麦ー」
「……すうすう……」
「だから便乗して寝るなっ。桜 聖奈ー」
「先生は私を一番最初に呼ぶべきでした」
「なんでだよ。学年と五十音順なんだからどうしようもねぇよ」
「あと華菜姉様の時もそうでしたが、敬語を使ってくださいよ」
「す、すみません……?」
「許しませn……」
「鈴木 真子ー」
「遅いです。長いです。出欠確認程度で五分二七秒〇八もかかるなんて、先生は本当に教師ですか?」
「お前の返事が一番長いよっ」
俺は名簿を教卓の上に置き、みんなの方へと向き直る。
「これから、今後の授業の進め方について話し合いたい」
俺は真後ろにある黒板に、今回の話し合いのテーマを書く。
「まず俺からの質問。今までこの時間はどうしていた?」
「それぞれの教室で自習をしていました」
優のその答えに、俺は納得した。
「じゃあ、今後の授業のやり方についての意見や提案があるやつはいるか?」
手を挙げる人はいなかった。
まあ、そりゃそうだよな。
いきなり言われてもな。
「ちなみに俺は、教員免許は体育と音楽しか持っていない。文字通り俺はバカだから、ほかの教科を教えるというのは不可能に近い。そのことを踏まえたうえで、考えて欲しい」
……って言ってもさすがに無理か。
そりゃそうだよな。
「俺は選択肢は三つしかないと思う。
一つ目 俺が教えられる教科、体育と音楽だけをやる。
二つ目 授業自体をなくす。
三つ目 体育と音楽以外の授業をやる方法を考える」
ここまで言っても何も変わらない……ならっ。
俺は黒板にさっきの三つの案を書いて、言い放つ。
「じゃあとりあえず、この三つの中から多数決で決める。全員自分の意志が決まったら机に伏せ、それを確認したら俺がこの三つを順番に言うから、該当する箇所に手を挙げろ。挙手していい回数は一人一回だ。それじゃあ、自分の意志が決まった者から机に伏せていけ」
みんなだいぶ迷っている様子だったが、しばらくすると全員伏せてくれた。
それを確認すると、俺は言った。
「よし、じゃあ……一つ目の、俺が教えられる教科、体育と音楽だけをやる、がいいと思う人は挙手を」
……〇人。
「下げろ。……次、二つ目の、授業自体をなくす、がいいと思う人は挙手を」
……四人。
「下げろ。……最後、三つ目の、体育と音楽以外の教科の授業をやる方法を考える、がいいと思う人は挙手を」
……六人。
みんな、真面目なんだな。
「顔を上げろ」
俺の言葉を合図にみんなが顔を上げ、崩れた髪を整えたりする人がいる中で一人、その空気を真正面からブチ壊しにくる存在が……
「それじゃあ、おやすみなさぁい……ふあぁああ……」
「おい華菜テメエいま授業中だぞ寝るんじゃねぇよこの眠り魔がアアッ」
「違いますぅ。私は“眠り魔”ではなくぅ、“眠り姫”ですよぉ、先生ぇ~」
「先生、何度も申し上げておりますが、私たちには敬語を。華菜姉様の時は特に忘れやすいから特に気をつけてくださいよ」
「あーはいはい。そうですね。失礼いたしましたっ」
もしかして、場を和ませようとしてくれたのか?
俺があんな険悪な空気を作っちゃってたから……。
っ!
だからみんな、手を挙げられなかったのか?
俺、さっきまで一方的に話しちゃって、気付けなかった。
もし本当にそうなのだとしたら、華菜に感謝しなきゃだな。
みんなに、申し訳ないこと、しちゃっていたのかもな。
「えーっと、さっきの多数決の結果、体育と音楽だけをやる、が〇票。授業自体をなくす、が四票。改善策を考える、が六票という結果になった。だから今から改善策を考える。だが、後の選択肢に、票数が多かった、授業自体をなくす、という案も残しておく、というふうにしようと思うんだが、どうだ?」
これならみんなの意見を尊重してやれる、と思って考えた意見だ。
俺が努めて明るくそう言うと、みんなも頷いてくれた。
「じゃあ、三分間時間を取るから、周りにいる人と少し相談をしてくれ。三分後にもう一度聞く」
俺はそう言いつつ、時計のタイマーを三分にセットし、スタートボタンを押した。
ピッというありがちな音とともに、カチ、コチ、というカウントダウンが始まった。
俺は俺で、教師用の椅子に座って熟考してみることにした。
さて、どんな意見が出てくるのだろうか……。
もし俺が音楽と体育以外の強化も教えるとかになったら、無理だぞ。
俺、成績、音楽と体育は大体三か四だったけどそれ以外はいつも二だったからな。
自分でもよく教師になれたなと思う。
たしか、免許取るのも、一か八かだったんだよな……。
そんで、どうするか……。
やべえ。
危うく忘れるところだった。
ちゃんとしねぇと。
いっそのこと、外部から教師を呼んで授業してもらうか?
