第2夢 橘 真菜の2章 記念式典
午前八時のちょっと前。
うざいくらい眩しく照りつける太陽に目を細めると、思わずあくびが出てしまった。
校舎南側昇降口に向かっている時だった。
「あっ、先生っ。おはようっ」
声が聞こえた方へと目をやると、汗だくで息を切らしている真菜がいた。
いったい、どうしたのだろう。
「ああ。真菜、おっす。そんなに慌ててどうしたんだ?」
「どうしたもこうしたもないぞっ。早くしないと遅刻するぞっ」
俺は何気なく腕時計へと目を落とすと、時刻は午前八時になろうとしていた。
「ああ。そうだな」
でも俺は気にせず同じスピードで歩き続けた。
「真菜ぁ、そんなに急いで、どうしたんですかぁ?」
振り向くと、眠そうな目で華菜がこっちに向かってきていた。
華菜が俺の存在に気づいた。
「あ~先生ぇ、いたんですね、おはようございまぁす。先生ぇ、存在感がないので気づきませんでしたぁ」
「それはひどいですー」
俺がそうふざけたようにバカにして言うと、彼女は気にもしない様子で言った。
「そうですねぇ。それがどうかしましたかぁ?」
うわあ、ひどい……。
俺はそう内心で呟いた。
なんの前触れもなく、キーンコーンカーンコーンと予鈴が鳴った。
俺も、本格的にヤベェ……と思った。
真菜はもうとっくに昇降口に向かって全力ダッシュを始めていた。
俺もそれに倣って、全力ダッシュを始めることにした。
華菜は、それでものそのそと歩いていた。
……そういえば俺、どこの教室に行けばいいんだろう……。
みんながどこにいるのか探し回っていたせいで、三〇分も遅刻するハメになった。
さっき真菜か華菜に聞いておけばよかった。
結局は、自業自得だ。
みんな、三年六組にいた。
まあ、音楽室から近いからだろう。
俺は、意を決してドアを開けた。
「あ、先生。おはよう」
「おっはよーんっ」
「おはよー!」
「おはようございます」
「お……はよ……っ」
「……はよっす」
様々な挨拶が飛び交う中、一番最初に飛び込んできたのは別のものだった。
「おう。おはよ。それよりなんで教室の中がこんなパーティーみたいに……」
「せーのっ」
パーンッ。
そうクラッカーの音がするのと同時に、テープやら紙吹雪やらが一斉に俺めがけて飛んできた。
「「「先生、吹奏楽部顧問就任おめでとーっ」」」
ぱちぱちぱちぱち……。
気が付くと、黒板には〝桜高校吹奏楽部顧問就任記念式典〟の文字が書かれていた。
「はいコレ。先生の愛する桃ちゃんからの愛のこもったプ・レ・ゼ・ン・ト♥」
そう言って桃は、俺に〝本日の主役〟と書かれたタスキをかけてきた。
意味が分からなさすぎて、驚愕によって開かれた口からなんとか出てこさせられた言葉は、この言葉だった。
「は、はあああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああああっ?」
もうもはや、言葉ではない。
「あの……これ、いつまで続くの?」
時刻はもう一〇時を回っていた。
どこからでてきたのだろうか、ジュースやらお証やらが机の上に置いてあり、彼女らはどんちゃん騒ぎを継続していた。
「まあまあ、いいじゃないか先生。硬いこと言わないでさ。たまにはこういう時間があってもいいと思うぞ。だから先生も一緒に……」
俺の中で堪忍袋大神ブチッと切れる音がした。
「てめぇらいいかげんにしやがれええええええぇぇぇぇぇぇェェェェエエエエエエえええええッッッッ」
「先生ーっ、そんなこと言わずにさーっ、このかわいいかわいい桃ちゃんともっと一緒に楽しもうよーっ。ねーっ?」
「そうですよぉ、先生ぇ~。このクッキーとかおいしいですよぉ。せっかく聖菜が作ってくれたんだか
らぁ、食べてあげないともったいないですよぉ」
「そうですよ先生。せっかく作ったんだから食べてくださいっ。せっかく準備したんだから楽しんで下さいっ。そうじゃないと私、怒りますよ?」
「ほらほらみんなもこう言っていることだし、先生も一緒に……」
「いい加減静かにしろっ。じゃないと吹奏楽部の顧問降りるぞおおおおぉぉぉぉぉぉおおおおおっっっ」
この言葉に反応したのか、彼女らはピタッと動きを止め、全員しゅばっと俺の前に一列に並んで正座した。
「そ、それだけはご勘弁くださいっ」
「ごめんなさい。すみません。もうしません」
「お願い……。許して、ください……」
流石にやりすぎたか……?
「まあ、いい。とりあえず今出ているものを片付けろ。話はそれからだ」
「「「はーいっ」」」