そのほうが、俺なんかが教えるよりよっぽどタメになる。
でも、学年ごとで分けて教えるのは効率が悪すぎる。
かといって、一年生に合わせると、三年生が卒業するまでには間に合わないし、三年生に合わせると、一、二年生がついてこれないし。
あーもう、こういう時に先生がもう一人いれば楽なのになー。
まあでも、俺以外の教師はいあいんだよな。
クソッ。
……ということはいったん置いといて。
どこかそこらへんの棚にでもしまっといて。
……さて、本当にどうしよう。
俺、発想力、ホント乏しいから、全然いい案が浮かばねぇ。
あと、どれくらいだ?
三〇秒?
……ああもう無理だ。
もう、俺、これ以上考えたって何も浮かばない気がする。
ただただ時間が無駄なだけだ。
ただただ思考を働かさせるためだけの労力が無駄なだけだ。
なんの生産性もねぇ。
なんの良点もねぇ。
……ま、とりあえず、教卓のとこに戻るか。
ここにいたってどうしようもねぇ。
何も変わんねぇ。
ただただ無為な時間が流れるだけだ。
どうしたものかなぁ。
やれやれ。
どっこいしょっとっ。
ピピピピピ ピピピピピ
うおっ。
今かよ。
ナイスタイミングというか、なんというか。
俺はとりあえずタイマーの音を止め、教卓のところに戻った。
「よし、じゃあ……みんな、なにかいい案思いついたか?」
「まるでついさっきまで忘れていたかのような口ぶりですね」
「忘れてなんかいない」
「先生本当に~?この桃ちゃんの目は誤魔化せないぞ~?」
「本当だ」
俺は、そう言い切ってみせた。
「……本当、みたいだな」
「桃ちゃんには分かるっ。先生はなにかいい案を思いついている!この桃ちゃんの目に狂いはないぞ~っ」
いや、テンションと一緒に狂いまくってるぞ。
「桃ちゃん先輩の言うとおりだー!早くその案教えろーっ」
いやいやいや。だから……
「おいおm……」
「お前ら、なんかすげぇ波調合ってんじゃん」
「はちょー?なにそれ、かちょーの仲間?」
いやいやいやいやいや。ちょっと待てよお前ら。アホか。
「いやちげーし」
「じゃー、がちょーの仲間?」
もう、コイツら……。
「それも違う」
「じゃー何ー?はちょーって何?ってかそもそもかちょーって何?がちょーって何?」
「アホかお前は」
「よく言われるー」
「ガチョウは、ピンク色の片足立ちの動物園によくいるやつです」
「あー、アレかーっ」
「いやそれはフラミンゴだぞ」
「はっ!そうでした。失礼いたしました」
「いや、全然気にすることはないぞ。……ところで……」
「「「先生っ、いい案って何ですかっ?」」」
今更かよ。
ていうか、そんな案そもそもねぇぞ。
キラキラ……キラキラ……
という目で見られても何も出てこないぞ。
すまねぇ。
「俺はいい案なんか思いついてない!」
俺がそう断言してしまったがために、みんなが三秒間固まった。
そして三秒後……
「嘘だ!」
「ノリ悪いですよぉ、先生ぇ」
「ちっ。つまんね」
「そんなこと言っちゃってー、桃ちゃんの目が誤魔化されるわけないじゃーんっ」
「そんなこと言わないでくださいよ、先生。先生の味方はこの私だけなんですから」
「大丈夫か?先生。熱とかあったりしないか?」
「嘘は悪だぞ、先生」
「まさか私たちに嘘をつくとは……あなたは本当に先生ですか?」
「嘘……つきっ……」
「先生、それはさすがにちょっと……」
が、同時に聞こえた。
すごい。
俺、いつの間に聖徳太子に……って感動している場合ではないっ。
「本当にっ。本当に思いついてないんだっ。だからちょっと……お前らちょっと黙れエェぇぇエエッ」
俺のこの言葉を合図に、今度こそ静かになり、俺は少し安心した。